ここに取り上げた2シータースポーツカーは、いずれも、ひとたび屋根を開ければオープンエアドライブも楽しめるロードスターモデル。果たして、選ぶべきはミドシップらしい抜群のドライビングプレジャーを発揮するボクスターか? それともFRを極めた駆けぬける歓びが魅力のZ4か? 果たして対決の行方はいかに?
大きな違いはエンジンの搭載位置
クルマの試乗記にわりとよく出てくる「前後重量配分」という言葉。文字面の通り、車体前後の重量の配分比で、正確には前後のタイヤにかかる荷重を示している。一般的に、重量配分は前後均等(=50:50)が望ましいとされている。荷重がかかるほどそれに比例してタイヤの摩擦力も上がり路面をしっかりグリップしてしまうから、フロントに荷重がかかりすぎるとタイヤの横力が大きくなってオーバーステアに陥りスピンしやすくなる。いっぽう、後輪に荷重がかかりすぎるとリアの安定性が過度になり曲がりにくくなってしまう。したがって、前後のタイヤにかかる荷重は同じくらいがいいということになっている。
ただ難しいのは、前後重量配分が50:50でも、必ずしも理想の旋回が出来るとは限らないし、50:50でなくともすっきり曲がるクルマがあるからやっかいだ。
例えば今回の2台。車検証によると718ボクスター・スタイルエディションの前後軸重は630kgと780kgなので、重量配分は45:55。Z4 sDrive 20i Mスポーツは740kgと750kgだからほぼほぼ50:50を成立させている。しかし実際の曲がりやすさ、いわゆる回頭性は718ボクスターのほうがいい。
お察しの通り、いずれも後輪駆動だが大きな違いはエンジンの搭載位置にある。すなわち、718ボクスターはミッドシップ、Z4はFRだ。通念上、FFよりはFR、FRよりはミッドシップのほうが回頭性がいいとされている。どうして前後重量配分が理想的なFRのZ4よりもミッドシップの718ボクスターのほうが回頭性に優れているのか。
2Lのペットボトルに水を満たして、両手を真横にまっすぐ伸ばした状態で左右ひとつずつ持ってみる。左右の足にかかる荷重は同等なので重量配分は50:50。そこから身体を回転させようとすると、動き始めの際に両手に力が入りペットボトルの重さを感じてすぐにすんなりとは回れない。そこで両手を曲げながら身体に寄せてきて胸のあたりで2本のペットボトルを抱えて身体の回転を試みると、いとも簡単にできるだろう。物体が回転すると遠心力が働き、これが回りにくさの原因のひとつになる。回転軸中心に重量物が集まるほど、遠心力は小さくなる。だから車両の中心付近に座るドライバーの真後ろに重いパワートレインを背負っているミッドシップはよく曲がるのだ。
通常のFRのクルマは、両手を伸ばしてペットボトルが身体から遠い位置にある状態とすると、BMWはそこから両肘を同じように少し曲げてペットボトルをなるべく身体の近くに持ってきた状態だ(718ボクスターは片手は胸の辺り、片手は肘を曲げた状態)。エンジンとトランスミッションが前軸よりも後方で、さらにフロントのバルクヘッドに食い込むように置かれているのは、50:50の重量配分に執着しているというよりも、重量物のパワートレインをいかに車体中心に寄せるかにこだわった現れであり、50:50はあくまでも結果としての数値とも言えるのである。
楽しく走るためのスポーツカーの条件とは
BMWのZ4は2019年から日本で販売されて、2022年にフェイスリフトを受けている。ヘッドライト周りやキドニーグリルを刷新すると共にグレードも整理され、2019年当初の4種類から現在は2種類となった。なんてことを昔のリリースを見ながら書いていたら、今回のZ4 sDrive20iの価格がデビュー時の566万円から760万円になっていて驚いた。為替やらなんらやの影響があるとはいえ約200万円もの値上げである。もちろんこれはBMWに限ったことではなく、輸入車全般に見られる傾向であり、どうにかならないものかと思う。輸入車(の新車)がどんどん手の届かないところへ行ってしまうのは、クルマ自体に罪はないわけでなんとも不憫ではある。
エンジンは1998ccの直列4気筒ターボで197ps/320psを発生する。最近のBEVのパワースペックに見慣れてしまうとずいぶんと控え目な数値に見えてしまうけれど、1.5トンを切る車両重量ゆえに非力だと感じた瞬間はただの一度もなかった。というか、そもそも1.5トン以下で200ps/300Nmくらいが、自分なんかの運転スキルではそのポテンシャルを持て余すことなく楽しく引き出せる上限だと個人的には思っている。
試乗車はオプションのファスト・トラック・パッケージ装着車だったので、Mスポーツブレーキや電制ダンパーのアダプティブMサスペンションが装着されていた。ロングノーズが運転席から見えるから前輪がすごく遠くのほうにあって、ホイールベースも長そうに思えるが、実はボクスターよりも5mm短い。前後の重量バランスのよさからくる4輪の接地性の高さと、スムーズに向きを変える操縦性は、パッケージやボディサイズを細部まで検討した結果の現れだろう。インテリアは、いまとなってはひと世代前の景色だけれど、このクルマにカーブドディスプレイはしっくりこないかもれない。独立したメーターナセルのあるコクピット感満載のスタイルのほうが収まりがいいと思う。
718ボクスターに乗るのは久しぶりだったが、やっぱりいつものようにシートに座った瞬間にもうそれだけで大満足だった。ステアリングとシートとペダルの位置関係が秀逸すぎるのである。特にペダルとステアリングの角度が絶妙で、手足に吸い付くような位置に置かれている。少し大袈裟に言えば、自分の身体とクルマが融合して一体化したような気分になる。でもこれで、操舵応答遅れがあったりエンジンとトランスミッションにレスポンスが悪かったりしたら元も子もないのだけれど、もちろんそんなはずはない。
よく「正確に曲がる」「意のままに動く」「ダイレクト感がある」などと表現することがある。そのどれもがこのクルマには当てはまる。理由のひとつは無駄な動きがないことだろう。ここで言う「動き」とは、ステアリングを切ったときに生じるボディのロールやヨー方向の動きのみならず、加減速時のピッチ方向の動きも含まれる。スクォートやダイブはほとんどなく、後輪にかかる荷重に大きな変化がないから、安定的にトラクションがかかるのだ。
718ボクスターはステアリングゲインがすごく高いわけでもなければ、スロットルレスポンスが超機敏なわけでもない。ただただドライバーの入力に対して正確かつ直ちに反応する。こういうクルマはゆっくり走っていても楽しく感じるし、優れたスポーツカーとはたいていそういうふうになっているのである。
【JUDGMENT】ポルシェ・718ボクスター/Z4は、FRのスポーツカーの中ではトップクラスの操縦性を持っていると思うけれど、ミッドシップの718ボクスター(やケイマン)のすっきりと心地よい乗り味は、1度知ってしまったら病みつきになる。
【SPECIFICATION】PORSCHE 718 BOXSTER STYLE EDITION
■車両本体価格(税込)=9,910,000円
■全長×全幅×全高=4739×1801×1281mm
■ホイールベース=2475mm
■車両重量=1365kg
■エンジン種類/排気量=水平対向4DOHC16V+ターボ/1988cc
■最高出力=300ps(220kw)/6500rpm
■最大トルク=380Nm(38.7kg-m)/2150-4500rpm
■トランスミッション=7速DCT
■サスペンション=前後:ストラット
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤサイズ=前:235/45ZR18、後:265/45ZR18
問い合わせ先=ポルシェジャパン TEL0120-846-911
【SPECIFICATION】BMW Z4 sDrive 20i
■車両本体価格(税込)=7,600,000円
■全長×全幅×全高=4335×1865×1305mm
■ホイールベース=2470mm
■車両重量=1490kg
■エンジン種類/排気量=直4DOHC16V+ターボ/1998cc
■最高出力=197ps(145kw)/4500rpm
■最大トルク=320Nm(32.6kg-m)/1450-4200rpm
■トランスミッション=8速AT
■サスペンション=前:ストラット、後:マルチリンク
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤサイズ=前:225/45R18、後:255/40R18