旅&ドライブ

山また山の峠を越え秘境へと続く銀の道「銀山街道」(秋田県/山形県)【日本の街道を旅する】

銀の発見で突如できあがった山中の巨大歓楽都市

駒の湯温泉から枝折峠にかけて、険しい九十九折りが続く国道352号。越後駒ヶ岳には真夏でも残雪が残る。ときおり姿を見せる奥只見湖(通称:銀山湖)は大イワナの棲む湖としても知られる

新潟の魚沼と福島の檜ひの枝え 岐またを結ぶ国道352号は、酷道ファンにはよく知られた秘境ルートだ。途中には集落も、ガソリンスタンドもなく、曲がりくねった山道を沢水が横切っていく。かつてこの地には良質な銀山があり、2万5000人が暮らす大きな町があったという。

檜枝岐温泉の日帰り温泉、燧の湯(ひうちのゆ/入浴料500円/0241-75-2290)。森林浴も同時に味わえる。

近世を通じて世界有数の銀生産量を誇った日本には、世界遺産の石見以外にも数多くの銀山が存在していた。信長、秀吉、家康の天下取りを陰で支えた生野(兵庫県)、『出羽の都』とまで謳われた院内(秋田県)などなど、時期によっては石見をも上回る銀を産出する鉱山が各地にあったのだ。
越後山中の銀山平(別称:上田銀山)もそのひとつである。

荒々しい岩盤がむき出しのシルバーライン。対向車とすれ違うときは緊張する。

只見川源流で銀が発見されたのは江戸初期の寛永18年(1641年)。当時もこのあたりはまったくの秘境で、高田藩と会津藩の国境さえ確定されていなかった。ところが、銀の発見者が小出島・湯之谷郷(高田藩領)の農民だったため、当然のごとく国境争いが発生する。幕府の仲裁により、両藩の国境が只見川の真ん中に決定したのは15年後のこと。その名残で、いまも新潟と福島の県境は分水嶺の稜線ではなく、只見川に引かれているのだ。

現在の銀山街道は「これでも国道か!?」と言いたくなるような悪路。山の湧き水が沢となって道路を流れていく。

その後、銀山平は幕府の直轄領となり、豊富な資金と人力を投入して積極的な開発が進められる。銀の産出が最盛期を迎えた元禄年間、銀山平の人口は2万5000人にも達した。『千軒原』と呼ばれる中心街には遊郭が建ち並び、酒と遊女を目当てに男たちが行き交っていたという。人里離れた山奥に巨大歓楽街までできあがったのだ。
そして、一年に千貫(約4トン)にものぼる銀の採掘や運搬のため切り拓かれたのが、小出島(魚沼市小出)から銀山平へといたる銀山街道である。

ハイキングコースとして残る昔の銀山街道。昔の旅人たちは、こんなふうに枝を折りながら歩いたのか。

この山越えルートの中間点、枝し 折おり峠には2つの由来が残されている。ひとつは人々が峠越えの前に道中の安全を祈るため、木の枝を折りとり、山の神様に手向けたというもの。もうひとつは、深い森の中をゆく峠道で迷子にならないよう、目印として路傍の木の枝を折りながら歩いたというものだ。
かつての銀山街道の一部は、『ハイキングコース・銀の道』として復元されているが、実際に歩いてみると、ハイキングとは名ばかりの信じられないほど険しい山道である。

巨大なダム湖の湖底に封印された銀山の栄華と伝説

一年中消えることのない万年雪を抱く荒沢岳。会津駒ヶ岳や燧ヶ岳などの名峰も目の前に見える。

「このあたりの人は、自分たちのことを尾瀬三郎の子孫だと自慢してますけど、まったく当てにはならんでしょうな。鉱山には日本中から荒くれ男が集まっていたわけだし、古文書によると、一時期、銀山平は謎の山賊集団に支配されたこともあるんですよ」

こんな話を聞かせてくれたのは、貴族の末裔というよりは、山賊の残党といった(失礼!)精悍な風貌をしている駒ノ湯山荘のご主人である。

300年近い歴史をもつ檜枝岐歌舞伎の会場。森の斜面に作られた石段(観客席)が舞台をスタジアムのように囲んでいる。上演は年に3から4回を予定。

彼のいう尾瀬三郎とは、藤原一門の貴公子で、平清盛の恋敵でもあった人物。大納言の地位にあったが、清盛が権力を握ると都を追われ、逃れ逃れて銀山平まで落ちのびてきたのだ。その一族はさらに山を越えて逃れてゆき、そのため尾瀬という地名も生まれたと言われる。ちなみに、尾瀬の北隣にある檜枝岐村には、平家の落人伝説が残されている。一世を風靡した恋敵の末裔同士が、こんな山奥で鉢合わするのだから運命の巡り合わせは面白い。

大湯から檜枝岐の間は、携帯電話はほとんど通じない。

江戸末期になり、質のいい鉱脈を掘り尽くした銀山平は、ついに只見川の河床まで掘り抜いて水没し、銀山としての歴史を閉じることになる。そして1962年、奥只見ダムが完成すると、銀山の痕跡はわずかに残った集落とともに湖底へと沈んでいったのだ。
いまの銀山平には当時の栄華を伝えるものはほとんど残されていない。

ノミで岩を穿っていった跡が生々しい銀山坑。内部の空気は夏でもひんやりしている。

谷筋に万年雪を残す深い山々、人造湖とは思えないほど美しい奥只見湖、そして、沢水がじゃばじゃばと道路を横切っていく険しい山道……。枝折峠を越えて檜枝岐へいたる現在の銀山街道(国道352号)には、落人たちが逃げ込んだ秘境感だけがたっぷりと残されている。

銀山平の大半はダム湖に水没してしまったが、遊覧船乗り場の奥(福島寄り)には坑道跡がいくつか残っている。

街道ひとくちメモ

江戸時代に始まった銀の採掘のため、高田藩が切り拓いた街道。道のりは25kmほどだが、険しい山道のため、途中に8つの宿場が作られた。現在の国道352号・枝折峠越えがこのルートをほぼ忠実にトレース。県境を越えた福島県檜枝岐側は樹海ラインとも呼ばれる。

トラベルガイド

01【泊まる】
越後駒ヶ岳山麓の一軒宿
ランプの宿 駒の湯山荘(らんぷのやど こまのゆさんそう)

大湯温泉の奥、国道352号から分岐する山道の行き止まりにある一軒宿。自家発電のため館内の照明はランプが主体となっている。自慢の温泉は毎分2トンという豊富な湯量を誇り、混浴の露天と内湯、女性専用の露天と内湯、2カ所の貸切露天などがある。川魚や山菜など、地元の素材をたっぷり使った料理もすばらしい。

●1泊2食付9,950円から/営業期間4月下旬-11月中旬/魚沼市大湯駒の湯温泉/090-2560-0305(衛星電話)

 

02【見る】

ダムから奥只見を一望

奥只見湖展望台(おくただみこてんぼうだい)

シルバーラインの終点にあるのが奥只見ダム。ダムの最上部は遊歩道になっていて、春先には氷塊の浮かぶフィヨルドのような光景、秋には全山燃え上がるような紅葉が目の前に広がる。銀山平、尾瀬口との間には遊覧船(1日3往復/紅葉シーズンは1日8往復)も運行。水上からのんびりと奥只見の風景を楽しむのもいい。駐車場とダム上部の間にはスロープカー(100円)が運行。

●入場無料/営業期間6月-10月/025-792-7300(魚沼市観光協会)

03【走る】

ダム建設のため掘った道

奥只見シルバーライン(おくただみしるばーらいん)

国内最大級の巨大ダム建設のため、3年の歳月をかけて昭和32年(1957年)に完成した道路。全長22kmのうち18kmがトンネルで、ゴツゴツしたむき出しの岩肌が難工事を物語っている。1971年から観光用の有料道路として一般車両の通行ができるようになり、1977年から県道として無料開放(二輪車と歩行者は通行禁止)。

●正式名称:県道50号・小出奥只見線/全長22km/冬季閉鎖1月中旬-3月下旬/025-792-7300(魚沼市観光協会)

04【食べる】

檜枝岐に伝わる十割そば

そば処 開山(そばどころ かいざん)

檜枝岐のそばはつなぎを使わない十割が伝統。折り曲げるとちぎれてしまうため、そば粉は小分けに伸ばし、何枚か重ね合わせて裁断するように切ってゆくことから『裁ちそば』と呼ばれる。もりそば(800円)のほか、美味しさのあまり村人が食べることを禁じられた蕎麦餅『はっとう(=法度)』なども郷土の味として人気。

●10:00-17:00/無休/1泊2食付7,500円から/檜枝岐村上ノ原537-3/0241-75-2039

05【走る】
稜線を抜ける絶景の道

魚沼スカイライン(うおぬますかいらいん)

上越国際、シャトー塩沢、六日町ミナミといったスキー場の最上部を稜線づたいに駆け抜けていく道。眼下には米どころ・魚沼の田園風景がジオラマのように広がり、その向こうには八海山、巻機山、至仏山といった上越国境沿いの美しい峰々がそびえ立つ。行き交うクルマもほとんどなく、気持ちいい走りを楽しめる。

●正式名称:県道560号・田沢小栗山線/全長17.5km(十二峠-八箇峠)/冬季閉鎖11月上旬-5月上旬/025-782-0255(南魚沼市塩沢庁舎)

アクセスガイド
【電車、バス】銀山平への玄関口となるのはJR浦佐駅。上越新幹線で東京から約1時間30分、新潟からは約40分。そこからは越後交通のバスがあり、銀山平(遊覧船乗り場)までが約1時間20分、檜枝岐まではさらに40分かかる。バスは6-11月のみ運行で本数も少ないので事前のチェックを忘れずに(魚沼市観光協会025-792- 7300)。【クルマ】奥只見エリアに最も近いのは関越道・小出IC。練馬ICから204km、新潟中央ICから98km。小出ICから銀山平までは国道352号とシルバーラインを使えば25km/50分。国道352号の枝折峠越えだと、険しい山道なので所要時間は倍近くかかってしまう。銀山平から檜枝岐まではこれまた険しい山道で58km。

観光情報
魚沼市観光協会025-792-7300/南魚沼市観光協会025-783-3377/尾瀬檜枝岐温泉観光協会0241-75-2432

※掲載データなどは2011年9月末時点のものです。実際におでかけの際は、事前に最新の情報をご確認ください。
LE VOLANT web編集部

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