旅&ドライブ

佐渡の金と養蚕がもたらした宿場の繁栄「北国街道」(長野県/新潟県)【日本の街道を旅する】

養蚕景気のおかげでいまも残る旧街道の町並み

ゆったりと噴煙をたなびかせる浅間山の裾野を千曲川の流れと寄り添うように進んでいく北国街道。佐渡の金銀を江戸へと運んだこの街道のあちこちには、いかにも日本の田園地帯といった風景が点在する。観光地をあくせく巡るのではなく、のんびりと旅したい。

数多くの映画ロケにも使われてきた浦里小学校は、残念ながら平成24年9月の火災で焼失。

江戸時代、幕府が直轄する五街道以外の主要な道は、『脇街道』や『脇往還』と呼ばれていた。信濃追分で中山道から分かれ、越後国へといたる北国街道もそのひとつである。
江戸幕府が公用の使者や物資をスムーズに移動させるため、東海道に伝馬制度を敷いたのは慶長6年(1601年)。そして、この2年後には北国街道にも伝馬制度が導入されている。脇街道ながら、幕府が街道整備を急いだ理由は佐渡金山の存在にあった。

観光施設ではないものの、事前に連絡すれば1924年築の本校舎内部も見学できただけに、火事がとても悔やまれる。

当時、江戸と佐渡とを最短距離で結ぶ三国街道(現在の国道17号)には、上越国境に標高1224mの難所、三国峠があり、大量の荷を安全に運ぶのに適していなかった。そこで金の輸送ルートとして選ばれたのが、千曲川沿いをなだらかに進む北国街道なのである。佐渡で産する『佐州御運上金銀』は、毎年春と秋の2回、厳重な警護のもと、100頭ほどの荷馬の背に揺られ、江戸へと送られていった。
金銀の輸送ばかりでなく、善光寺へ参詣する人の往来が多く、また、北陸や東北の大名も参勤交代路として利用したため、当時の北国街道はけっこうな賑わいだった。そんな面影を今に伝えるのが、上田城下の東およそ8kmに位置する海野(うんの)宿である。

国道18号のすぐ脇にある『分去れ(わかされ)の碑』。この追分(=分岐点)から中山道はやや南よりのルートをとり、木曽路や美濃路を抜け京へといたる。

用水路に沿って柳の並木が続く海野宿は総延長が650mほど。その両側には、2階部分を張り出した出桁造りの家々がびっしりと並んでいる。目を惹くのは美しい格子戸、そして、さまざまな意匠を凝らした卯建(うだつ)だ。
「この町並みが生き残ったのはカイコのおかげなんですよ」
そんな話を聞かせてくれたのは海野宿歴史民俗資料館の女性だった。

寅さん映画にも登場した上田電鉄の丸窓電車。現在、この2両のうち1両は資料館となり、もう1両は地元の高校に寄贈された。

雨が少なく、空気の乾燥した塩田平(上田盆地)では、明治以降、養蚕が盛んに行われた。なかでも旅籠二階の大部屋を使って大量のカイコを育てることのできた海野宿は、養蚕の中心地となり、人々は財を成し、立派な卯建を立ち上げていった。現在、海野宿に残る家並みは、この時期にたっぷりお金をかけて建てられたものなのだ。

信玄と謙信が覇権を競い真田親子が愛した豊かな地

海野宿の道路脇にぽつんと残されていた昔懐かしい消火栓。

北国街道の通る東信地方は古くから実り豊かな土地だった。寒冷な信州のなかにあっては気候が比較的温暖で、千曲川やその支流の水利にも恵まれていた。そのため、平坦地には田畑が拓かれ、周囲の高原には『御牧』(みまき)と呼ばれる官営牧場も数多く点在していた。

別所温泉の安楽寺は、伝承では天平年間(西暦729-749年)の創建。日本で唯一の八角三重塔は国宝に指定されている。

そこに目を付けたのが甲州の武田信玄と越後の上杉謙信である。東信の覇権を争った両雄は、1553年から1564年までの10年あまり、千曲川と犀川の合流点に広がる川中島の平原(現在の長野市南郊)を中心に激戦を繰り広げる。その後、徳川の上田攻めを二度にわたって撃退した真田昌幸・幸村親子の時代を経て、東信地方には平和が戻り、豊かな田園地帯に伸びる北国街道は活気を見せていく。

別所温泉の共同湯・石湯(入浴料150円)は池波正太郎の時代小説『真田太平記』にも登場する。

現在、長野県庁は長野市にあるが、もともと信濃国の国府は国分寺遺跡のある上田市と海野宿の中間あたりに置かれていた。そこから西の美ヶ原山麓に向かって進むと、塩田平の最奥部にあるのが別所温泉である。

観光施設の少ない海野宿。古い家並みの大半は、人々が普通に生活している。

鎌倉幕府の執権、北条氏の直轄地だったことから別所(=別荘)と名付けられた信州最古の温泉地には、国宝の三重塔がある安楽寺をはじめ、鎌倉文化を色濃く伝える名刹が点在する。また、上田市街から別所温泉にかけては、今から100年ほど前に建てられた古い建物や木造橋が数多く残り、映画のロケ地としても利用されている。

千曲川の支流、浦野川にかかる醤油久保橋。映画ロケの受け入れに積極的な上田市ではこうした風景の保存・復元に力を入れている。

こうした古き佳き日本の風景が数多く残されているのは、明治の養蚕ブームを最後に、経済成長の流れから取り残されてしまったからかもしれない。しかし、のんびりと旅するにはじつに気持ちのいい土地なのである。

街道ひとくちメモ

碓氷峠の西にある信濃追分(軽井沢町)で中山道から分岐し、上田盆地、長野盆地などを経由して日本海まで延びる脇街道。約140kmの道筋は国道18号とほぼ重なっている。日本海沿いの北国街道(北陸道)と区別するため、『信州通』などとも呼ばれる。

 

トラベルガイド

01【見る】
往時の賑わいを垣間見る
海野宿歴史民俗資料館(うんのじゅくれきしみんぞくしりょうかん)

江戸時代、1790年頃に建てられた旅籠屋を利用した資料館。木戸から入ると、帳場や座敷、馬屋や台所が昔のままに再現され、むしろを敷きつめた2階の大部屋に上がれば、相部屋で寝泊まりしていた旅人達の息吹さえ感じられる。このほか養蚕関係の展示なども数多くあり、明治以降の養蚕農家の暮らしぶりもよくわかる。

●入館料200円/9:00-16:00/水曜休館/東御市本海野1098/0268-64-1000

02【食べる】
繊細でコシのある絶品そば
車屋浦里店(くるまやうらさとてん)

その日に売る分だけを職人肌の主人が早朝から打ち上げていく。そのそばはしっかりしたコシを持ちながら、繊細な味わいや風味を感じさせるもので、店内は地元の家族連れなどでいつも賑わっている。もりそば(630円)のほか、くるみそば(820円)が人気。国道143号沿い、通りをはさんで浦里小学校の反対側にある。

●11:00-13:30&16:30-19:00(売り切れ次第終了)/月曜定休/上田市浦野47-14/0268-31-2228

04【見る】
小説家の愛した城下町
池波正太郎真田太平記館(いけなみしょうたろうさなだたいへいきかん)

『真田太平記』は昭和49年から9年間、『週刊朝日』に連載された人気の時代小説。その自筆原稿や挿画の原画、取材ノートや愛用の万年筆など、作品にまつわるさまざまな品々が展示されている。上田城や池波正太郎お気に入りの蕎麦屋『刀屋(11:00-18:00/日曜定休)』なども近いので、小説家の足跡を巡ってみるのも楽しい。

●入館料400円/10:00-18:00/水曜&祝日の翌日休館/上田市中央3-7-3/0268-28-7100

05【見る】
川中島決戦の最前線
城山史跡公園(荒砥城)(じょうやましせきこうえん)

上杉謙信と武田信玄が覇権を競い合った川中島。そのすぐ南に位置する荒砥城は重要拠点で、この地をめぐり両者は激しい攻防を繰り広げた。平成7年に完成した史跡公園は当時の山城の様子を忠実に再現したもので、本郭からの眺望が抜群。千曲川の流れを眼下に見おろし、戸隠や浅間、北アルプスの山なみを一望にできる。

●入園料300円/9:00-17:00/定休なし/千曲市大字上山田3510-7/026-275-6653

アクセスガイド

【電車・バス】上田までは長野新幹線で東京から1時間15分。そこから海野宿に向かうには、しなの鉄道に乗り換えて田中駅までが10分。駅から宿場街へは徒歩15分ほどで行ける。上田から別所温泉までは上田電鉄で約30分。別所は小さな町なので、温泉街や安楽寺などをのんびり散策するのがいい。
【クルマ】北国街道・海野宿に最も近いのは上信越道・東部湯の丸IC。関越道・練馬ICからは167km/約2時間、名神道・一宮ICからは中央道や長野道を経由して283km/3時間半ほどの道のり。インターから海野宿までは約3km。海野宿から別所温泉までは約17kmで、30分もあれば移動できる。

【観光情報】東御市観光協会0268-62-1111/上田市役所観光課0268-22-4100/別所温泉観光協会0268-38-3510/千曲市観光協会026-275-1326

※掲載データなどは2011年9月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。
LE VOLANT web編集部

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