








ロールス・ロイス「ファントム」100年の歴史を振り返る
自動車の歴史において、ひとつのモデル名が100年もの長きにわたり最高峰の象徴として君臨し続ける例は極めて稀である。ロールス・ロイス「ファントム」は、まさにその稀有な存在だ。1925年の誕生以来、ファントムは単なる移動手段であることを超え、時代の権力者、芸術家、そして世界のあり方を形作る人々の傍らにあり続けた。ファントムの100年は、オーナーの個人的な美意識やラグジュアリーの基準、そして使用環境という極めてパーソナルな要求に応え続ける歴史であった。2025年という記念すべき年に、ロールス・ロイスはファントムの礎を築いた場所と瞬間に、改めて光を当てた。
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初代から受け継がれる「絶大なパワーを意のままに操る」という思想
ファントムの物語の原点は、創業者の1人であるサー・ヘンリー・ロイスが冬の数ヶ月を過ごした南フランス、コート・ダジュールの隠れ家「ヴィラ・ミモザ」にある。1911年から彼が亡くなる1933年まで、この地はロイスにとって思索と開発の場であった。
イギリスからフランスへの高速巡航、そしてリビエラの壮大な海岸道路は、初代ファントムの性能を試し、磨き上げるための究極のテストコースとなった。ロイスはここで、後にファントムの神髄となる「絶大なパワーを意のままに操る」という唯一無二の体験を執拗なまでに追求し、完成させたのである。その影響は現代にも色濃く残り、彼が愛した庭園の風景は、室内のウッドパネル「カナデル」や竹繊維ファブリック「デュアリティ・ツイル」の着想源となった。
季節が移り、夏になるとロイスの拠点はイギリス・サセックス州のウェスト・ウィッタリングにある邸宅「エルムステッド」へと移った。現在のロールス・ロイス本社からわずか8マイルのこの地もまた、ブランドの哲学を育んだ重要な場所である。ダービーにある工場とは400マイル以上も離れていたが、ロイスはすべての新しい部品を自ら承認することを譲らず、モーターカーは検査と調整のためにこの長い道のりをほぼ毎日往復したという。
彼の完璧主義は自動車工学だけに留まらなかった。農業や園芸に情熱を注ぎ、プロ並みの腕前であった水彩画においても、その執拗なまでの探究心は発揮された。ロイスのこうした姿勢こそが、ロールス・ロイスの細部へのこだわりの根源であり、今なおデザイナーたちにインスピレーションを与え続けている。
2003年、ファントムの劇的な復活
世界中にオーナーを持つファントムだが、その精神的な故郷は常にロンドンであった。20世紀、ロールス・ロイスはメイフェアのコンデュイット・ストリートに拠点を置き、共同創業者のチャールズ・ロールズがロンドンのエリート層にモーターカーの魅力を伝えた場所である。そしてこの街は、1990年代後半、ファントムが劇的な復活を遂げる舞台ともなった。
ハイドパークの北側にあった元銀行の建物、「ザ・バンク」と呼ばれた秘密スタジオに、チーフデザイナーのイアン・キャメロン率いる精鋭チームが集結した。彼らに与えられた使命は、白紙の状態から全く新しいロールス・ロイスを創造するという、シンプルかつ壮大なものであった。
条件は三つだけ。巨大なホイール、威厳あるパテオングリル、そして女神「スピリット・オブ・エクスタシー」のマスコット。エクステリア・チーフデザイナーのマレク・ジョルジェヴィックは、過去の遺産に答えを求めた。特に1930年代のファントムIIは決定的なインスピレーションとなり、高速で進むヨットを彷彿とさせる、ボディサイドを貫く優雅なキャラクターライン「ワフトライン」を生み出した。これは、現代のすべてのロールス・ロイスに受け継がれるデザイン言語となった。
こうして誕生した新時代のファントムは、2003年1月1日の午前0時1分、オーストラリアで最初のオーナーへと引き渡された。その門出は、静かなものではなかった。オーナーはファントムと共に、パースから大陸を横断する4500マイルもの長旅を開始したのである。これは、ファントムが単に復活しただけでなく、グローバルなラグジュアリー・トラベルの新時代を定義する存在であることを世界に示す、大胆な宣言であった。そして、この記念すべき第一号車は、100周年にあたる2025年8月、再びロールス・ロイス本社へと帰還するという。
過去の栄光に安住することなく、ロールス・ロイスは常に未来を見据えてきた。2011年には、完全な電気自動車の実験モデル「102EX」を発表。これは生産を目的としたものではなかったが、バッテリー技術がいかにしてロールス・ロイスならではの静粛で滑らかな走行体験をさらに高められるかを示す、重要な一歩であった。それは、ブランドが現代、そして未来へと向かう、大胆な電動化への旅の始まりを告げるものであった。
ファントムの100年は、国王や政治家、産業界のリーダーから、世界的なアーティストや音楽のパイオニアまで、時代を動かす人々に選ばれ続けた歴史である。それは時にスタジオであり、ステージであり、応接室であり、そして走るギャラリーでもあった。
この比類なきレガシーは、まもなく発表されるという画期的なビスポーク・モデルに集約される。創業者たちのビジョンを受け継ぎ、100年の物語を映し出すその1台は、ファントムの輝かしい旅が、次の世紀へ向けて続いていくことを力強く象徴するに違いない。
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