
「農民から大統領まで」の思想は今。シトロエンの変わらぬ独自性
シトロエンが、フルモデルチェンジしたフラッグシップSUV「C5エアクロス」と、超小型EV「アミ」の改良版を同時に発表した。BEVから純エンジン車まで揃える前者と、誰もが気軽に扱えるミニマムな後者。この一見、両極端な2台からは、BEV一辺倒ではない現実的な電動化と、「ティーンからファミリーまで」あらゆる世代を見据えるフランスの成熟したクルマ観が透けて見える。
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「C5 X」に代わる新たな旗艦。新型C5エアクロスの多彩な中身
シトロエンといえばハイドロニューマチック・サスペンションで、フランス車の中でも独自のクルマ造りを貫いてきた。などと思われやすいが、ハイドロ以前の時代から独自だったといった方が正しい。フォード式の大量生産をいち早く採り入れたシトロエン・タイプAしかり、キャタピラ駆動の軍用ハーフトラックであるシトロエン・ケグレッスしかり、トラクシオン・アヴァンや2CVしかり。今やEUが電動化に向かって久しいが、パリ的な革命志向と進歩史観をクルマ造りにつねづね反映させるシトロエンが、今どういうスタンスとポジションなのか。するとアミのマイナーチェンジ版ならびにC5エアクロスのフルモデルチェンジ版を、あえて同時に世に問う意味が透けて見えてくる。
2CVとDSの時代は「農民から大統領まで」モータリゼーションを広めることが目的だったが、21世紀も四半世紀が過ぎた今や、ティーンエイジャーからファミリーまであらゆる世代が電動モビリティの恩恵に預かれることが、肝要というワケだ。
だが電動化とCO2排出抑制は急務ながら、そのレベルは必要に応じて段階的でいい、そんな寛容さも新しいC5エアクロスは感じさせる。
というのも用意されるパワートレインはBEVオンリーではない。73kWh・210psで航続距離520kmの「ショートレンジ」と、97kWh・230psで680kmの「ロングレンジ」という2種類のBEVがある一方で、PHEVは直4・1.6Lターボ150ps+モーター92kW(125ps)でシステム出力143kW(195ps)に21kWhのバッテリーを組み合わせ。また直3・1.2Lターボ136psに永久磁石同期モーターのアシストで、48Vで通常時9kW(12ps)~ピーク時21kW(28ps)の電気駆動が加わるMHEVもある。じつは航続距離でいえば複合条件ながら950km以上を謳うこのMHEVは、エントリーモデルどころか本命感すら漂う。さらにシトロエンが伝統的に強い北アフリカや南米といった輸出市場向けに、純ICEの180ps仕様すらある。
空力と先進ラウンジ空間。新型C5エアクロスを構成する2つの柱
ステランティス・グループのリソースを巧みに利して、カバー範囲を広げたパワートレインラインナップといえるが、これらすべての生産を請け負うブルターニュ地方のレンヌ工場は272億円もの投資がなされている。レンヌ工場は古くはBX、少し前はプジョー407やC6など旧PSAのハイエンドを担っていた拠点だ。
つまりC5エアクロスは現代的なファミリーSUVでもあるが、C5 Xが1代限りとなった今、2代目からはシトロエンのフラッグシップモデルともなる。実際に、欧州での認証値となる全長4652mm×全幅1902mm×全高1660mmというサイズは圧巻。ホイールベースも2784mmと、先代比で+60mmも伸ばされている。小回り性や取り回しは気になるところだが、広がったトレッド幅とパワートレインの相対的な小ささによる操舵輪の切れ角拡大、加えて室内スペースと快適性の追求というテーマを思えば、その方程式は破綻しているわけではない。
むしろ注意深くボディを拡大させて、快適性を高めているポイントはふたつ。ひとつ目はリアコンビランプのカナード形状に代表される、空力の追求だ。整流効果を高めるカナード形状の空力デバイスは従来、スポーツモデルには導入されていたが、ファミリーカーにあえて採り入れた例は少ない。チーフデザイナーのピエール・ルクレルク氏はこれを実現させるため、認証機関であるUTACが前向きに取り組んでくれたことが大きいと証言する。これまでの見方では突起物に近い意匠も、CO2低減に貢献するとなれば、レギュレーションや運用も必要に応じて進化すべきという感覚が根底にある。
ふたつ目は、シトロエン伝統のコンフォートの追求だ。「C-ゼン・ラウンジ」と呼ばれる昨今のシトロエン独特の水平基調と広々としたインテリア、さらに煮詰められたアドバンストコンフォートシート&サスペンションを受け継ぎつつ、SUVらしさにこだわった初代C5エアクロスから明らかに進化を果たしている。エアコン吹き出し口と2層構造となるダッシュボードはワイドさを強調しつつ、ごくシンプルな造りだが再生素材ファブリックに覆われ、柔らかなアンビエントLED照明とオレンジ色の控えめアクセントが絶妙。縦型13インチに改められカスケード表示となったセンターのタッチスクリーンも目を引くが、ダッシュボード左右を折り込んでスピーカーとしている意匠もユニークだ。
遊び心と成熟。あらゆる世代を包み込む、フランス流モビリティの真髄
クルマとしてモビリティツールとして必要欠くべからざるものをミニマムに組み上げるというエクササイズは、2CVの昔からシトロエンは得意とするところ。フラッグシップモデルとなったC5エアクロスと反対側だが対をなすモデルが、「アミ」だ。欧州では2020年に市販されたアミは今回、マイナーチェンジを受け、ヘッドライトを上に移し、よりポップなドットのホイールカバーを採用したことで、見た目に全体の重心が少し上がった。
5.5kWhのバッテリーで75kmの航続距離などスペックに変わりはないが、この夏からは新たに、パーツ点数のより少ない「アミ・バギー」が加わった。これはキャンバストップルーフに左右ドアはパイプドアのみ、引き算がそのまま開放感に繋がるレジャー・ヴィークル仕様だ。当初600台限定で、ロゴやスチールホイールのゴールド使いやインテリア収納トレイなどのオプション・パッケージである「アミ・バギー・パルメイラ」は、受注開始と同時にすぐさま完売御礼となった。もちろん過去には2CVメアリがあった通り、シトロエンの十八番といえるジャンルではある。
アミは頻繁に「ヴォワチュール・サン・ペルミ(免許要らずのクルマ)」といわれるが、正確にはクアドリシクル・ア・モトゥール・レジェール(原動機付4輪軽車両)に分類される。その2輪版がいわゆる原付スクーターだ。日本でいう平成世代の中学生ぐらいから、フランスの義務教育には交通安全講習が組まれており、4輪か2輪かのオプションを選んで実技講習を受けることで、ようやく原付に乗れる仕組みだ。いわば日本の原付免許に近く、免許も何もなしでアミに乗れるわけではない。8000ユーロ(約140万円)~の車両価格は円安の今、高く見えるが、16歳からアミを運転して公道に出られるのは羨ましい。しかもアミはバギーでもそうでなくても免許をもたずにビーチにまで乗りつけられるし、大人も使いたいと思える代物になっている。
フランスでは友人や親しい間柄で、互いを家に招いて食事することがままあるが、半人前というか落ち着いて食事や話がまだできない、年端のいかない子供には同じ食卓を囲ませず、先に食事を済ませたり別室で静かにさせていることが多い。騒いだりしようものなら、大人の邪魔をするなと、むしろこっぴどく叱られる。だから一般に子供は社交ができる程度に成熟したならば、一人前として一緒に食卓を囲みたがる。
モビリティについても同じくで、成熟する機会が与えられている制度設計といえる。遊び心と成熟は紙一重だからこそ、あらゆる世代とレベルに向けた電動化というロジックが、成り立つのだ。
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