メルセデス・ベンツ

時代を越える包容力、メルセデス・ベンツ300E(W124)インプレッション

W124というコードネームで親しまれているミディアム・クラスは、いつの時代もクルマ好きの心の片隅で気になる1台としてある。4ドアセダンの見本のような真面目一辺倒なスタイリングの中にはどのような強い求心力が隠されているのか? 齢30歳になるメルセデスに問うてみた。

最善か無か、W124のエバーグリーンな魅力とは

趣味のためのクルマといえばとかくスポーツカーや2ドアのクーペに光が当たりがちだ。そこに日常的な臭いが強い4ドアセダンが割って入る場合、ツーリングカーレースで活躍したようなモデルがクローズアップされる傾向が強い。ところがそれらの条件に該当することなく、生産から30年ほどが経過した今でも、そして走行距離がどれだけ進んでも活き活きと走り続ける4ドアセダンがいる。永遠に色あせないクルマ、エバーグリーンカーの評価を確たる人類史上最強セダンに乗るものにした最強のメルセデス、W124シリーズがそれである。

メルセデス・ベンツのモデルは現役当初から高い評価を獲得しているものが少なくない。特に安全装備の面では他に先んじて新開発のシステムを積極的に盛り込んでくる例が少なくないからだ。しかしそのクルマの本当の評価は、時間が経過してみないとわからない。最も顕著にそれがわかるのは、20年以上が経過したときの中古車のタマ数かも知れない。

高い評価にはそれを裏付けるだけの需要が存在し、需要があれば少しお金をかけてでも直すので補修パーツも充実し、個体のコンディションも保たれ、結果として廃車になることなく時代を超越して愛される。そんな自動車界の一般的な常識に逆らう正のスパイラルを発生するパワー。W124にはそれがある。

現役時代から評価の高かったW124がクルマ趣味人の気になる存在としてクローズアップされはじめたのは、1990年代の中頃のこと。ポルシェがエンジニアリングと生産を手掛けたことで有名になった500Eが、そのきっかけだった。モータースポーツシーンと特に関係を持たず、しかし超がつくほど高性能な4ドアセダンを作り出す。これに近い例はBMWのM5やアルピナといった存在が思いつくが、しかし500Eの直接的なモチーフとなっているのはメルセデス自身のアーカイブに残されている。ポルシェ博士が技術責任者を務めていた1920年代の”K”や1930年代のグローサー・メルセデス、1960年代終わりの300SEL6.3といったモンスターたちである。

W124の趣味性は500Eという特別なモデルによって認識され、ステーションワゴンであるにも関わらず端正なスタイリングで評価が高いTEシリーズによって厚みが増し、さらに21世紀に入ってからシリーズの全てのモデルが脚光を帯びる結果となった。ちなみにW124のWはセダンを表すアルファベットであり、ワゴンにはS、クーペにはC、カブリオレにはAというアルファベットが用いられている。だがその中核であるW124を総称とする使い方が一般的であり、本稿もそれに倣っている。

2020年代に入ったからと言って、W124シーンに新たな動きが起こっているわけではない。だが他の趣味車と同じようにオリジナルの状態が尊ばれる傾向は強まっているといえる。特にスポーツカーとは違ってオリジナルの車高やそれが生み出す動的な質感までもが重要視される傾向は今後より強まるはずだ。

現代のメルセデスのそれとは隔世の感があるW124のコックピットまわり。この時代のメルセデスは、右ハンドルが右ウインカー、左ハンドルが左ウインカーを採用していた。外観的には特徴がないシートだが、金属製のスプリングやヤシの繊維といった高コストの素材が惜しみなく使用されている。シートだが、金属製のスプリングやヤシの繊維といった高コストの素材が惜しみなく使用されている。

今僕の目の前にあるミッドナイトブルーのW124、300Eがまさにそんな感じである。前期型、サッコプレートなしのシンプルな佇まい。その車高はハイドロ・シトロエンが伸びをしている時のように高く突っ張って見える。室内を覗き込むと、広いグラスエリアから差し込んだ光を吸収してしまいそうなほどきめの細かいモケット地が奢られている。W124のシートは数種類のファブリックや合皮のMBTEX、そして本革まで様々なバリエーションがあるが、前期モデルに採用されていたモケットはとても珍しい。W124に造詣の深いオーナーのOさんによれば、シートの内部構造も初期のモデルとそれ以降では異なっているらしい。

オドメーターに7万4000kmを刻んでいるとはとても思えないドライバーズシートに腰を下ろしてみる。布地にしては当たりが硬く感じられるのだが、ゆっくりと沈み込んでドライバーの腰を抑え込む。他の何物にも似ない感触に、過去の記憶が蘇ってきた。

4気筒からV8まで様々なエンジン形式を許容したW124のエンジンルームだが、標準と呼べるのはこの300Eが搭載するSOHCの3リッター・ストレート6だろう。

以前僕がアシにしていたW124は後期のE320だった。右ハンドルでスロットルが重く、アシもいくぶん固くなっていて、シートはこれ以上ないくらい硬いレザーだった。それしか知らない時には”W124最高!”と悦に入ることができた。だが広島のマツダ本社を訪ね、同社が所有している徹底的にメンテされた個体に乗せてもらうと、自分の愛車の立ち位置がはっきりとわかったような気がした。

シリーズ1から4まであるようなスポーツカーでも、1と4のフィーリングがまるで違うというのはよくある。時代が進むにつれて信頼性は上がるが、重くなったりコストダウンが含まれたりもするからだ。W124も例外ではないのだとその時に確信したのである。

今回ドライブさせてもらった300Eは、これこそ完璧なW124、というべき1台だった。一般的なクルマと比べればスロットルの立ち上がりや初期操舵が鈍く感じられる。だが相対的な感覚を排して味わうと、遊びやガタがほとんどない、しかし少しも唐突な感じがしない高尚な操作感が浮かび上がってくる。

感触自体は重たいのだが、それらを操作してみると軽快ですらある。この時代のメルセデスは、硬めのグリースがきっちりと詰め込まれたボールベアリングのように、相反するフィーリングが同居しているのだ。

快適な室内も、広い視界も、ボディの見切りの良さも、定常的に力が立ち上がるペダル類も、路面を柔らかくつかんで離さないアシなど、クルマとしての包容力の大きさを感じさせるこれらの感覚が、あるひとつの哲学にむけてかたち作られている。おそらくそれは安全というただ一点を見据えた結果なのだろう。その道程に乗り心地の良さ、ストレスフリーがあったり、ある人はそのハンドリングをスポーティと例えたりもする。だが結局のところ自分たちの生み出した製品によって死者を出さないというメルセデスの哲学こそが、このW124を形作っているのだと思う。

とどのつまり”W124とは何か?”と問われても、特定の何かを挙げることはできまい。有機肥料がそのままでは植物に吸収されないように、よく言われるボディ剛性ですらそれだけで乗り手を喜ばせる感覚になり変わることがないからだ。

フォト=神村 聖 S.Kamimura カー・マガジン2020年10月号より転載

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