世代を超えて愛される名車。42台のパンダが集うイベント「ぱんだら」
世代を超えたフィアット・パンダのオーナーズクラブ「のらぱんだ会」が群馬県館林市で開催するイベント「ぱんだら」。雨予報の2026年9月6日、第5回となる会場には個性豊かな42台のパンダ一族が大集結した。その中でひときわ輝くのが皆勤賞のサンディーさんだ。1994年に街角で一目惚れして以来、20年越しで夢を叶えた彼女。ターコイズから奇跡のブルーメタリックへと、希少な初代限定車「ミーア(Mia)」を2台乗り継ぐ数奇な縁と、溢れんばかりのパンダ愛に満ちた彼女の軌跡を紐解く。
【画像9枚】これが奇跡のブルーメタリック。初代パンダの希少限定車「ミーア」の美しいディテールを見る
信号待ちでの一目惚れ。ペーパードライバーを克服して叶えた念願のパンダライフ
「ぱんだら」への参加は皆勤賞という“サンディー”さんの愛車は、初代モデルでECVTのトランスミッションを備えた「セレクタ」がベースの限定車「ミーア(Mia)」。23年間の生産期間中、いくつかあるパンダのスペシャルモデルのひとつだ。
初めてパンダを見た時の衝撃は今でも忘れられないというサンディーさん、その記憶は1994年にさかのぼる。井の頭通りを走っていた時に「あのクルマなに?」と気になったクルマに信号待ちで追い付き、リアゲートにあるバッジから、そのクルマが「PANDA」だと知った。そして、その日からずっとパンダがサンディーさんの心の中に棲みついたのだった。
それから20年と少しの歳月が流れ、いよいよ恋焦がれたパンダに乗ろうとサンディーさんは決意した。しばらく運転から離れていたことから、まずはペーパードライバーの克服をと、サイズ感が近そうなホンダZを選び、3年くらい練習する。これなら大丈夫と、いよいよパンダに乗ろうと探し始めたのが2017年であった。
それから半年間、ネットでの販売車情報を頼りに何台か見に行くも、なかなか理想の個体に出会えずにいた。そんなある日、出張で訪れた大阪で中古車屋さんのパンダを見に行く。もちろん、偶然の立ち寄りではなく計画しての行動である。
「出張の前日に前入りして見に行ったのですが、ターコイズグリーンのボディカラーに惹かれたのと、ものすごく程度が良かったクルマでしたので即決しました」
サンディーさんが井の頭通りで見かけ、パンダの存在を知った1994年に生産されたパンダということも、きっと何かの縁が作用したのだろう。
パンダが繋ぐ世代を超えた友情。そして知らされた愛車の希少な素性
そうして長年の夢が叶いパンダオーナーになったサンディーさんは、パンダ最大級のイベント「パンダリーノ」へ単身参加したそうだ。
「誰も知り合いがいない中、4歳の女の子が友達になってくれて、毎年会うのが楽しみになりました」
一昨年には11歳になった彼女が泊まりに訪れるなど、パンダが繋いだ友情は続いている。
そうしたパンダライフを楽しんでいたある日のこと、パンダ仲間から自分のパンダが限定車の「ミーア(Mia)」だと知らされた。
「実はそれまで自分のパンダが限定車だとは知りませんでした。他のターコイズグリーンよりも発色がいいなと思っていたのは、実は限定色だったからでした」
奇跡のブルーメタリックとの邂逅。2台のミーアが紡ぐ新たなストーリー
また同時に、ミーアには2色が展開されており、パンダマニアの間ではパープルと呼ばれているブルーメタリックのボディカラーが存在することを知った。
そのもう一つのカラー、ブルーメタリックのパンダをイメージモデルとした当時の雑誌広告を見たサンディーさんは、あの1994年に初めてパンダを見た時と同じくらいの衝撃を受けた。
「このブルーメタリックのミーアこそ、自分が乗っていることがイメージできるパンダだと思いました」
そしてちょうど昨年、この「ぱんだら」の会場の雑談のなかでブルーメタリックのパンダの販売情報を知り、すぐさま購入を決めた。同時にターコイズを手放さなくてはいけなくなり、去年のこの時期はてんやわんやだったそうだ。
「私の乗っていたターコイズに乗ってくれている方が若いシンガーで、PVにも使ってくれたり、SNSであちこち出かけていることを発信してくれているので近況を知ることができるのが嬉しいですね。遠方の方なので、簡単にはいきませんが、いつか会って2台が再会できる日が来るのを楽しみにしています」
ハンドルを握るたび、常に初めてパンダを知った時のように新鮮なドキドキ感に包まれるというサンディーさんは、これからもパンダを軸にした交友関係を大切にパンダライフを楽しむ。











