魔境・ニュルブルクリンクとスバルの長き挑戦
ニュルブルクリンクには、奇妙な魔力がある。世界中の自動車メーカーが、莫大な開発費を投じてこの地を訪れる。全長約25km。舗装は波打ち、路面のμは刻々と変化し、コーナーの先には次のコーナーが待ち受ける。開発者が研究室で積み上げた理論を、たった1周で粉砕することさえある。
【画像6枚】「販売撤退=開発終了」ではない! スバルが欧州からガソリン車を消してもニュルを走る意義
僕はこの魔境に35年以上も通い続けている。にもかかわらず、いまだに攻略したという実感はない。むしろ、経験を重ねるほど恐ろしくなる。とはいうものの、挑戦を諦める気はない。ひとりのドライバーとして、もっとドライビングスキルを磨きたいからだ。人間ならば、とっくに愛想を尽かしている相手だが、ニュルブルクリンクだけは別なのである。
そんな場所に、日本から長年挑み続けているメーカーがある。スバルだ。水平対向エンジンとシンメトリカルAWDを武器に、WRX STIを鍛え続けてきた。ニュルブルクリンク24時間レースへの挑戦は、単なる勝敗の記録ではない。量産車を鍛え、技術者を育て、スバルというブランドの走りの哲学を磨く営みでもある。
欧州ガソリン車販売撤退が意味するもの
ところが、そのスバルが欧州でガソリン車の販売から撤退するという。すわ、スバルのニュルブルクリンクプロジェクトも終了かと、短絡的に想像してしまう。スバルのガソリン車撤退の背景には、欧州の厳格なCO2排出規制がある。メーカーごとに新車の平均排出量が管理され、基準を超えれば多額の制裁金が待っている。販売台数が比較的少なく、電動車の選択肢も限られるスバルにとって、ガソリン車を売り続ける経済的な負担は小さくない。欧州の自動車市場は、もはや単純な性能競争だけでは生き残れない。エンジンの鼓動より、排出ガスの数字が経営を左右する時代になったのである。
販売と開発は別。次世代へ受け継がれる「走りの哲学」
もっとも、ここにはひとつの逆説がある。欧州でガソリン車を販売しないことと、欧州でガソリン車を開発しないことは、まったく別の話なのだ。ドイツの自動車メーカーにとって、ニュルブルクリンクは長年にわたり開発の聖地であり続けてきた。ポルシェもBMWもメルセデス・ベンツも、あの過酷な路面でクルマを鍛えてきた。電動化が進んだいまも、その重要性は失われていない。なぜなら、優れたクルマを成立させる条件は、動力源だけで決まるものではないからだ。
シャシーの剛性、サスペンションの追従性、タイヤの接地性、操縦安定性。限界領域でドライバーにどれほど正確な情報を伝えられるか。こうした技術は、ガソリン車にも電動車にも共通する。むしろ重量が増加しやすい電動車の時代だからこそ、車体運動を緻密に制御する技術が重要になる。ニュルブルクリンクで得られる知見は、次世代のスバルにも生かせるはずである。
僕自身、ニュルブルクリンクを走るたびに思い知らされる。あのコースは、速いだけのクルマを歓迎しない。速さに加えて、耐久性と安定性、そしてドライバーを裏切らない素直さを要求する。それは、スバルが長年追い求めてきたクルマづくりの思想と、見事に重なる。だからこそ、欧州でのガソリン車販売撤退が、ニュルブルクリンクでの活動縮小につながることを恐れている。
より良いクルマを生み出すための「挑戦」を止めないでほしい
実は僕にも、ささやかな野望がある。いつの日かスバルのWRX STIで、あの難攻不落のコースに挑んでみたいのだ。長年ニュルブルクリンクに通いながら、スバルのレースカーをドライブする機会には恵まれていない。市販車のテストとタイムアタックでスバルとともにニュルブルクリンク詣でを繰り返した経験はあるものの、レースカーのステアリングはまだ握っていないのである。
欧州でガソリン車が売れなくなったとしても、ニュルブルクリンクでガソリンエンジンを轟かせる意義は失われない。そこで磨かれた技術は、世界中を走るスバルの血肉となり、やがて電動車にも受け継がれていく。クルマを売るためだけに走るのではない。より良いクルマを生み出すために走るのである。販売からの撤退は経営判断だが、挑戦からの撤退は技術思想の問題だ。スバルには、どうかその二つを混同しないでほしい。
【画像6枚】「販売撤退=開発終了」ではない! スバルが欧州からガソリン車を消してもニュルを走る意義





