Così così(コジコジ)とはイタリア語で「まあまあ」のこと。この国の人々がよく口にする表現である。毎日のなかで出会ったもの・シアワセに感じたもの・マジメに考えたことを、在住23年の筆者の視点で綴ってゆく。
フェラーリがサポートする理由
残念なことにイタリアの新型コロナ・ウイルス被害は、収束の目処がたたない。
新規感染者数こそ2020年3月23日から3日連続で減少したものの、24日にも1日だけで743人の新たな犠牲者が発生した。
イタリアの新型コロナ・ウイルス被害は、新規感染者数こそ2020年3月第4週の後半から減少傾向を見せ始めたものの、いまだ過去24時間の死者数は高い数字を示している。
そのため、2020年4月1日夜にコンテ首相は、全土封鎖と外出制限を4月13日まで延長することを発表した。
そうした状況のなか、FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)、フェラーリ、そしてパーツサプライヤーのマレリが、人工呼吸器の生産に携わるというニュースが報じられた。
プランシングホースが付いたマラネッロ・レッドの医療機器が近日完成? だがイタリア社会は今、冒頭からそのような謎々を楽しんでいる状態にはないし、真実も異なる。
「オートモーティヴ・ニュース(AN)ヨーロッパ」3月19日付電子版によると、計画は以下のとおりだ。
3社はイタリアの人工呼吸器メーカー「シアーレ・エンジニアリング・インターナショナル・グループ(以下シアーレ)」と交渉に入っている。合意に達すれば、3社はシアーレのパーツ生産をサポートすることになる。
シアーレは1974年創立の医療危機メーカー。人工呼吸器分野ではイタリア最大規模で、病院用・携帯用含め12機種をラインナップしている。
ボローニャ県を本拠とするシアーレはイタリアの幹線高速道路であるA1号線“太陽の道”沿線に立地し、フェラーリ本社工場のあるマラネッロに近いことも、この協力関係に好条件とみなされている。具体的に両社は28.8km、自動車で26分の距離にある。
すでに多くの人が知るように、新型コロナウイルスは呼吸器に急速かつ深刻な疾患をもたらす。イタリアの医療現場における人工呼吸器不足は深刻な状態で、各自治体からは数百基単位の追加導入要請が寄せられている。
シアーレの創業者であるジャンルーカ・プレツィオーザCEOはANヨーロッパに対して、人工呼吸器と自動車産業の共通点として、いずれもエレクトロニクスとゴム双方に高いノウハウが必要であることを挙げる。
追って、「ガッツェッタ・デッロ・スポルト」3月25日付電子版は、フェラーリの協力により、シアーレは月産500基の人工呼吸器を生産可能になると報じた。
このイタリアでの構想に前後して、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォードも人工呼吸器メーカーに協力するため交渉に入った。
3月20日にはフォルクスワーゲンが、保有する125基以上の3Dプリンターを駆使して、人工呼吸器部品を製造できるかの模索に入ることを発表した。
筆者が察するに、1点の制作に時間を要するという3Dプリンターの弱点をどこまで克服できるかが、成果の鍵を握る。
追って22日には、ドイツ連邦政府が国内自動車メーカーに人工呼吸器の生産に協力するよう要請した。
異業種がマスク生産に参入することへの賛否
マスクの増産に関しても、自動車メーカーが協力の姿勢をみせている。
FCAは中国の工場で、米国の救急隊員や医療関係者用マスクを月産百万枚生産する。マイク・マンレイCEOが社員向けメールで明らかにしたものを、ブルームバーグが3月24日に伝えた。
フォードも「3M」と協力してマスク生産にあたるという。
さまざまなモノづくりを日欧各国で取材してきた筆者が真っ先に思うのは、この世の中には衛生用品を本業にしてきたメーカーが存在するということである。
日本でいえば、「花王」「ユニ・チャーム」といったメーカーが、それにあたる。
クルマづくりに人生を賭けているエンジニアがいるように、長年熱意をもってマスクを研究開発したり、製造してきた人がいるはずだ。
先日イタリアのテレビでは、仕事が激減した国内のアパレル産業がマスクを製造している場面が報じられていたが、作業員は素手でマスクもしていなかった。
本来の衛生用品メーカーの人なら「衛生用品開発を舐めるなよ!」と叫ぶであろう。
自動車メーカーがマスクを生産する場合は、もう少し高度な衛生管理が期待できるが、それでも別領域が生産に関わることに疑問を呈するプロがいるに違いない。
いっぽうで、自動車という異業種が関与することで、衛生用品の世界に新たな発想や生産方式が生み出される可能性もある。逆に、衛生用品の技術者が自動車界の常識に「なぜ」を投げかけることができるかもしれない。それは、前述の人工呼吸器にもいえるだろう。危機はチャンスでもある。
あのメーカーに期待してしまうこと
そう綴っていたら、あのテスラが「中国に余剰としてある人工呼吸器1000基を購入。米国に発送した」という知らせが入ってきた。さらにマスク5万枚もワシントン大学の医療センターに送ったという。
さらに3月30日には、バッファローにある自社の工場−−2月、パナソニックとソーラーパネル製造の共同生産終了を発表したファクトリーである—で、人工呼吸器を生産する計画を発表した。そこで思い出すのは、テスラ車である。
webカタログの言葉を引用すれば「車内の空気中からウィルスやバクテリア、においを取り除く」HEPAエア・フィルトレーション システムをかねてからアピールしていた。
テスラが既存品の寄付だけでなく、画期的な高性能マスクを開発してくれたら、と夢が膨らむ。
車両のモデル名をすべて並べると、S、E(3)、X、Yになるようにした彼らだから、もちろん名前は「イーロン・マスク」しかないだろう(Musk 対 Maskではあるが)。
2020年のエイプリール・フールは、自動車メーカー恒例のサプライズがことごとく消えてしまった。殺伐とした空気を少しでも和らげるため、もし本人が望むなら、この程度のジョークは許してあげようではないか。
この記事を書いた人
イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを学び、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK「ラジオ深夜便」の現地リポーターも今日まで21年にわたり務めている。著書・訳書多数。近著は『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)。