公道とサーキットを繋ぐ「ミッシングリンク」。フォード・レーシングが放つ、GTD譲りのエンジニアリング
フォード・モーターは2026年1月16日、マスタングの新たなハイパフォーマンスモデル「マスタング・ダークホースSC」の詳細を明らかにした。このモデルは、既存の「マスタング・ダークホース・パフォーマンスパッケージ」と、スーパーカーである「マスタングGTD」の中間に位置づけられる。フォード・レーシングのエンジニアたちが主導して開発された本モデルは、単なるパワーアップ版ではなく、サーキットで培われた技術がハードウェアとソフトウェアの両面に深く統合された、極めて本格的なエンジニアリングの産物となっている。
【画像43枚】】レカロ製シートに3Dプリントのチタン装飾。ドライバーを戦闘モードへ誘う「ダークホースSC」の内外装
サーキットは「第二の故郷」。レース育ちのエンジニアによる妥協なき開発
今回の開発を指揮したのは、フォードで30年のキャリアを持つチーフ・プログラム・エンジニア、アリー・グレーネフェルド氏だ。彼はパワートレイン開発から工場管理まで多岐にわたる経験を持つが、マスタングの開発に携わるのは今回が初となる。グレーネフェルド氏とフォード・レーシングのチームにとって、サーキットは第二の故郷であり、その「トラックファースト」の精神があらゆるボルトや調整に反映されているという。

開発は閉ざされた環境ではなく、セブリングやバージニア・インターナショナル・レースウェイといった実戦的なサーキットで行われた。そこではマスタングGTDや、レーシングカーであるマスタングGT3と共にテスト走行が重ねられ、そこから得られた生データが即座に開発へとフィードバックされた。
一方通行ではない技術移転。スーパーカー「GTD」が逆採用した空力ソリューション
特筆すべきは、スーパーカーであるマスタングGTDチームとの技術的な相互作用だ。この協力関係により、マスタング・ダークホースSCの「トラックパック」には、ブレンボ製カーボンセラミック・ブレーキやミシュラン・パイロット・スポーツ・カップ2 Rタイヤといった一級品のコンポーネントが採用された。また、新しいボンネットやカーボンファイバー製ベント、改良されたフェイシアやアンダーボディのベントなどの空力設計も、サーキットでのデータ共有がもたらした成果である。

さらに興味深いのは、この技術移転が一方通行ではなかった点だ。開発チームはダークホースSCのトラックパック用に、特定のダックテール形状を持つデッキリッドを設計した。これは大型のウイングや過度な迎え角に頼ることなく、後方視界を確保しながらリアウイングの効率を10%向上させるものだった。この空力ソリューションの効果があまりに大きかったため、なんとGTDチーム側が逆にこのデザインを採用するに至ったというエピソードも明かされている。
物理法則への飽くなき追求。グラム単位で削ぎ落とされた「機能美」の正体
パワートレインにはスーパーチャージャー付きの5.2L V8エンジンが搭載され、7速デュアルクラッチ・トランスミッションが組み合わされる。しかし、このクルマの本質はエンジンパワーだけではなく、物理法則への飽くなき追求にある。トラックパッケージでは、カーボンファイバー製ホイールと前述のカーボンセラミック・ブレーキの採用により、バネ下重量を中心に150ポンド(約68kg)もの軽量化を実現した。

サスペンションに関しても、標準のスチール製部品を鍛造リンクに置き換え、軽量マグネシウム製ストラットタワーバーを追加することで、ステアリングフィールの向上と更なる軽量化を図っている。さらに「スペシャルエディション」では、GTDプログラム由来の3Dプリント製チタンアクセントまでもが導入されており、グラム単位での軽量化への執念が感じられる。これらは、改良されたスプリングレートやナックルを備えた次世代マグネライド・ダンパーと統合され、高度な運動性能を実現している。
強烈なダウンフォースと、それを手なずけるための先進コクピット
空力性能においても妥協は見られない。新設計のアルミニウム製ボンネットには巨大なベントが設けられ、冷却性能とフロントの空力制御を担う。ベントトレイを取り外した状態では、標準のダークホースと比較して2.5倍ものダウンフォースを発生させる。これにトラックパックのカーボンファイバー製ウイングを組み合わせることで、時速180マイル(約290km/h)走行時には620ポンド(約281kg)という強烈なリアダウンフォースを生み出すことが可能だ。

この強大なパフォーマンスをドライバーが確実に制御できるよう、電子制御も進化している。ESCの完全オフ機能に加え、5段階の調整が可能な「可変トラクション・コントロール・システム」が搭載され、ドライバーは好みに応じて介入度合いを微調整できる。コックピットにはGTDから継承されたレザー巻きフラットボトム・ステアリングホイールが備わり、パフォーマンスコントロール機能が統合されている。トラックパックを選択した場合、リアシートは排除されて収納棚となり、レカロ製レザー&ディナミカ・スポーツシートが装備され、スペースグレーまたはティールのアクセントが施される。
マスタング・ダークホースSCは、レーシングエンジニアがロードカーを設計した際に何が起きるかを体現したモデルであり、フォードのマスタング・ラインナップにおいて、新たなパフォーマンスの基準を打ち立てる一台となるだろう。
【ル・ボラン編集部より】
かつてマスタングが「直線番長」などと揶揄されたのは遠い過去の話だ。この「ダークホースSC」は、マスタングが欧州の列強と対等に渡り合える、真正のスポーツカーへと完全に脱皮したことを証明している。特にGTDとの相互技術移転のエピソードは痛快だ。空力や冷却における機能美の追求は、もはやマッスルカーの文脈ではなく、レーシングエンジニアリングの結晶そのものと言える。公道とサーキットの境界を曖昧にするその乗り味は、安楽なGTを求める向きには過激かもしれない。だが、物理法則と対話しながら走る喜びを知る運転の求道者にとって、これほど濃密な選択肢はないだろう。
【画像43枚】】レカロ製シートに3Dプリントのチタン装飾。ドライバーを戦闘モードへ誘う「ダークホースSC」の内外装










































