御坂峠(No.033)
峠の茶屋から眺める、まるで注文どおりの富士の姿。
太宰治が名作『富岳百景』のなかで、風呂屋のペンキ画のようだとこき下ろしたのが、この御坂峠からの富士の眺めである。
『まんなかに富士があって、その下に河口湖(中略)。近景の山々がひっそり うずくま 蹲って湖を抱きかかえるようにしている。私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。(中略)どうにも註文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった』
甲府盆地と河口湖の間は、現在、国道137号で結ばれている。長いトンネルで御坂山の中腹をまっすぐに抜けていく快適な道だ。
中央自動車道の一宮御坂ICから南に向かうと、その新御坂トンネル手前で左へそれる細い道がある。これが御坂峠に続く国道137号の旧道(県道708号)で、くねくねと曲がりくねった山道を登り切ると、苔むした御坂隧道の入口が現れる。そして、この薄暗く、勾配があって先を見通せない全長396mの古いトンネルを抜けると、「いきなり!」といった感じで富士の姿が目に飛び込んでくる。甲府側は手前の山が邪魔して富士の姿はほとんど拝めない。それだけに、この出会いには一瞬息を呑むほど感動する。
そして、トンネル出口にたたずむのが太宰治の滞在した天下茶屋。バイパスやトンネルの完成によって峠の茶屋が次々姿を消していくなか、変わらぬ富士の姿とともにいまも健在である。