ここで集まったEセグメントの俊足たちは、ボディ形状が異なっている。そんな、用途も仕立て方もまるっきり異なる独プレミアムの個性派たちを、レーシングドライバーでありモータージャーナリストの木下隆之氏がワインディングで駆り、自身のドライビング経験と現場での試乗インプレッションを織り交ぜて語った!
M2CSレーシングさえ抜き去るM5
BMW M5には、少々苦い経験がある。
僕は今年、国内外のレースをBMW M2CSレーシングで戦った。搭載するのは直列6気筒3Lツインターボであり、市販車の面影を残しながらも戦闘力を高めた純レーシングカーである。
そのマシンで、ゲスト出演というかたちでサーキット走行会に参加する機会が度々あったのだ。登録ナンバー付きの愛車で走行を楽しむ方々との混走である。「やっぱり、レーシングカーは速いね」。そんなサプライズがイベントを盛り上げてくれるだろうというのが、ゲスト出演の狙いであることは容易に予想できる。
【写真6枚】浮世離れしたパワーに相応しいスポーティな内装、BMW M5コンペティションの詳細を写真で見る
ところが、だ。参加者の中に現行のM5がいると事態は急変する。M5がそのV型8気筒4.4Lツインターボを炸裂させ、625ps/750Nmを発生させる圧倒的なパワーで猛追されてしまえば、M2CSレーシングとて太刀打ちできない。恥をかかされるのである。
M5が備えるアクティブMディファレンシャルを組み込んだM/xDriveは、圧倒的なトラクションを発揮する。M2CSレーシングだけがスリックタイヤを装着しているという優位性さえも霧散してしまう。
ちなみに、M2CSレーシングの最高速度はかなり優秀だ。国内外のレースでも、世界最高峰のレーシングカーであるGT3勢を直線で抜き去ることもある。ということはつまり、M5はGT3を軽々と駆逐するというわけである。
というように、M5のパフォーマンスは桁外れだ。車両総重量は約2トンにも迫り、ヘビー級であることに異論はない。だがそのウェイトを、暴力的なパワーと太い4本のタイヤで受け止める。ステアリングフィールは剃刀のように鋭い。ハードにコーナを攻め立てて、もうこれ以上はタイヤの横力の限界であろうと予想したその先でも、まだまだ切れ込むのだ。カーボンブレーキは、小指の先でペダルに触れただけでもギュンと効く。これでは、レーシングカーが後塵を拝するのも納得できる。
しかも、このような走り味は、まだドライビングモードを「コンフォート」にセットした状態でのことだ。その先に「スポーツ」があり「スポーツプラス」がある。そしてさらに、禁断のFRモードもあるというのだから常軌を逸している。
BMW M社史上最強のパワーモンスターは、まさに紳士の皮を被った野獣だとさえ思えてくる。
(後編に続く)
【SPECIFICATION】BMW M5コンペティション
■全長×全幅×全高=4990×1905×1475mm
■ホイールベース=2980mm
■車両重量=1940kg
■エンジン種類/排気量=V8DOHC32V+ツインターボ/4394cc
■最高出力=625ps(460kW)/6000rpm
■最大トルク=750Nm(76.5kg-m)/1800-5860rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション(F:R)=Wウイッシュボーン:マルチリンク
■ブレーキ(F:R)=Vディスク:Vディスク
■タイヤサイズ(F:R)=275/35R20:285/35R20
■車両本体価格(税込)=19,590,000円
この記事を書いた人
1982年に全日本学生自動車王者に輝いた。出版社で編集部所属、独立してレーシングドライバーとして活動を開始してから40年となる。日産、ホンダ、三菱、トヨタとレーシングドライバー契約。レーシングカーはもちろんのこと、スカイラインGT-R、ホンダ・レジェンド、三菱ランサーエボリューション、レクサスLFAなどの開発に従事。国内外のトップカテゴリーで数多くのチャンピオンを獲得。スーパー耐久シリーズでは最多勝記録を更新中。ニュルブルクリンク日本人最多出場、日本人最高位記録保持。GTアジア選手権2連覇等、海外に活動の場を広げて活躍中。2023年からはトーヨータイヤと「プロクセスアンバサター」契約し、Team TOYOTIRESのドライバーとしてニュルブルクリンクに参戦を開始している。一方で、執筆活動も旺盛で、11本のコラムを連載中。「豊田章男の人間力」「ジェイズや奴ら」等を上梓。トヨタガズーレーシングアドバイザー、レクサスブランドアドバイザー、BMWスタディ・スポーティングディレクターを経験。数々の企業案件に参画してきた。サントメ・プリンシペ民主共和国・補佐官/トウキョウファーム経営戦略アドバイザー/日本カーオブザイヤー選考委員/日本ボートオブザイヤー選考委員/日本自動車ジャーナリスト協会会員/株式会社木下隆之事務所・代表