メルセデス・ベンツ

メルセデスの先進工場を初取材。サスティナビリティは生産現場でも「MERCEDES-BENZ FACTORY56」

ドイツのシュトゥットガルトにあるダイムラー本社から約56km離れたジンデルフィンゲンにある「ファクトリー56」に日本のメディア初の取材が実現した。世界中のメルセデス・ベンツの将来の組立工場の青写真ともいえるその現場の全容とは?

日本メディア初取材の工場

メルセデス・ベンツの現行Sクラスの発表会が開催されたのは’20年9月2日。コロナ禍の真っ只中で、フラッグシップモデルのお披露目という大舞台にもかかわらず、メルセデスはオンラインの形式を採らざるを得なかった。それでもSクラスである。どんな豪華絢爛な発表会になるのか、メディアはそんなことを期待していた。

現行Sクラスの発表会を工場で行なうという異例の決断をしたケレニウス会長。メルセデスにとってファクトリー56がいかに重要な生産拠点なのかが容易に想像できる。

発表会がスタートし、ケレニウス会長が新型Sクラスと共に登場したのは歴史的建造物でも高級ホテルでもなく、なんと生産工場の一角だった。オンラインだったので他の参加者の反応を窺い知ることは出来なかったけれど、前代未聞の会場選択におそらくみんなが自分と同じように「え、なんで?」とざわついたに違いない。しかし、ケレニウス会長の「(将来を見据えた)自動車業界の変革は製品だけでなく、サプライチェーンを含む生産現場まで及んで初めて達成できるのです」「高級車に必要なのは上質な部品のみならず、それを高い品質で組み上げる生産現場も不可欠です」などのスピーチにより、最終的には「なるほど」と納得したことを覚えている。

正直なところ、以前のメルセデスは仕上がりに個体差があったことは否めない。ファクトリー56はいわゆるマザー工場でもあり、今後はすべてのメルセデスの工場が同様の生産品質にならされるという。

その工場の名は「ファクトリー56」という。「56」はジンデルフィンゲンの敷地内にある「56番目」の施設を示している。ファクトリー56ではサスティナビリティに重点を置いて建設された点が新しい。ここは当初からCO2ニュートラルベースで操業しており、最終的にはゼロカーボン工場となる予定。工場全体の総エネルギー必要量は、他の組立工場よりも25%低く、屋上には太陽光発電システムがあり、年間電力需要の約30%を賄うのに十分な量だという。この電力の一部は直流ネットワークに送られ、換気装置などに電力を供給する。また車両用バッテリーを使った定置型エネルギーバンクもこの直流ネットワークに接続されている。すべての照明はLEDで、自然光も積極的に取り込むことで、快適な職場環境も整備されている。

生産ラインといっても従来の線路のようなものはなく、クルマは搬送機に乗せられて自動的に動いていく。生産の柔軟性を高める方法のひとつでもある。

この工場の取材が、日本のメディアとしては初めて許された。本格稼働してから間もないので隅々までキレイなのは当たり前だけれど、そこらじゅうを動き回る計400台以上もの部品搬送車(AGV)や、従業員がタブレットを片手に作業する完全ペーパーレスなど、最先端の生産設備であることは一目瞭然だ。

従業員が体勢を変えるのではなく、従業員の作業性を考慮してクルマのほうが位置や向きを変える。

そしてもっとも特徴的なのは柔軟性である。ファクトリー56では内燃機搭載車からBEVまで、さまざまな車両の組立工程に対応できる。現在は現行Sクラスの標準とロングホイールベース、メルセデス・マイバッハSクラス、そしてEQSが同じラインを流れている。こうしたラージサイズのセダンだけでなく、生産ラインはコンパクトカーからSUVまで対応できるように設計されており、理論上は需要に応じてメルセデスの全モデルを最短時間で継続生産できるそうだ。

工場内のそこかしこに大型モニターが設置され、従業員はタブレットでさまざまな指示や情報を確認する。完全ペーパーレスを実現したという。

どんなに素晴らしいクルマを開発・設計しても、それを精密かつ継続的に組み立てることができなければ意味がない。生産技術面においてはトヨタに遅れをとっているとも言われてきたメルセデスが、「もうそんなことは言わせない」と起死回生を狙ったのがこのファクトリー56なのだろうと思った。
余談だが、取材当日にラインを流れていた約8割はマイバッハSクラスで、そのほとんどが中国向けだった。BEVの急速な繁殖ばかりが取り沙汰されているけれど、本当のところはどうなのか。彼の地のことは相変わらずよく分からないのである。

屋上に敷き詰められた太陽光パネル。残りの約40%のスペースには植栽も施され、雨水も貯留して再利用する。

リポート=渡辺慎太郎 フォト=メルセデス・ベンツ日本 ルボラン2024年2月号より転載

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