伝説のヴェイロン×シロンSSの心臓。ブガッティが放つ「究極の二律背反」
ブガッティは2026年1月22日、かつて自動車の常識を覆した伝説的なハイパーカー「ヴェイロン」と、その生みの親であるフェルディナント・カール・ピエヒ博士に敬意を表した特別なワンオフモデル「F.K.P. オマージュ」を発表した。これはブガッティが展開する極めて限定的なオーダーメイド・プログラム「プログラム・ソリテア」による2台目の作品であり、ヴェイロンの時代を超越したデザインと、ブガッティが過去20年間にわたり進化させてきたW16エンジンの技術の粋が融合した一台となっている。
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伝説の起源とW16エンジンの奇跡
「F.K.P. オマージュ」が称えるヴェイロンの物語は、フランスのモルスハイムではなく、日本の新幹線の中から始まった。フォルクスワーゲン・グループの会長として、すでにVR6やW8、W12といった独創的なエンジン開発でその才覚を示していたフェルディナント・カール・ピエヒ博士は、新幹線の車内で革新的なW型エンジンの構成をスケッチしたのである。これが後にブガッティの復活を象徴する心臓部となった。
このW16エンジンは、パッケージングの奇跡とも言える構造を持っている。シリンダーを短く幅広のバンク構成でずらして配置することで、本来であれば1mもの長さになるパワートレインをわずか645mmに圧縮することに成功した。この驚異的なコンパクトさが、ヴェイロンのホイールベースを2700mmに抑えることを可能にし、全輪駆動とほぼ完璧な重量配分と相まって、圧倒的な性能と洗練性を両立させたのである。
ブガッティのマネージング・ディレクターであるヘンドリック・マリノフスキー氏は、ピエヒ博士について「不可能を障害ではなく挑戦と捉える人物だった」と語る。最高出力1000ps、最高速度400km/h、そしてタキシードでオペラに乗り付けられるほどの洗練性という、当時の常識では考えられなかった博士の絶対的なビジョンを、現代の技術で再解釈したのがこの「F.K.P. オマージュ」なのである。
バウハウスの精神を宿すデザインの進化
1999年の東京モーターショーでデビューしたヴェイロンのデザインは、当時のスーパーカーのトレンドとは一線を画すものであった。ハルトムート・ヴァルクスの指揮の下、若きヨゼフ・カバンが手掛けたその姿は、ガンディーニらが広めた前傾姿勢の「ウェッジシェイプ」ではなく、後ろに重心を置いた「リクライニング」の姿勢を取っていた。見世物としての派手さではなく、落ち着きと気品を兼ね備えたこのバウハウス的なデザイン言語は、20年が経過した今もなお現代的な魅力を放っている。
「F.K.P. オマージュ」は、このヴェイロンの特徴的なシルエットを維持しつつ、細部を現代的に洗練させている。例えば、象徴的な馬蹄形のグリルは、かつての平面的なアプローチではなく、アルミニウムの塊から削り出された立体的な形状となり、周囲のボディワークと有機的に融合している。また、ボディカラーの分割ラインもパネルレイアウトに合わせて整理され、より調和のとれた視覚的な分割を実現した。
特筆すべきは塗装技術の進化である。ヴェイロンの登場から20年を経て飛躍的に向上した技術により、エクステリアの赤い仕上げには高度なレイヤリング技術が採用された。シルバーのアルミニウムベースコートの上に赤く着色されたクリアコートを重ねることで、見る角度によって表情を変える深みと立体感を生み出している。対照的に、黒く見える部分は通常の黒色塗装ではなく、クリアコートに10%の黒色顔料を混ぜたブラック・ティンテッド・カーボンファイバーとなっており、近づいて見ると視覚的にも触覚的にも豊かな質感を提供している。
究極のW16パワートレイン
美しいボディの下には、W16エンジンの進化の頂点が収められている。「F.K.P. オマージュ」に搭載されるのは、シロン・スーパースポーツで初めて導入された1600psのクアッドターボエンジンである。これは、ピエヒ博士の野望であった時速300マイル(482.8km/h)の壁を超えたユニットそのものである。
大型化されたターボチャージャー、強化されたインタークーラー、改良された冷却システム、そして増大したトルクに対応するために強化されたギアボックスなど、このパワートレインはW16開発の集大成と言える。フロントのエアインテークはより強力なエンジンに空気を送るために大型化され、ホイールもフロント20インチ、リア21インチにサイズアップされ、最新のミシュラン製タイヤが装着されている。
革命的なインテリアと特別なタイムピース
インテリアにおいては、シロンやミストラルといった最近のW16モデルと比較しても、ほぼ完全な革命と言える変更が施されている。オリジナルのヴェイロンを彷彿とさせる円形のバウハウス調ステアリングホイールに加え、センターコンソールとトンネルカバーはアルミニウムブロックから削り出された特注品である。また、パリで織られた「カスタム・カー・クチュール」ファブリックが採用されており、かつてのオールレザー内装からの進化を示している。
ダッシュボードの中央に鎮座するのは、オーナーの要望により統合されたオーデマ・ピゲの「ロイヤル オーク トゥールビヨン」である。この41mmのタイムピースは、エットーレ・ブガッティが直列8気筒エンジンのヘッド仕上げに用いた技術に由来するエンジンターン仕上げの「アイランド」の中に収められている。驚くべきことに、この時計は電気的な接続なしに、車両自体の動きによって動力を得る独創的な自動巻き機構を備えている。ゴンドラが斜めの軸で1時間に数回回転することで巻き上げられるこの仕組みは、顧客の個人的なビジョンを実現する「プログラム・ソリテア」ならではの成果である。
唯一無二の存在として
ブガッティのデザイン・ディレクターであるフランク・ヘイル氏は、「ヴェイロンはその種の最初のモデルであり、コレクターカーの世界において最初と最後は常に最も重要である」と述べている。彼はかつてヴェイロンのデザインを発展させるスケッチを描いていたが、当時は実現しなかった。しかし、ピエヒ博士がまるで将来その必要性が生じることを見越していたかのように、今こうして「F.K.P. オマージュ」として結実したのである。
「F.K.P. オマージュ」は、「ブルイヤール(Brouillard)」に続く「プログラム・ソリテア」の2作目の作品である。このプログラムは年間最大2台しか制作されない極めて特別な取り組みであり、ブガッティの遺産を称えつつ、ボディワークやインテリアを完全に再構築する究極のパーソナライゼーションを提供する。
この歴史的な一台は、2026年1月29日から2月1日まで開催されるレトロモビル・パリの期間中、「アルティメット・スーパーカー・ガレージ」にて実車が公開される予定である。ピエヒ博士の妥協なきビジョンと、ブガッティの20年にわたるエンジニアリングの進化が融合した「F.K.P. オマージュ」は、まさに決定版のヴェイロンとして歴史にその名を刻むことになるだろう。
【ル・ボラン編集部より】
かつてピエヒ博士が日本の新幹線で着想したというW16エンジンの神話。その原点であるヴェイロンの優美な肢体に、到達点たるシロンSSの1600psを移植するとは、なんと贅沢な原点回帰だろうか。バウハウス的な冷静さと圧倒的な熱量が同居する佇まいは、20年を経てもなお色褪せない。「二律背反の統合」こそブガッティの真価だが、本作はその極致だ。電動化前夜に捧げられたこの濃密なラブレターは、単なるワンオフを超え、内燃機関の歴史的証人となるはずである。
【画像57枚】深紅のレイヤリング塗装と削り出しのアルミ。工芸品へと昇華した「F.K.P. オマージュ」の細部を見る





























































