ベントレーは今年の1月、ミュルザンヌの生産終了をアナウンスすると同時に、フラッグシップの座をフライングスパーが引き継ぐことを宣言。しかしそれは、このモデルの出自であるグランドツーリング性を失くしたわけではない。より一層走ることを追求し、プレステージを高めた存在へと昇華させたのだった。
ワインディングで気付くフライングスパーの真価
なにかが違う……。
正式発表前の昨年5月、世界中からごく少数の報道陣を集めて行われたスネークプレビューで新型フライングスパーの姿を見た瞬間、私はそう感じ取っていた。
2005年のデビュー以来、フライングスパー(当初のモデル名はコンチネンタル・フライングスパー)はコンチネンタルGTの4ドア版として好評を博してきた。いや、1957年に誕生した“オリジナル”フライングスパーからして、S1と呼ばれた当時のコンチネンタルをベースに開発されたもの。リアドアがやけに短いS1フライングスパーのプロポーションは「コンチネンタルの軽快さを損ないたくない」というコーチビルダー“H.J.マリナー”の決意の表れでもあったのだ。
そして、3代目に生まれ変わった新型フライングスパーも、この当初の精神をよく受け継いでいて、4ドアクーペという呼び方がしっくりとくる。前輪の位置を130mmも前方に移動してフロントミッドシップに近いレイアウトを採用したのは同じ3代目のコンチネンタルGT譲りで、スポーティな走りの象徴というべきもの。ギアボックスをDCTとしたり、4WDシステムを電子制御可変式としたり、48Vシステムを用いたアクティブ・アンチロールバーを搭載したのもすべてコンチネンタルGTに準じた措置。その意味で「コンチネンタルから生まれた4ドアサルーン」という文法はそのまま3代目フライングスパーにもあてはまった。
けれども、新型は従来のフライングスパーと一線を画しているように思えて仕方なかった。
フロントマスクからしてコンチネンタルGTとは別物で、堂々としたフロントグリルの佇まいはコンチネンタルGTとの距離が急に遠ざかったことを物語っていた。インテリアでも、センターコンソールには見慣れない形状のエアコン吹き出し口が設けられていて、コンチネンタルGTよりもはるかに立派に見える。そこで私は「これまでのフライングスパーはコンチネンタルGTと横並びの関係だったのに、新型にはコンチネンタルGTを確実に凌ぐプレステージ性がありますね?」という主旨の質問をベントレーの開発陣に投げかけたのだが、彼らは含み笑いを浮かべるばかりで明確な回答は得られなかったのである。
フライングスパーに込められた意図が明らかになったのは今年1月。ベントレーはミュルザンヌの生産終了を発表するとともに、フラッグシップの座はフライングスパーが受け継ぐと宣言したのである。やはり彼らは、フライングスパーをコンチネンタルGTの上位に据えようとしていたのだ。
新型を走らせてみると、クルーの技術者たちの心意気が熱いほど伝わってくる。優しい手触りのなかにはっきりとした芯の強さを伝える乗り心地はベントレーの伝統そのものだが、驚くべきはハンドリングで、ワインディングロードでどれほど激しく攻めても前輪はしっかりと路面を捉えて放さず、かといってリアがあいまいな素振りを見せるわけでもない絶妙なバランスを示すのだ。その鋭いレスポンスとスタビリティの高さは最新のスーパースポーツカーを彷彿とさせるもの。これにはベントレー初採用の4WSが効果を発揮しているに違いない。
ベントレー自慢のW12エンジンはいついかなるときでも静かでスムーズだが、ドライバーが求めれば怒濤のごときトルクを湧き出させて流麗な姿態のサルーンを果てしなく加速させていく。DCTと電子制御式4WDの組み合わせも、ときに優雅に、ときにダイレクト極まりない反応を生み出してスポーツサルーンの矜持を示す。
これぞベントレーの誉れ。フラッグシップを名乗る覚悟が、フライングスパーにみなぎっていた。