
大人なのにミニカーを買ってしまう
当サイトをご覧の方は、皆さん所謂「クルマ好き」に違いないが敢えて問う。子供どころか孫が生まれるような歳になって、おおっぴらに「俺はクルマが好きだ」と世間様に胸を張るのは恥ずかしくないか? そんなことを何十年も前に五木寛之が書いていた。
その頃、筆者はまだ二十歳そこそこの青二才で、読んだ途端に反感を覚えたが、自分が還暦を過ぎた今なら、彼が言わんとしたことはよくわかる。とは言え「好きなのだから仕方ないじゃないですか」という静かな開き直りとともに生きているのが現実である。
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身辺を見渡せば、クルマどころか、プラモデルやミニカーといった趣味に嬉々として取り組む知己も少なくないし、何を隠そう、そもそも自分自身だって同じ穴のムジナなのだ。
ミニカーで夢想した子供時代
大人になってミニカーを買う人がいるとすれば、一つには幼少期に満たされなかった欲求を埋める行為と言えるかもしれない。“子供の時に買ってもらえなかったから”というのはよく聞く話だが、筆者がここで言いたいのは違う。
例えばダイキャスト(亜鉛合金製)ミニカー全盛期の1960年代に於いて、ポルシェ911を題材としたミニカーは数多あったけれど、あの象徴的なフックス(ポルシェアロイ)ホイールを正確に再現できていた1/43スケール・モデルが存在しただろうか? 筆者が知る限りは存在しない。さらに例えばスレート・グレーの911のミニカーは存在したか? 答えはノーだ。

メイクアップ製「アイドロン」1/18スケール・モデルの「シンガー 911 DLS 2023」。DLSは“Dynamics and Lightweighting Study”の略で、更なる軽量化に加えて、4リッターNA・500馬力のエンジンを搭載したエヴォリューションモデル。
現代の目で見ると、あの時代のミニカーには、玩具としてのまとまりの良さや抽象的な表現の味わいはあるが、象徴的な意匠やボディ色すら正確には再現されていなかったものが少なくない。子供達は想像力でそれを補いながら愛でていたのであり、彼らは夢想の中で、理想の911をイメージしていたのである。
21世紀の高級ミニカーとは
その点、現代のミニカーは全てを備えている。仔細なディテールや正確で美しい塗装、無数のバリエーション。それはもはや玩具ではなく、鑑賞して楽しむ嗜好品の世界だ。存在意義自体が昇華され、購買層も「子供」から「大人」へとスライドしていった。かつて想像力を駆使して理想をイメージしていた少年たちは、求めていたものを、今こそ手にすることができるというわけだ。
こうなってくると、できるだけ高品質なものを求めるのは好事家の習性である。いかに塗装が美しいか、いかにディテールが正確かつ清潔に再現されているか……。チェックポイントは枚挙にいとまがない。
しかし待て。真実を言えば、ここで我々が本当に求めているのは、恐らくかつて自らの想像力で生み出したイマジネーションの中に居た理想のクルマなのではないか。あの「理想」に、なるべく近いものを求めているのではないだろうか?
憧憬が生んだ理想の911
そしてこの図式、実物のクルマの世界でも、似通った事象を発見することができる。先ほどポルシェ911を例にとったが、「シンガー・ビハイクル・デザイン」が、ポルシェ964をベースに「リ・イマジン(reimagine)」して作り出してきた「クラシックスタディ」、「DLS」そして「ターボスタディ」は、まさに彼らのイマジネーションが生み出した理想形に他ならない。

ボディ色は新色の「インディゴ」。シンガーは現時点でボディ等の3Dデータを外部に提供していないため、メイクアップは原型製作に当たってDLSの資料を膨大に収集、964の元データにDLSの内外装意匠を描き込んで作り上げた。
憧憬と想像力が無ければ、歴史的かつ象徴的な意匠や色彩を盛り込みつつ、それぞれに相応しいパフォーマンスを与えた最新型を生み出すことは不可能である。
実物とミニカーの違いは遠い隔たりにも感じられるが、「理想のクルマ」を求める人間の初期衝動という観点から言えば、意外に近いと言えなくもない。
東京・青山「メイクアップ」の高品質
話を高級嗜好品たる現代のミニカーに戻すと、2025年現在、1/18、1/43、1/64の各スケール(縮尺)で、最も作り込まれたディテールと贅を尽くした塗装工程を奢られ、結果として最高品質を実現しているミニカー・メーカーと言えば、東京・青山に本社ショールームを構える老舗「株式会社メイクアップ」の名を一番にあげなくてはならないだろう。かつて同社・植本秀行社長は「精密感という言葉がありますが、精密感は精密に作らなければ得られません」と語った。

ボディ材質は最高品質レジン。ウィンドウには、透明度の良さと三次曲面の再現性、ボディラインとのフィッティングを重視してインジェクション成型によるプラスチック部品が奢られている。シートのチェックパターンもよく見える。
同社の製品コンセプトは一事が万事、この言葉に集約されており、理想を追うあまり、その部品点数と工程はコストを度外視して増える傾向にある。例えばフックス風ホイール1つとっても、リムは真円度を重視したアルミ挽物であり、真鍮切削原型からホワイトメタルに置き換えられた内部パターン部分とは別部品だ。もちろんブレーキディスクもキャリパーも個々の部品。
灯火類の構造も凄まじく、1/43スケールなら僅か5ミリほどのライトベゼルはメッキ処理が施された金属部品で、中のバルブやカットが再現されたレンズを組みわせて、手を抜くことなく作り込まれている。こうした凝った作りは当然価格にも跳ね返ってくるが、仕上がりを見ればそれだけの価値は確かにある。
それはまさに理想を追い続ける「ものづくり」と言えるだろう。
- 表情の決め手となる灯火類。ホワイトメタル製部品にメッキを施したベゼルやリフレクターは美しい輝きと映り込みが他とは一線を画す。レンズ類にはウィンドウ同様、透明度に優れるインジェクション成型のプラスチック部品を使用。
- グリルのハニカムメッシュはプレス加工と施したエッチングでシャープかつ繊細な仕上がり。下廻り全域に渡るディフューザーは、熟練工によってカーボンパターンのデカールを丹念に貼り込み、クリアコート後に研磨して鏡面仕上げ。
- DLSの特徴的ディテールを正確に再現。リアクウォーターウィンドウ部のエアインテークがカーボン製インダクションに繋がっている。
- インダクションやエンジンフードはカーボンパターン・デカール+クリアコート研磨+鏡面仕上げ。
- センターロックのフックス風BBS製アロイホイールは、真円性に優れるアルミの挽物(ひきもの)リムとインジェクション成型部品のディスク部を組み合わせて再現。
- シャープかつ質感豊かな仕上がりで足廻りを引き締めている。
- こちらも、メイクアップ製「アイドロン」1/18の「シンガー 911 DLS 2023」だが、ボディ色が「ビジブルカーボン / ストライプ」の 100台限定モデルとなる。
- ブルモス・レーシング風のトリコロールが透けて見える美しいカーボン仕上げ。
「メイクアップ」の「シンガー」
ところで「シンガー」が注目を集め始めた時期、各国のミニカー・メーカーは競って製品化に取りかかり、シンガーにコピーライトの打診をしたが、聞くところによると、どのメーカーにも正式な返答をしなかったため、正規契約を踏まえて世に出たミニカーは皆無だったようだ。
シンガーのミニカーについては、
共に限りなく「理想」を希求する2社。このコンビネーションには

こちらは、メイクアップ製「タイタン64」1/64スケールの「シンガー 911 DLS」。1/64スケールは手のひらサイズで可愛らしく人気が高い。タイタン64では、これまでに数多くのシンガーをバリエーション展開しているが極めて足が早い。
【問い合わせ】
メイクアップ公式サイト
メイクアップのシンガーDLS