ドライバーズカーにもショーファーにも使えるのが基本コンセプト
ベントレーのラインアップ中、唯一のラグジュアリーサルーンとなった「フライングスパー」。昨年の初頭までなら伝統を受け継ぎできた“動く伝説”とも言わしめたミュルザンヌが用意されていたが、それが終焉を迎えてしまった今、自動車における“工芸技術”は必要か否かと考えさせられることが多い。というのも個人的にはこの“ミュルザンヌこそベントレー”、ベントレーから匠の技を省いたらブランドとしての価値は下がるのではないかと懸念していたからだ。
しかし、パリ協定やロンドン協定を例に上げるまでもなく、今や時代は電動化の方向に向かっている。無論、ベントレーも例外ではなく、すでに次の100年に向かう計画の中で、電動化は謳われているし、SUVのベンテイガには間もなくハイブリッド車も販売されるというから、ミュルザンヌに積まれていた6.75L V8OHVエンジンは時代錯誤もいいところ。旧くからベントレーを支持してきたファンにとっては些か寂しい時代になったと思うだろう。筆者自身も未だにミュルザンヌの魅力から抜け出せずにいるのは確かだ。
だが、今回久々に三代目フライングスパーに触れて、意識を改めさせられたのも事実。いつまでも伝統に引きずられることを忘れさせるほど、その造り込みは最新技術をふんだんに取り入れても味わい深い奥行きを随所に感じさせてくれる。
ベントレー自慢のスーパーフォーミング加工によって実現した彫刻のようなプレスラインが印象的なエクステリアや、クリスタルカットガラスにも似たLEDマトリックスヘッドライト、所々に採用されるアルミのアクセントなどを見ていると、ラグジュアリーの極みとも言うべき、美しく綺羅びやかな仕上がりに強い個性を見いだせる。
インテリアも同様、“ベントレーウイング”と表されるダッシュボードのデザインや素材、そして仕上げの丹念さは、もはや新たな工芸品とも言いたくなるほど上質だ。12.3インチのメインディスプレイには最新のインフォテイメントシステムを搭載するものの、スイッチひとつで回転し、3連アナログメーターのほか、完全に隠すこともできるなど、ロータリー式のギミックを用いるところは実にイギリス人らしい粋な演出で惹かれてしまう。
先代から130mm長くなったホイールベースのおかげで後部座席のゆとりは相当だ。リクライニングも可能なシートの座り心地もさることながら、ベントレーが新たに取り入れた3Dレザーという立体的な造形で仕立てられたインテリアトリムは、さすがはベントレー! と唸らせる出来栄えで、ドイツ勢の高級サルーンとは格の違いを証明しているかのようだ。
そもそもフライングスパーは、ドライバーズカーにもショーファーにも使えるのが基本コンセプト。それだけに快適性は100年にも及ぶ経験を活かしたうえで、最新のエアサスペンションに加えて48V式アクティブ・アンチロールバーなどを装備し、しなやかさの中にも芯のある乗り心地をもつ。しかも前後シートでは真逆のような印象となるから、これもベントレーが成せる技だろう。
この三代目フライングスパーに搭載されるのは6.0L W型12気筒ツインターボエンジン。635ps&900Nmという膨大なパワー&トルクを発揮し、0→100km/h加速3.8秒、最高速度333km/hを実現する。ZF製8速ATにはパドルシフトも備えられているだけに、ベントレーらしく積極的なドライビングも促すが、これだけのパフォーマンスを安定させるために、4WDシステムに加えて4WS(後輪操舵)、さらにブレーキベクタリングを装備。ワインディングでスポーツモードに入れてアクセルを踏み込めば、スポーツカーも真っ青になるくらいの速さを見せる。
しかも、そうしたシーンでも高揚感は、ほぼ無縁。冷静沈着な加速感とでも言おうか、クールでドライな速さである。ひと昔前のベントレーであれば、ワインディングでアクセルを深く踏み込もうとは思わなかったが、三代目は躊躇なくいけてしまうのが逆に恐ろしいところだろう。
その大きな要因としてひとつ挙げられるのは、エンジン搭載位置。元々W12気筒エンジンは、V型12気筒と比較してエンジンの全長は短いものの、そのぶん高さが出てしまうのが難点だった。しかし、ベントレーはそのネガを消そうとこの三代目で改善、エンジンをキャビン側に寄せて搭載し、さらに低く設定した(ボディの全長も長くなっている)。その効果は極めて大きく、4WD&4WS、そしてアンチロールバーと相まって、例えホイールベースが長くなっても、すべて帳消しにするかのよう安定性だけでなく優れた旋回性能も手に入れることに成功している。
一方、高速道路などでは、フライングスパーの真骨頂を味わえる。ステアリングとアクセル&ブレーキはやや重めに設定され、“操っている感”を敢えてもたせてドライビングする歓びを楽しめるが、後部座席はフラットな乗り心地を維持し、揺れを極力感じさせないようシャシー側で完全にコントロール、そのおかげで苦なく読書までできる。ニースペースも拡大されているだけに、ちょっとだらしない格好でリラックスした姿勢をとれるようになったのも三代目の特徴だろう。
と、すっかり夢中になってしまったが、ATセレクターレバーをPレンジに入れてエンジンを止めようとした瞬間、気づいてしまった。高い走行性能や居住性、レザーやウッドのほかに、ベントレーの真髄を感じられるところを……。それはそのATセレクターレバーやエアコン吹出口、各種操作ボタンなど金属パーツに施されたダイヤモンド模様のローレット加工。日本の伝統工芸技術でもある“切子”にも似たその仕上がりは、見る角度によって表情を変える美しさ。かつてのベントレーを彷彿とさせ、匠の技は最新にも息づいていると安堵した。この繊細な加工技術は開発時にサプライヤーから不可能とまで言わしめたというが、生産工程と工作機械を新たに導入したことで実を結んだというから、ベントレーのこだわりは相当だ。
こうしたこだわりがあるからこそ、存在価値は高く、そして輝く。かねてからベントレーが提唱する“普遍性”は、このようにして受け継がれていくのだろう。例え四代目がデビューしてもこの三代目の輝きが失われることはない、こだわり続けたことで時代を刻めば、それが歴史の一部となって残ることを教えられた気がする。
【Specification】ベントレー・フライングスパー
■車両本体価格(税込)=27,203,000円
■全長×全幅×全高=5325×1990×1490mm
■ホイールベース=3195mm
■トレッド=前1670、後1665mm
■車両重量=2540kg
■エンジン種類=W12DOHC48V+ツインターボ
■内径×行程=84.0×89.5mm
■総排気量=5950cc
■圧縮比=10.5
■最高出力=635ps(467kW)/6000rpm
■最大トルク=900Nm(91.8kg-m)/1350-4500rpm
■燃料タンク容量=90L(プレミアム)
■トランスミッション形式=8速DCT
■サスペンション形式=前Wウィッシュボーン/エアSP、後マルチリンク/エアSP
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ=前265/40ZR21、後305/35ZR21
公式サイト https://www.bentleymotors.jp/models/flyingspur/new-flyingspur/
この記事を書いた人
1967年生まれ。東京都出身。小学生の頃に経験した70年代のスーパーカーブームをきっかけにクルマが好きになり、いつかは自動車雑誌に携わりたいと想い、1993年に輸入車専門誌の編集者としてキャリアをスタート。経験を重ねて1999年には三栄書房に転職、GENROQ編集部に勤務。2008年から同誌の編集長に就任し、2018年にはGENROQ Webを立ち上げた。その後、2020年に独立。フリーランスとしてモータージャーナリスト及びプロデューサーとして活動している。