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最速級の「1億台」達成とあのデロリアンとの意外な接点。ヒョンデと巨匠ジウジアーロの名車「ポニー」から紐解く熱き軌跡【第2回・ヒョンデ6つの疑問:Why? Hyundai?】〈PR〉

トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。
2024年10月に世界累計生産台数1億台を達成したヒョンデの「One step further」キャンペーン。上は創業当初にノックダウン生産したフォード・コーティナで、下は1億1台目となったIONIQ 5。
ジウジアーロがデザインし、1974年のトリノモーターショーでデビューしたヒョンデ・ポニー。
ジウジアーロがデザインし、1974年のトリノモーターショーでデビューしたヒョンデ・ポニー。
トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。写真中央はデザインを手掛けたジウジアーロ。
トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。
トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。
ジウジアーロ(写真右)自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペが2023年、コモ湖で公開された。
ジウジアーロ自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペが2023年、コモ湖で公開された。
ジウジアーロ自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペ。
ジウジアーロ自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペ。
ジウジアーロ自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペ。
ジウジアーロ自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペ(写真右)。
ヒョンデの重要なヘリテージであるポニー・クーペ(上)にインスピレーションを受けたコンセプトカー「N Vision 74」(下)。
ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。
ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。
ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。
ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。
ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。
2026年5月のニュルブルクリンク24時間レースで、ヒョンデのハイパフォーマンスブランド「N」は「エレントラ N TCR」でTCRクラス6連覇を達成した。
2026年5月のニュルブルクリンク24時間レースで、ヒョンデのハイパフォーマンスブランド「N」は「エレントラ N TCR」でTCRクラス6連覇を達成した。
2026年5月のニュルブルクリンク24時間レースで、ヒョンデのハイパフォーマンスブランド「N」は「エレントラ N TCR」でTCRクラス6連覇を達成した。
TCRの血統を受け継ぐ市販モデル「エレントラ N TCRエディション」が2026年4月に北米で発売されている。
TCRの血統を受け継ぐ市販モデル「エレントラ N TCRエディション」が2026年4月に北米で発売されている。
2021年にヒョンデ初のBEVとして登場したIONIQ 5。2022年に「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し(写真)、日本でもインポート・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いている。
ヒョンデのサブブランド「N」によるスポーツEV、IONIQ 5 N。
ヒョンデのサブブランド「N」によるスポーツEV、IONIQ 5 N。
ヒョンデのサブブランド「N」によるスポーツEV、IONIQ 5 N。
2026年6月のル・マン24時間レースで公開された次世代レーシングカーのコンセプトモデル「Genesis Magma GT3 Concept」。
2026年6月のル・マン24時間レースで公開された次世代レーシングカーのコンセプトモデル「Genesis Magma GT3 Concept」。
2026年6月のル・マン24時間レースで公開された次世代レーシングカーのコンセプトモデル「Genesis Magma GT3 Concept」。
ヒョンデのプレミアムブランド「ジェネシス」は、2026年からWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに「GMR-001」で本格参戦をスタート。
ヒョンデのプレミアムブランド「ジェネシス」は、2026年からWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに「GMR-001」で本格参戦をスタート。
ヒョンデのプレミアムブランド「ジェネシス」は、2026年からWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに「GMR-001」で本格参戦をスタート。
ヒョンデの水素戦略「HTWO」を象徴するFCEV「NEXO(ネッソ)」。
ヒョンデの水素戦略「HTWO」を象徴するFCEV「NEXO(ネッソ)」。
ヒョンデ創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)。
1985年、ポニーエクセルとヒョンデ創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)。

2回:ただの新興EVメーカーじゃない!? あの「デロリアン」との意外な接点から紐解く、ヒョンデの熱き歴史とは

革新的なデザインと先進のテクノロジーで、世界のモビリティシーンをリードする「ヒョンデ(Hyundai)」。ここ日本でも「アイオニック 5(IONIQ 5)」や「インスター(INSTER)」といった魅力的なEVを展開し、感度の高いユーザーから注目を集めている。しかし、皆さんはヒョンデがどのような歴史を歩んできた自動車メーカーなのかご存じだろうか? 今回の「Why? Hyundai?」では、情熱的な「生粋の自動車メーカー」としてのヒョンデの軌跡を紹介しよう。

【画像44枚】デロリアンとの意外な繋がりも! 巨匠ジウジアーロと創り上げた名車「ポニー」と「N Vision 74」を見る

創業から57年で1億台達成。史上最速クラスの軌跡を支えた「人類のための進歩」

1967年の創業から現在に至るまで、ヒョンデの成長スピードはクルマの歴史において類を見ないものだ。2024年秋に、ヒョンデは世界累計生産台数1億台を突破した。創業からわずか57年での1億台達成は、フォルクスワーゲンの68年、トヨタの63年をも凌ぐ、史上最速クラスの偉業だ。

2024年10月に世界累計生産台数1億台を達成したヒョンデ。写真右は1967年の創業当初にノックダウン生産したフォード・コーティナ。左奥は韓国初の国産車となった1974年デビュー・翌年発売のポニー。

この驚異的な軌跡の原点は、創業者である鄭周永(チョン・ジュヨン)が1946年に設立した自動車修理工場にある。彼の「道路が血管なら、クルマは血液。より良いクルマを人々に届けたい」という、地に足の付いた実直なモノづくりへの精神が、ヒョンデのDNAとして深く刻まれている。

1985年、ポニーエクセルとヒョンデ創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)。

1985年、ポニーエクセルとヒョンデ創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)。

象徴的なのは、記念すべき「1億1台目」のラインオフを飾ったのが内燃機関車ではなく、最新のEV「IONIQ 5」だったことだ。これはヒョンデが、電動化はもちろんのこと、SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)といった最新のモビリティトレンドを力強く牽引し、ブランドビジョンである「Progress for Humanity(人類のための進歩)」のもと、未来へ向けてさらなる一歩を踏み出している決意の表れと言えるだろう。

2024年10月に世界累計生産台数1億台を達成したヒョンデの「One step further」キャンペーン。上は創業当初にノックダウン生産したフォード・コーティナで、下は1億1台目となったIONIQ 5。

2024年10月に世界累計生産台数1億台を達成したヒョンデの「One step further」キャンペーン。上は創業当初の生産車フォード・コーティナで、下は1億1台目となったIONIQ 5。

巨匠ジウジアーロを動かした情熱。名車「ポニー」と「デロリアン」を結ぶデザインの系譜

日本のクルマ好きにぜひ知ってほしいのが、ヒョンデと欧州カーデザインとの深い繋がりだ。1974年のトリノモーターショーで発表されたヒョンデ初の独自モデル「ポニー」は、イタリアの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロがデザインを手がけた。当時、まだ歴史の浅かったヒョンデの若きエンジニアたちが抱くクルマづくりへの熱意に巨匠が心を打たれ、この歴史的なコラボレーションが実現したというエピソードは今も語り継がれている。

ジウジアーロがデザインし、1974年のトリノモーターショーでデビューしたヒョンデ・ポニー。

ジウジアーロがデザインし、韓国初の国産車となったヒョンデ・ポニー。

さらに特筆すべきは、このとき同時に発表されたコンセプトカー「ポニー・クーペ」の存在だ。その純粋で幾何学的な面構成は、のちにジウジアーロがデザインし、SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で世界的なアイコンとなった名車「デロリアン DMC-12」に多大なインスピレーションを与えたとされている。

トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。

トリノでセダンタイプと同時にお披露目されたポニー・クーペは、市販化されず幻に終わった。

市販化こそ見送られたポニー・クーペだが、そのヘリテージは決して途絶えてはいなかった。2023年にイタリアのコモ湖畔で開催されたイベント「ヒョンデ リユニオン」において、84歳のジウジアーロ本人の手によって、ポニー・クーペの完全復元プロジェクトが披露されたのだ。

ジウジアーロ(写真右)自身の手によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペが2023年、コモ湖で公開された。

ジウジアーロ(写真右)自身によって復元されたヒョンデ・ポニー・クーペ。

そして現在、ヒョンデが世界中で高く評価されているIONIQシリーズのアイコニックな「パラメトリック・ピクセル」デザインには、このポニー・クーペのDNAが色濃く受け継がれている。過去の遺産への敬意と最新の電動化技術を融合させる「Newtro(Newness+Retro)」のアプローチこそが、ヒョンデのクルマづくりにおける美学なのである。

2021年にヒョンデ初のBEVとして登場したIONIQ 5。2022年に「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し(写真)、日本でもインポート・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いている。

2021年にヒョンデ初のBEVとして登場したIONIQ 5。2022年に「ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し(写真)、日本でもインポート・カー・オブ・ザ・イヤーに輝いている。

北米での試練が育んだ「品質至上主義」。そしてモータースポーツで証明する「走る歓び」

右肩上がりの成長の裏には、当然ながら果敢なチャレンジと数多くの試行錯誤が存在する。1980年代後半、北米市場への本格的な進出を果たしたヒョンデは、広大で過酷な環境下における品質確保という大きな壁に直面した。しかしヒョンデは、この困難を隠すことなく真正面から受け止めた。市場からの厳しいフィードバックを徹底的に分析し、会社を挙げて品質至上主義へと大きく舵を切る転機としたのである。この品質への並々ならぬ執念は、のちに米国のマーケティングリサーチ会社J.D.パワー社の初期品質調査において、トップクラスの評価を幾度も獲得する原動力となった。

北米市場へは1986年にエクセルで初進出を果たした。

また、独自の技術への情熱は、1990年代に完全自社開発エンジンの誕生へと結実する。これにより韓国国内にチューニングやレースといった熱狂的なモーターカルチャーが根付くことになった。

2026年5月のニュルブルクリンク24時間レースで、ヒョンデのハイパフォーマンスブランド「N」は「エレントラ N TCR」でTCRクラス6連覇を達成した。

2026年5月のニュルブルクリンク24時間レースで、ヒョンデのハイパフォーマンスブランド「N」は「エレントラ N TCR」でTCRクラス6連覇を達成した。

ヒョンデは「走る歓び」を深く理解する集団でもある。彼らにとってモータースポーツは単なる競技活動ではなく、市販車開発につながる重要なプロセスとして位置付けられている。クルマの性能と技術力を極限の環境で証明するため、世界ラリー選手権(WRC)やツーリングカーレース(TCR)では専門チーム「ヒョンデ・モータースポーツ」を設立し、多くの勝利を重ねてきた。

ヒョンデのサブブランド「N」によるスポーツEV、IONIQ 5。

ヒョンデのサブブランド「N」によるスポーツEV、IONIQ 5 N。

そこで培われた過酷なレースでの技術や知見は、「Never just drive.」を掲げる高性能ブランド「N」の思想へと結実し、最新の「IONIQ 5 N」をはじめとする市販車へと直接フィードバックされている。

2026年6月のル・マン24時間レースで公開された次世代レーシングカーのコンセプトモデル「Genesis Magma GT3 Concept」。

2026年6月のル・マン24時間レースで公開された次世代レーシングカーのコンセプトモデル「Genesis Magma GT3 Concept」。

さらに、高級車ブランドであるジェネシスの高性能プログラム「Genesis Magma」の展開や、LMDh規定のハイパーカー「GMR-001」による2026年からのFIA世界耐久選手権(WEC)への本格参戦など、レースで培った熱いDNAと技術はグループ全体へと圧倒的なスケールで波及している。

ヒョンデのプレミアムブランド「ジェネシス」は、2026年からWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに「GMR-001」で本格参戦をスタート。

ジェネシスは、2026年からWEC世界耐久選手権ハイパーカークラスに「GMR-001」で本格参戦をスタート。

脱炭素トレンド以前からの挑戦。30余年の水素技術とヘリテージが融合した「N Vision 74

現在、ヒョンデの大きな武器となっているEVやFCEV(水素燃料電池車)の技術も、昨今の脱炭素トレンドに急に乗ったものではない。実は今から32年前の1994年という早い段階から、環境に優しい水素燃料電池技術の地道な研究開発をスタートさせていたのだ。

ヒョンデの水素戦略「HTWO」を象徴するFCEV「NEXO(ネッソ)」。

ヒョンデの水素戦略「HTWO」を象徴するFCEV「NEXO(ネッソ)」。

その長きにわたる技術的蓄積の集大成であり、ヘリテージとの融合を象徴するのが、2022年に発表された高性能水素ハイブリッド・ローリングラボ(走る実験室)「N Vision 74」だ。このモデルは、前述した1974年の「ポニー・クーペ・コンセプト」からデザインの骨格を受け継いでいるが、単なる過去のデザインの復刻にとどまらない。Nブランドが描く将来の高性能電動テクノロジーを、極限環境で検証するための「Rolling Lab」としての重要な役割を担っているのだ。

ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。

ヒョンデが2023年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステで披露したコンセプトカー「N Vision 74」。

約半世紀前の熱き情熱と、30年以上に及ぶ未来志向のクリーンテクノロジー。自らのヘリテージを大切にしながら、未来のモビリティへと昇華させるヒョンデのダイナミズムが、この1台に凝縮されている。

グローバルの情熱と最新モビリティを日本のクルマ好きへ。ヒョンデモビリティジャパンの使命

「ヒョンデとはどういう会社なのか」。その答えは、効率だけを求めるメーカーなどでは決してない。欧州の巨匠とクルマづくりを語り合い、果敢な試行錯誤の末に品質と技術を磨き上げ、モータースポーツの熱狂に心血を注いできた情熱的な歴史を持つ。
さらに、現在の「Hyundai Motor Group(ヒョンデモーターグループ)」は、もはや単なる「自動車メーカー」にはとどまらない。クルマという枠組みを超え、水素エネルギー、SDV(ソフトウェア定義車両)、AI、ロボティクス、自動運転など、幅広い先進領域で取り組みを進めている。

ヒョンデが独立した自動車メーカーとして歩み出した記念碑である、初代ポニー。

この深く重厚なヘリテージと最新テクノロジーが融合した「新しいモビリティの価値」を、日本のユーザーへ直接届けるために存在するのが、日本法人「ヒョンデモビリティジャパン」だ。独自のオンライン販売や、購入後をサポートする手厚い「ヒョンデ プレミアムケア」といった革新的なアプローチもすべて、単なる移動手段の提供を超え、ブランドビジョンである「人類のための進歩(Progress for Humanity)」を軸に未来を描くグローバル企業としての、重要な一環なのである。

ヒョンデの水素戦略「HTWO」を象徴するFCEV「NEXO(ネッソ)」。

【画像44枚】デロリアンとの意外な繋がりも! 巨匠ジウジアーロと創り上げた名車「ポニー」と「N Vision 74」を見る

フォト=ヒョンデモビリティジャパン/Hyundai Mobility Japan、LE VOLANT、小林俊樹/Toshiki Kobayashi
LE VOLANT web編集部

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