
世界的に見れば、いまや各メーカーのラインナップに用意されていること自体が貴重なクーペモデル。実際、コンパクト級からラグジュアリークラスまでクーペを揃えるのは、もはやドイツのプレミアム御三家だけだ。では、そんなクーペ界の主流である3ブランドの代表格はどんな仕上がりなのか? ここではそれを明らかにしよう。
Eクラスクーペは日常に寄り添う味付け
クーペといえども、日常のアシとして不都合がない実用性を兼ね備えていること――。これが、ひと昔前までのドイツ産クーペに与えられていた定評だった。今回の3台で、それを見事なまでに体現しているのはEクラスクーペだろう。先のアップデートでセダンやステーションワゴンなどとともにメルセデス最新のデザイン言語が組み込まれたスタイリングは、確かにクーペらしい“ハレ”の気分が味わえる出来映え。だが、極論すれば標準的なEクラスとの違いはただ「それだけ」だ。
基本的なボディ形態の違いから、後席の乗車定員は2名に減少しているしドアの枚数も少なくなるだけに、もちろんセダンと比較すれば実用度は落ちる。だが、後席の居住空間は大人の長距離移動にも耐える広さが確保され、荷室容量もサイズ相応。そんなことを気にするユーザーがどれほどいるのかは不明だが、クーペだと思えば使い勝手の点で不満らしい不満など皆無と言っていい。
そんな、ある意味でのEクラスらしさは走りの面でも変わらない。クーペというとスポーティな味付けを期待する人も少なくないはずだが、Eクラスクーペは良い意味で「ふつう」に仕上げられている。試乗車は中堅グレードのE300ということで、なおさらそう感じさせた部分もあるがライド感覚は基本的に安楽系。適度にウエットな感触を伝えてくるステアリングのフィードバックにしろ、しなやかにストロークする足回りにしろ、そのキャラクターは上質感が際立つ仕上がりだ。やや実直に過ぎるエンジンともども、走りに刺激を求めたい人には物足りないかもしれない。だが、普段使いの気の利いた、そして適度に贅沢な相棒としてクーペを選ぶのなら、これほど的を射た味付けもない。
また、Eクラスクーペは単なる優等生ではなくメルセデスらしいこだわりも残されている。それは、いまや珍しいBピラーレスのボディ構造を採用していること。走りの質感、安全性の点では不利な作りだが、一部例外を除くとBピラーレスはメルセデス製クーペの伝統でもある。Eクラスの場合、そのしわ寄せなのか、リアのクォーターウインドーが2分割になってしまったのは残念だが、マニア視点ではそれもまたご愛嬌だろう。
スタイリング命のTTとクーペらしい4シリーズ
スタイリッシュでも実用的、という点では新型4シリーズもまたドイツ産のクーペらしい。こちらも乗車定員は4名だが、それを除けば実用度はハイレベル。いまやBMWのクーペというと全般的に4ドアのグランクーペが主力となっている。だが、後席の使用頻度が高くないのならスタイリングをはじめとするクーペらしさを優先して2ドアの4シリーズを選んでも問題はないはずだ。
そのスタイリングだが、新型における最大のトピックはフロントマスクにMモデルと共通する縦型キドニーグリルを採用、独自性が一層鮮明になったことだろうか。古くは3シリーズクーペの時代から外板パネルの大半がセダンと別モノである一方、イメージだけはそれに似せてきた経緯を思うと、これは大きな変化だ。その出来映えに関する是非は人それぞれだろうが、BMWのラインナップにおける4シリーズ(2ドア)の位置付けが従来よりもエクスクルーシブになったことは間違いない。
先代より押しの強い外観、そしてBMW製という期待に違わず走りはスポーティな味付け。今回の試乗車がMパフォーマンスモデルのM440iということでそれが強調されている部分もあるが、Eクラスクーペを“柔”とするならこちらは“剛”だ。カッチリと強固なボディと適度に引き締まった足回りによる路面からの豊富な情報量、そして正確なハンドリングは常にクルマを操る行為を愉しみたい武闘派をも満足させる出来映え。他方、ライド感は洗練されているので日常的な使用環境でも問題はない。Eクラスの味付けを好む人には多少煩わしい性格かもしれないが、「クーペはスポーティであるべき」という嗜好の持ち主なら選ぶべきはこちらだ。
さて、そんな2車と比較するとTTはドイツ流クーペの括りから完全に外れている。持てるステータスをスタイリングに“全振り”したといっても過言ではない成り立ちは新しくも古風なテイストを創出、TTならではの持ち味となっている。現行型は1998年に登場した初代から数えてすでに3代目だが、ここまで世代を重ねられたのは後からアウディにA5という伝統派が追加されたからだろう。
試乗車は、TTの中でも番外編となるTT RS。もはやクーペというよりリアルスポーツ級の性能が与えられるモデルということで、外装はリアウイングを筆頭に重武装が施される。それだけに、TT本来の持ち味とは多少異なる佇まいではあるが、前出2車と並べてもスタイリングの鮮度に衰えはない。同じドイツブランドとはいえ、もはや他と比べるものがないTTの造形は、ある意味で最もクーペらしい仕上がりと言えるだろう。反面、実用度は事実上2シーターと割り切る必要があるが、この姿カタチに惚れた人ならそれは些末な問題に過ぎないはずだ。
また、最新のTT RSは剣呑な見ために反してライド感も文化的だ。当然、乗り心地は硬く自慢の5気筒ターボも大人しく走らせるよりアクセルを踏んだ方が楽しい性格ではある。だが、無駄な動きを排した身のこなしは日常域でも不快な類ではなくエンジンにしても扱いやすい。それだけに、乗り手さえその気にさえなれば日常のアシに供することも決して非現実的な話にはならない。
ともあれ、それぞれに独自の味わいが見出せる今回の3車。本来が私的な存在であるクーペなだけに、そのどれが選ぶ人の琴線に触れるかが選択基準となるはずだ。
【Specification】MERCEDES-BENZ E300 COUPE SPORTS
■全長×全幅×全高=4845×1860×1430mm
■ホイールベース=2875mm
■車両重量=1770kg
■エンジン種類/排気量=直4DOHC16V+ターボ/1991cc
■最高出力=258ps(190kW)/5800-6100rpm
■最大トルク=370Nm(37.7kg-m)/1800-4000rpm
■トランスミッション=9速AT
■サスペンション=(前)4リンク、(後)マルチリンク
■ブレーキ=(前後)Vディスク
■タイヤサイズ=(前)245/40R19、(後)275/35R19
■車両本体価格(税込)=9,190,000円
【Specification】BMW M440i xDrive COUPE
■全長×全幅×全高=4775×1850×1395mm
■ホイールベース=2850mm
■車両重量=1740kg
■エンジン種類/排気量=直6DOHC24V+ターボ/2997cc
■最高出力=387ps(285kW)/5800rpm
■最大トルク=500Nm(51.0kg-m)/1800-5000rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション=(前)ストラット、(後)マルチリンク
■ブレーキ=(前後)Vディスク
■タイヤサイズ=(前)225/40R19、(後)255/35R19
■車両本体価格(税込)=10,250,000円
【Specification】AUDI TT RS COUPE
■全長×全幅×全高=4,200×1830×1370mm
■ホイールベース=2505mm
■車両重量=1490kg
■エンジン種類/排気量=直5DOHC20V+ターボ/2480cc
■最高出力=400ps(294kW)/5850-7000rpm
■最大トルク=480Nm(48.9kg-m)/1700-5850rpm
■トランスミッション=7速DCT
■サスペンション=(前)ストラット、(後)ウイッシュボーン
■ブレーキ=(前後)Vディスク
■タイヤサイズ=245/35R19
■車両本体価格(税込)=10,260,000円
【PERSONAL CHOICE】
MERCEDES-BENZ E300 COUPE SPORTS/E300の優しさに魅了される
今回の組み合わせならE300。筆者があと10歳若かったらM440i、20歳若ければTTRSを選んでいたと思うが、いまは乗り手に優しいE300が気分。これをサラリと「着こなす」生活には素直に憧れてしまうのだ。