山間に響く“フェラーリ・ミュージック”を存分に堪能できる
フェラーリのフラッグシップモデルとして位置づけされる812スーパーファストをベースにオープントップ化した「812 GTS」。いわゆるタルガトップスタイルをもつこの812GTSは、実はフェラーリにとって特別な意味合いが込められている。少なくとも筆者にはそう感じてならない――。
ベースとなった812スーパーファストのデビューは2017年3月のジュネーブ・モーターショー。それから4年というタイミングでこの812 GTSを用意したのは想定の範囲内だったが、どちらかと言えば現行型12気筒フラッグシップモデルの最終版として見るのが通説だ。
過去の例をあげてこのシリーズを紐解いていくと、2000年の550マラネロベースをベースにした550バルケッタ・ピニンファリーナを皮切りに、2005年には575Mベースのスーパーアメリカを、2010年には599ベースのSAアペルタ、2014年にはF12ベルリネッタをベースにしたF60アメリカ(アメリカ進出60周年記念モデル)をリリースしてきたが、そのどれもが12気筒フラッグシップの最終版で、いずれもオープントップモデルだった。
しかし、今回の812 GTSが決定的に違うのは、レギュラーモデルとして追加されたということ。過去の4モデルはいずれも限定車としてリリースされたことと比較すると、その理由が気になってくる……。
812 GTSとは今回が初対面だ。RHT(リトラクタブル・ハードトップ)と呼ばれるルーフは約14秒で開閉し、45km/h以内であれば走行中でも操作できるという、他のオープンモデル同様、特に驚くほどの仕掛けではないものの、それでもクーペでは絶対に味わえないフェラーリ製12気筒のエンジンサウンドを存分に楽しむには、これ以上の仕様はないだろう。
最高出力800ps、最大トルク718Nmを発揮するV型12気筒エンジンは、ベースとなった812スーパーファストと同一ユニット。昔のフェラーリのような感動するほど乾いたような官能的なサウンドではないが、ビートの刻み方やレスポンスは、やはりフェラーリならではで、高回転に向かうまでも一気に、そして回転落ちも早いため、高性能な自然吸気V12エンジンに乗っていることをドライブしながら痛感する。パドルシフト付きの7速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)もスムーズにシフトを行い、アクセルを深く踏み込めば、甲高いサウンドとともに痛快な加速を体感できる。
オープントップ化にあたり、リア周り全体のデザインを再設計しているが、それと同時に徹底的に対策したのだろう、高速域で走っていても風の巻き込みはほぼ皆無。ただただ清々しい開放感を味わえるとあって、不快な思いをすることは一切ない。これなら助手席に髪の長いパートナーを乗せても苦情がでることはないはずだ。空力性能にこだわり続けるフェラーリらしい成果の表れの一部でもある。走り自体も思いのほか軽快。オープン化したことで75kgほど重量は増加しているとはいえ、低回転域でもトルクが豊かだから、さほど気にならなかった。
そして、マネッティーノ(ドライブモード)をSPORTからRACEに移行し、さらにペースを上げていくと、812スーパーファスト同様、優れた走行性で魅了する。しかもルーフはオープン状態だから、山間に響く“フェラーリ・ミュージック”も加わる。高回転粋をキープしながら走るV12エンジンのサウンドはたまらない。先のSPORTモードよりもRACEモードのほうが響きは一段とよくなり、まさに快感を味わえる。
長いノーズに収まるV12エンジンは、歴代もっとも低い位置に搭載されるだけあり、コーナリング性能は過去最高の出来だと言いたいところだが、ミッドシップのような高い旋回性能をもつわけではないから、怒涛の加速に任せて勢いよくコーナーにアプローチするのはできるだけ避けたほうがいい。舵角を的確にする電動パワーステアリングに加えて、バーチャルホイールベースと表する後輪操舵システムを搭載するとはいえ、あまり当てにしすぎるとしっぺ返しをくらうだろう。
重量の増加に伴い、マグネティック・ライドのダンパーもそのセッティングを変更している影響もあるようで、クーペの812スーパーファストよりも、ややシビアな一面を見せるシーンもあった。ルーフを開けた状態だからリア荷重への負担が大きくなった影響も考えられるが……(おそらく個体差によるものだと思われる。足まわりに妙なバタつきが見られるうえ、タイヤの接地感も微妙。アンダーステアも強かった)。
それを除けば、812 GTSは812スーパーファスト以上に魅力的な存在であることは確かだ。12気筒エンジンをフロントに積んだロングノーズ&ショートデッキスタイルは、ミッドシップ派には理解できないかもしれないが、これこそが本来のフェラーリである。かつて一時は12気筒ミッドシップモデルをレギュラーライン化した、BB(ベルリネッタボクサー)シリーズやテスタロッサをリリースしてきたが、欧州には275GTBや250GTO、デイトナなどの流れを汲むFRの12気筒こそフェラーリだと思っているフェラリスタが未だに多く存在する。フェラーリもそれを分かってFRに回帰させたのが、しかし、この先は分からない。
それこそ冒頭で触れたように、この812 GTSが限定車ではないことが鍵。あくまでも個人的な見解として記すが、長らく進化を重ねてきたこのV型12気筒自然吸気エンジンはこれが最後となるため、できるだけ多くデリバリーしたいのではないかと見ている。クーペの812スーパーファストの派生版が最終形となることを定義として見てもそうなのだが、間違いなく812シリーズはこれが最後。そしてフェラーリは今後ラインアップ構成を大きく変える可能性が高い。となると、この812 GTSの価値は極めて大きい。
加えて、F8トリブートをリリースした理由も重なる。発表時に“歴代ミッドシップ8気筒モデルへのオマージュ”とまで謳ったほどだ(詳しくは割愛させて頂くが、その流れは異例だった)。812 GTSといい、F8トリビュートといい、何か匂わせている。それもそのはず。その背景にあるのが、パワートレインの改革だ。即ち、例えフェラーリと言えども時代の流れには逆らえない。すでにフェラーリは、2022年までに全体の60%はハイブリッドモデルにすると公言している。
上陸が待たれるハイブリッドスポーツ、SF90ストラダーレの存在もいい例だ。価格帯から推察すると、SF90ストラダーレは、あくまでも“繋ぎ役”の可能性も考えられるが、実際、マラネロでは、F171というコードネームでV6ハイブリッドを搭載したミッドシップスポーツと、フロントエンジン車の両モデルの開発が進んでいるのは確か。しかも、すでに報道されているSUVも同じパワートレインを積むと言われているから、「2022年まで60%〜」というのはかなり現実的。となると、パリ協定にもつながる2025年までに100%”というのも現実味を帯びてくる。まずはV8に変わるV6ハイブリッドでスタートし、あとはV12に置き換わるV8ハイブリッドとなるが、これもSF90ストラダーレで実を結んでいるから、スペックは異なるものの、それを応用してくるのは想像に難しくない。
そんな目線で見ると、ここで紹介した812 GTSは、生粋のFRフェラーリ、最後の自然吸気V12エンジン、そして新たな時代へと移行する前の最終形の跳ね馬となることから、買っておいて損はない1台と言えるだろう。同時に、エンツォ・フェラーリの精神もこれで終わるのかと思うと、寂しさを覚えると同時に、812 GTSの存在意義はさらに大きく感じてくる。
果たして今後はどうなるのか? この後のフェラーリの動きが気になって仕方がない今日この頃である。
【Specification】フェラーリ 812GTS
■車両本体価格(税込)=45,080,000円
■全長×全幅×全高=4693×1971×1278mm
■ホイールベース=2720mm
■トレッド=前1672、後1645mm
■車両重量=1600kg
■エンジン型式/種類=-/V12DOHC48V
■内径×行程=94.0×78.0mm
■総排気量=6496cc
■圧縮比=13.5
■最高出力=800ps(588kW)/8500rpm
■最大トルク=718Nm(73. 2kg-m)/7000rpm
■燃料タンク容量=92L(プレミアム)
■トランスミッション形式=8速AT
■サスペンション形式=前Wウイッシュボーン/コイル、後Wウイッシュボーン/コイル
■ブレーキ=前後Vディスク
■タイヤ(ホイール)=前275/35ZR20(10J)、315/35ZR20(11. 5J)
車両サイト https://www.ferrari.com/ja-JP/auto/812-superfast
この記事を書いた人
1967年生まれ。東京都出身。小学生の頃に経験した70年代のスーパーカーブームをきっかけにクルマが好きになり、いつかは自動車雑誌に携わりたいと想い、1993年に輸入車専門誌の編集者としてキャリアをスタート。経験を重ねて1999年には三栄書房に転職、GENROQ編集部に勤務。2008年から同誌の編集長に就任し、2018年にはGENROQ Webを立ち上げた。その後、2020年に独立。フリーランスとしてモータージャーナリスト及びプロデューサーとして活動している。