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僅か600台しかない貴重な最終型E30 M3と最新のM3を比較! 35年の歳月でM3が辿った進化の軌跡を追う!

BMWの「M」を語る上で、真っ先に思い浮かぶ欠かせないモデルと言ったらそれはズバリ「M3」だろう。ここでは、35年の時を経て受け継がれる「M」の進化とその魅力について考察すべく、初代と最新モデルを対峙してみた。

初代E30との衝撃の出会い

この業界に入った頃、つまり本誌編集部で”小僧”だった頃、当然のことながら編集の仕事なんてまだ出来ないから、先輩が担当する取材に同行して、洗車やカメラマンのアシスタントみたいなことをやらされていた。「雑用かよ」とちょっとふんまんやるかたない気分にもなったものの、実際それ以外に自分にできることはなかったし、いわゆる”下積み”っていうのはこういうものなんだと腹をくくった。

そんな丁稚時代の唯一の楽しみは、たまに先輩が言ってくれる「ちょっと乗ってみるか?」のひと言だった。大切な取材車両だから基本的には運転なんかさせてもらえなかったのだけれど、ごく稀にそんな機会が巡ってくることがあった。おかげで、デビュー直後のR32GT-Rや初代アリストなんかをちょっとだけ運転させてもらったが、いまでも鮮烈な記憶として脳内に深く刻まれているのがE30のM3である。

ガチガチに緊張していたので、細かい部分はよく覚えていないものの、ステアリングを切った後に見せるM3の動きに「なにこれ?」と驚愕した感触は残っている。まるでボディの真ん中に串が刺さっていて、そこを中心にコマのようにくるりと向きを変えたのである。”曲がる”というよりは”回る”という表現のほうが近いと思った。まだ数少ない運転経験の中で、M3のハンドリング特性はまさしく未知のものだった。

撮影車は1990年に製造された600台限定のM3スポーツエボリューション。専用バケットシート、専用エンジン、ブリスターフェンダー、空力性能を高める専用スポイラー等を装備。

いまにして思えば、それは「ミッドシップの挙動に似たFRだった」とか言えるけれど、当時は駆動形式による操縦性の違いはもちろん、ヨー慣性モーメントだの前後重量配分だの荷重移動だのアンダー/オーバー/ニュートラルステアだのの物理的解釈なんてまったく知る由もなかったから、ステアリングを切る度に「すげーすげー」と阿呆みたいに興奮するだけだった。「どうだった?」と先輩に聞かれて「なんだかよく分からないですけどスッゴくよく曲がるクルマですね!」と答えたら、「M3の回頭性のよさはずば抜けてるからな」と教えてくれた。「回頭性」という言葉の意味と実際の挙動を初めて学んだ瞬間でもあった。

直4DOHC16Vエンジンは2467ccへと変更され、最高出力238psを発揮。最高速度は248km/h、0→100km/h加速は6.5秒をマーク。

初代M3が誕生した背景には、ドイツのツーリングカー選手権(DTM)などグループAのホモロゲーション取得という明確な目的があった。E30の2ドアをベースに、ボディ剛性や空力の向上を狙いボディには本格的に手が加えられ、ノーマルのE30と共有したボディ外板はボンネットとルーフパネルぐらい。Cピラーの角度もわざわざ変更されている。1985年に発表された当時のレギュレーションでは、エンジンは4気筒の2.3Lと定められていたので、M1などに採用されていた6気筒(M88型)を4気筒に改良したとされている。

1990年の生産終了までに、M3はレギュレーションに合わせたさまざまなバリエーションが存在した。今回拝借したのは「スポーツエボリューション」と呼ばれる個体で、レギュレーション変更に伴い排気量が2.5Lに変更されたE30のM3の最終型である。1990年に生産された最終ロットで、生産台数は600台。そのうちの1台という大変貴重なモデルである。

35年の時を経て変わらないもの

撮影車は初代M3登場から35年の時を経て、最新テクノロジーを結集したM3コンペティション。

車検証によると、ボディサイズは全長4330mm、全幅1750mm、全高1360mm。車両重量は1270kg。現行のBMWの中でもっとも小さい1シリーズ(118i)は4335×1800×1465mm、1390kgなので、M3のほうがコンパクトで軽いことになる。

2467ccの直列4気筒エンジンはもちろん自然吸気で、最高出力238ps/7000rpm、最大トルク240Nm/4750rpmを発生。組み合わされるトランスミッションはゲトラグ製の5速MT。1速が手前にあるレーシングパターンだった。

若い頃に試乗してエラく感銘を受けたのに、いまあらためて乗ってみると「あれ?」と思うことがある。20代後半で「早っ!」とおののいたメルセデスの500Eに数年前に乗って「遅っ!」と感じ、昔とはまったく逆の印象を持った。初めてM3に触れてから30年が経ち、こんな自分でもそれなりの経験を重ねてきたし、クルマの性能も全般的に向上してきたから、500Eの期待外れ感は無理もないのだけれど、M3は当時とほとんど変わらない印象だった。

さすがに現代のミッドシップのスポーツカーにはかなわないものの、FRとしてはやっぱり望外な回頭性だと感じたし、レブリミットの7000rpmまで軽々と回るエンジンは、当時の記憶よりもずっと気持ちのいいフィーリングだった。

直6ツインターボ2993ccエンジンは最高出力510ps(M3セダンは480ps)を発揮。最高速度は250km/hで電子制御されるが、オプションのMドライバーズパッケージにより290km/hをマーク。0→100km/h加速は3.9秒。

印象の変化が少なかったのは、最新のM3にも似たようなテイストの回頭性が受け継がれているからかもしれない。歴代のM3にはほぼ試乗してきて、免疫がその都度きちんとアップデートされてきたからだろう。いっぽうで、「クルマの進化とは、いったい何なんだろう」と考えてしまった。

G80のコードネームを持つ最新型のM3は、E30のM3よりもひと回り大きく400kg以上も重く、出力で300ps近く、トルクで約400Nmも上乗せされた3Lの直列6気筒ツインターボエンジンを搭載する。もはや後輪だけで請け負うには強力すぎるパワーであり、それを示すがごとく4輪駆動のxDriveモデルも用意されている。

確かに回頭性はいいが、E30の「回る」に対してG80は「回り込む」というか、時としてドライバーの思惑以上にクリッピングポイントへ向けて積極的に巻き込んでいくように向きを変える。それはそれで面白いとも言えるのだけれど、肝心なことはその回頭性を実現するために、eデフやトルクベクタリングといった電制デバイスをフル活用している点である。そんな飛び道具をいっさい持たなくても、E30は秀逸な回頭性を手に入れることに成功した。今から30年以上も前に。

だからといって最新のM3を否定するつもりはない。初代のM3も限界付近ではそれをコントロールするためにある程度のスキルがドライバーに求められる。現代のM3はいざとなれば乗員の命を守ろうと電子デバイスが総動員で懸命に作動してくれるし、ボディは衝突安全性の高い構造となっている。安全と安心(そして速さ)という観点では、現代のほうが優れているのは明らかだ。大パワーと先進技術を備えつつ高い安全性が担保された現代のM3。これが初代から見た時に本当に健全な進化と言えるのかどうか。そもそもクルマの健全な進化とはどうあるべきなのか。2台のM3を目の前にして、そんなことを問われているような気がした。

【Specification】BMW M3(E30)
■全長×全幅×全高=4330×1750×1360mm
■ホイールベース=2560mm
■車両重量=1200kg
■エンジン種類/排気量=直4DOHC16V/2467cc
■最高出力=238ps(175kW)/7000rpm
■最大トルク=240Nm(24.4kg-m)/4750rpm
■トランスミッション=5速MT
■サスペンション(F:R)=ストラット:セミトレーリングアーム
■ブレーキ(F:R)=Vディスク:ディスク
■タイヤサイズ(F:R)=225/45 ZR16:225/45 ZR16

【Specification】BMW M3(G80)
■全長×全幅×全高=4805×1905×1435mm
■ホイールベース=2855mm
■車両重量=1740kg
■エンジン種類/排気量=直6DOHC24V+ツインターボ/2992cc
■最高出力=510ps(375kW)/6250rpm
■最大トルク=650Nm(66.3kg-m)/2750-5500rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション(F:R)=ストラット:マルチリンク
■ブレーキ(F:R)=Vディスク:Vディスク
■タイヤサイズ(F:R)=275/35R19:285/30R20
■車両本体価格(税込)=13,500,000円

BMW M3公式サイト

フォト:郡 大二郎/D.Kori ルボラン2022年5月号より転載

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