
IBISとは何か? すべてを統合する新アーキテクチャ
ステランティスは2025年9月19日、電気自動車(BEV)のパワートレイン設計に革命をもたらす可能性を秘めた新技術「インテリジェントバッテリー統合システム(IBIS)」を搭載した世界初の試作車を公開し、実世界での走行テストを開始したと発表した。この技術は、これまでBEVに不可欠とされてきたインバーターと充電器をバッテリーパックに直接統合するもので、車両の効率、重量、スペース効率、そしてコストパフォーマンスを飛躍的に向上させる画期的なソリューションだという。
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6年にわたる共同研究が生んだ「バッテリー統合」という答え
この革新的なIBIS技術は、ステランティスとトタルエナジーズ傘下のバッテリー専門企業Saftが中心となり、フランス国内の研究機関や企業と連携して進められてきた共同研究プロジェクトの成果である。プロジェクトは6年前に始動し、長年の設計、モデリング、シミュレーションを経て、今回初めて走行可能なプロトタイプが完成した。試作車には、ステランティスの最新プラットフォーム「STLA Medium」を採用した新型プジョー E-3008が用いられている。
IBISの最大の特徴は、インバーターと充電器の機能をバッテリーに内蔵したことにある。従来のBEVでは、バッテリーから供給される直流(DC)電力をモーター駆動用の交流(AC)電力に変換する「インバーター」と、外部電源からの交流(AC)電力をバッテリー充電用の直流(DC)に変換する「オンボードチャージャー」がそれぞれ独立したコンポーネントとして搭載されていた。IBISはこれらの機能をバッテリー内部の電子基板に集約することで、部品点数を大幅に削減し、システム全体の簡素化を実現した。このアーキテクチャはACとDCの両方の電力に直接対応可能で、モーターや電力網へ効率的にエネルギーを供給できるだけでなく、車両の12V補助電源システムにも電力を供給する。
軽量化と高効率がもたらす設計の自由度
この統合・簡素化がもたらすメリットは多岐にわたる。まず、エネルギー効率が大幅に向上する。WLTCモードでの走行時におけるエネルギー消費を平均10%改善し、特にストップ&ゴーの多い都市部ではさらに高い効率を発揮するという。さらに、同じサイズのバッテリーを搭載した場合、モーター出力を15%向上させることが可能で、試作車では従来の150kWから172kWへのパワーアップを実現している。
車両の軽量化とスペース効率の改善も大きな利点だ。インバーターと充電器という大型コンポーネントが不要になることで、車両重量を約40kg削減できる。内訳としては、電子基板とインバーター・充電器の質量差で約10kg、そして航続距離を同等とした場合に搭載するバッテリーセルを減らせることで約30kgの軽量化が可能になるという。また、これにより最大17Lの容積を新たに確保でき、空力特性の改善や設計の自由度向上に貢献する。
セカンドライフまで見据えた信頼性とメンテナンス性
ユーザーの利便性に直結する充電性能も改善される。初期のテスト結果によれば、充電時間を約15%短縮できることが示されており、例えば7kWのAC普通充電器を使用した場合、従来7時間かかっていた充電が6時間で完了する計算になる。同時に、充電時のエネルギー損失も10%削減されるため、より経済的で環境負荷の低い充電が可能となる。
信頼性とメンテナンス性においても、IBISは優位性を持つ。システムの簡素化により、故障率は従来の3分の1にまで低減される見込みだ。万が一バッテリーモジュールの一部に不具合が発生した場合でも、該当モジュールをバイパスすることで車両は走行を継続できる冗長性を備えている。また、メンテナンス時には高電圧部分に触れることなく安全に作業でき、性能が低下したモジュールのみを交換することも容易になるため、バッテリー寿命の延長や、セカンドライフバッテリーとしての再利用も促進される。
ステランティスが描く「簡素化こそ革新」という未来
ステランティスのチーフエンジニアリング&テクノロジーオフィサーであるネッド・キュリック氏は、「このプロジェクトは、簡素化こそが革新であるという私たちの信念を反映しています。電動パワートレインのアーキテクチャを再考し、簡素化することで、より軽量で、より効率的で、より費用対効果の高いものにしているのです」と述べ、この技術が顧客により良いBEVを届けるための重要な一歩であると強調した。
プロジェクトは2025年6月からフランス政府の支援のもとでフェーズ2に移行しており、今後は実際の公道における代表的な走行条件下でのテストに焦点が当てられる。ステランティスは、この実証実験を経て、2020年代の終わりまでにはIBIS技術を量産車へ搭載することを目指している。
さらに、この革新的なアーキテクチャは自動車分野にとどまらず、鉄道、航空宇宙、船舶、データセンターといった多様な分野への応用も期待されており、持続可能な電動化社会の実現に向けたスケーラブルなソリューションとなる可能性を秘めている。IBISは、BEVの性能と価値を新たな次元へと引き上げるゲームチェンジャーとなるかもしれない。
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