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【国産旧車再発見】195台限定発売の真価、長年マニアの羨望を集める幻のケンメリGT-R。1973年式『日産スカイラインHT2000GT-R』

DOHC24バルブの高性能エンジンを搭載する第1世代GT-R。ケンとメリーのスカイラインでは限定販売として追加され、195台という希少価値ゆえ長年マニアの羨望を集めてきた。歴代唯一レースに出なかったという意味でも例外的であり、グランドツーリングカーを目指した稀有な存在でもある。

直列6気筒DOHC24バルブであるS20型エンジンを搭載するがスポーツ性と快適性を両立していた

吸気と排気バルブを駆動するカムシャフトが、個別に存在するDOHC機構を持つエンジンは、今でこそ一般的だ。だが1960年代では特別な存在だった。まして戦後の復興期だった日本に、それほど高性能なエンジンが必要だったはずもない。ところがオートバイメーカーだったホンダから、DOHCエンジンを採用する市販車が1963年に発売される。

1963年といえば空冷エンジンのクルマも多く、クラウンやセドリックにしてもOHV方式だ。プリンス自動車から国産車初のOHCエンジンを搭載するグロリア・スーパー6がようやく発売された時代である。ホンダは既存自動車メーカー以外の新規参入を規制しようとする政府の動きを牽制するため、あえてこんな時代にDOHCエンジンを生み出した。

日本におけるDOHCエンジンの特殊性は、日本グランプリによりさらに高まる。当時おそらく技術的には日本随一だったプリンス自動車は、紳士協定を守って第1回グランプリで惨敗。必勝をかけた第2回にグロリア用6気筒SOHCエンジンを載せた2代目スカイラインを持ち込む。だが、レース直前にポルシェ904カレラGTSがエントリー。こちらは純レーシングマシーンであり、水平対向4気筒DOHCエンジンは180hpを発生。とてもスカイラインに勝ち目はなかった。

こうした背景もあり、プリンス陣営はDOHCエンジンの開発に打ち込む。そして辿り着いたのが気筒当たり4バルブを備えるDOHCエンジンだ。プリンスR380に搭載されたGR8型がそれで、吸排気バルブを気筒当たり2つずつ配置する4バルブ機構を採用。高圧縮比により極めて高い燃焼効率を実現。この結果、開発当初から200psを発生。日産自動車に吸収合併された後も熟成が進み、ウエーバーキャブレターからルーカス機械式燃料噴射装置へ変更されると、出力は245psへと向上している。

このエンジン技術を市販車に反映させたいと思うのは自然な流れだろう。だがGR8はアイドリングや低回転域での実用性は無視した設計。そこで同じDOHC24バルブの設計を市販エンジンに盛り込み、新設計されたのがS20型エンジンだ。このエンジンは3代目スカイラインに搭載され、GT-Rを名乗る。その後の活躍は改めて紹介する必要がないほど有名で、ツーリングカーレースで50勝以上を挙げている。だが、スカイラインが3代目から4代目へモデルチェンジされた1973年は、日産がワークス活動を休止した年でもある。

オイルショックにより、世相は燃費が悪く排気がクリーンではないスポーツカーに冷淡な目を向ける。レースで圧倒的強さを誇ったスカイラインも方向転換せざるを得ず、よりマイルドなツーリングカーとして開発された。こうして生まれた4代目スカイライン、通称ケンメリは大きく重くなったボディが特徴だ。アメリカ志向を強めたスタイルは流麗でこそあったが、ホイールベースは2ドア比でハコスカから40mm延長された。全長も130mm伸ばされ、ファストバックスタイルを取り入れたことで45kgほど重くなっていたのだ。

【写真22枚】195台限定発売の真価、日産スカイラインHT 2000GT-Rの詳細を写真で見る

だから4代目ケンメリにGT-Rはそもそも企画自体が存在しなかった。S20エンジンが余っていたからなど諸説あるが、ケンメリにGT-Rが新設定されたのは販売戦略でもあったのだろう。ツーリングカーではあるけれど、レーシングスピリットを忘れたわけではないと日産が主張しているかのようにも感じる。そのため、ケンメリGT-Rにはちぐはぐな設計が随所に見られるのだ。

GTとGT-Rの違いとして誰もがわかるのがオーバーフェンダー。3代目ハコスカと違い前後に装備されたが、これは単にフェンダーをカットして取り付けただけではない。フェンダーに剛性を持たせるため折り返しのリブが波打っており、リヤに至ってはフェンダー自体の形状が違う。またインナーフェンダーとアウター側の溶接幅が大きくされ、カットしたことで落ちるフェンダーパネルの強度を補っているのだ。

フロアパネルの溶接箇所まで変更されスポーツ性を追求しているようだが、運転する要であるシートには快適性が盛り込まれる。ハコスカGT-RのバケットシートとケンメリGT-Rのバケットシートを分解すると、クッション性への考え方がまったく異なることを発見できる。ハコスカのシートはスポンジの下に波状のスプリングがあるだけなのだが、ケンメリはスポンジ下のベースが網目状の針金となり、骨となるベースに数カ所のスプリングで吊られる構造。つまりシートの底がハコスカはスプリングだけと簡素だが、ケンメリは底のベースをスプリングで吊る2重構造になっている。2つのシートを座り比べると、ケンメリのフワフワしたクッション性は誰にでも感じられるはずだ。

実際に運転してみるとシートの感想そのままの印象になる。同じエンジンだから軽い方に分があるのは当然で、加速性能・最高速ともにハコスカがケンメリを上回る。また重いことはコーナリング性能にも影響する。ハンドリングがクイックでリヤが回り込むように向きを変えるハコスカに対し、ケンメリはすべての動作がワンクッション遅れて反応する。スポーツカー然としたハコスカに対し、ケンメリにはグランドツーリングカーであることをヒシヒシと感じられるのだ。

オーバーフェンダーとリヤスポイラーが特別な存在であることを主張する

今回のケンメリGT-RオーナーであるKさんは、同時にハコスカGT-Rのオーナーでもある。つまり誰よりもケンメリGT-Rの特性を理解されているわけで、ハコスカとは違う価値を尊重している。やはりケンメリGT-Rはツーリングカーであり、走りよりも希少性に価値があると公言しているのだ。

ちまた言われる生産台数は197台。だが、専門店であるプリンスガレージかとりの協力を得て筆者が調べたところ、200台のケンメリGT-Rが確認できた。とはいえ200台でしかない。この希少性により中古車相場は長いことハコスカよりも上。もはや庶民の手が届かない存在になってしまった。ゆえにGTをベースにR仕様を作ることが流行しているわけだが、前述のようにオーバーフェンダーを取り付けるだけでも正確に再現するには特殊な技術力が必要だ。

これから歴代GT-R、特にケンメリを手に入れようと考えるマニアもいるだろう。そこで注意点をお知らせしたい。というのも、R32以前の第1世代GT-Rには数多くの”バケR”が存在するからだ。

GTボディにS20エンジンを載せてGT-Rと称する偽物が30年ほど前から横行している。本物と偽物を見分けるポイントはいくつもあるのだが、代表的なのが車台番号の刻印。エンジンルームにある車台プレートではなく、ボディに刻印されている番号を確認したい。

セダンならPGC10、2ドアならKPGC10かKPGC110で始まる。GT系だとGC10やKGC10もしくはKGC110となる。刻印場所は、ハコスカなら助手席側ステップ。ビニールのカバーをめくって確認する。ケンメリはエンジンルームのバルクヘッド。車台プレートがある逆側なので、確認は容易だ。

だが刻印のある周辺をパネルごと別のクルマから剥ぎ取って溶接しているケースもある。刻印が判読できない、もしくはないなど違和感がある場合は徹底的に調べたい。

【specification】日産スカイラインHT2000GT-R(1973年型)
●全長×全幅×前高=4460×1495×1380mm
●ホイールベース=2610mm
●トレッド(F&R)=1395/1375mm
●車両重量=1145kg
●エンジン形式=水冷直列6気筒DOHC
●総排気量=1989cc
●圧縮比=9.5:1
●最高出力=160ps/7000r.p.m.
●最大トルク=18.0kg-m/5600r.p.m.
●変速機=5速M/T
●懸架装置(F:R)=ストラット:セミトレーリングアーム
●制動装置(F:R)=ディスク:リーディングトレーリング
●タイヤ(F&R)=175HR-14
●新車当時価格=162万円

Text:増田 満 PHOTO:内藤敬仁 カー・マガジン489号より転載

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