※この記事は2006年12月に発売された「VW GOLF FAN Vol.10」から転載されたものです。
そろそろヴィンテージ的に、“ライト旧車”感覚で捉えられつつあるII。この“リフレッシュ大作戦”は、そんなクルマを今後とも日常的に使い、楽しんで行くにはどうしたらいいかを考察するページだ。前回の関東編に続くこの関西編は、IIに造詣の深い関西の3工場の、それぞれの考え方に基づいたリフレッシュ方法を紹介していく。今回、メインとなる車種は、未だ高い人気を持つGTIである。
Part.1 超レアモデルをオリジナルに!
’92 GOLF GTI FIRE & ICE by EURO MAGIC
ゴルフIIは長い期間販売されたこともあって、いくつもの限定モデルが存在する。その限定販売台数は様々だが、最も少なかったと思われるのがここに登場のFIRE & ICE。こういうクルマは可能な限りオリジナル状態に戻し、長く保存していく必要がある!
世界で60台、日本で20台の限定モデル
ユーロマジックは、一般的にいえば、中古車ディーラーということになるが、業務内容はそれに留まらない。確かに、伊丹空港近くにある同社では、常に数台のゴルフIIやIIIが展示されている。しかし、代表の廣岡さんはむしろ、ゴルフの整備やメンテナンス、ドレスアップはもちろん、必要とあればレーシングサービスと、要望に応じて様々なアクションを起こせる幅広さを、店の特色として打ち出そうとしているようなのだ。
「早い話、なんでも屋ですワ」
と、廣岡さんは笑うものの、その持てるセンスを十分に発揮したクルマ造りは、すでに関西のゴルフ好きにはよく知られている。本誌の第8号で紹介したゴルフIIは、ユーロマジックが提唱するニュー・ゴルフII計画に基づいたもので、そのネオクラシカル・コンセプトは関係各方面の注目を浴びた。そのゴルフIIは、ユーロマジックのセレクトショップという一面を如実に表したもので、ほかにはない、魅力的な佇まいを持っていたのである。

(左)タイヤ&ホイールは15インチに変更され、サスペンションは、ご覧のようにKW製の車高調だった。(右)復活させることを決めて、そのための点検をする廣岡さん。ご自身がかなりのゴルフエンスージャストであり、稀少モデルへの思いは熱い。
今回、このリフレッシュ大作戦に登場するクルマは、その廣岡さんが個人的に長くキープしていたもので、25万kmも走ってしまっている。にもかかわらず執着した理由は、このクルマが世界的にも非常に販売台数の少ない限定モデルであったからだ。世界で60台、日本では20台しか発売されなかったというモデルで、その20台も何台が残っているかは分からず、きわめてレアなクルマであることは明らか。自らがエンスージャストである廣岡さんとしては、いつかは復活させようと思いつつ、機(気)が熟すのを待っていた、というところなのだろう。
「もうあきません。やりますワ。誰のためでもありません。自分の趣味いうか、心の平和のためですワ。なんせ、ちゃんと復活したところを見てみたいんです」
9月に聞いた言葉である。
希少性のアピールが存在感を際だたせる
機が熟すというのは、廣岡さんの場合、思い描いた仕様に見合う部品が揃うことにあるようだ。待ち望んでいたのは、ビルシュタインのブラックショック。ビルシュタインが得意とするガス入りのスポーツショックではなく、ごく普通のショックでノーマルと同じ減衰力という。ただし、ビルシュタインの工作精度の高さはそのままで、きわめてスムーズな作動が期待できるというものだ。

(左上)FIRE & ICEは、ゴルフのほぼ最終モデルをベースとしていて、その装備はに共通するものも多い。ひとつ例をあげれば、このブレーキのABSだ。(右上)前後とも、ABSのセンサーが付く。リアのブレーキにはホイールの回転をチェックするための、小さな歯を持つ歯車のようなものが付いている。(下)ブレーキ関連もすべて、はじめからオリジナルと同様の状態に戻す考え。装着されていたのは、フロントのローターはホール付きのもので、まだ十分に使えたが、これも替える。
GTI本来の14インチホイールは中古の在庫があって、オリジナルの姿へ戻すのになんら問題はない。準備は終わったのである。

(左上)ブレーキ関連は、コストパフォーマンスが高く、絶対的な信頼性が得られているATE製を使う。(右上)完璧を目指す廣岡さんは、リアのパッド&ローターも新品に交換。憂いを残さないためとか。(下)リアの交換は、必然的にハブベアリングの交換も伴う。コストはかかるが、これで安心。
メカニックとしての修行も積んだ廣岡さんは、大抵のことは自分で作業し、直してしまう。その作業自体を楽しむタイプでもあるから、部品が揃ったこれからが夢のような時間ということになる。
「こういうクルマですから、モディファイする必要はまったくないと思います。かえって、オリジナルに戻して希少性をアピールすることが、存在感を際立たせると思いますね」
方向性はきわめて明確。後はただただ、整備に没頭して楽しめばよいわけである。

(左上)シフトレバー下端の樹脂製ボール。これが摩耗でスリ減っていると、ゲート感が失われる。(右上)エンジルーム側のリレーシャフト。この樹脂製ボールもスリ減ると、操作性に問題が出る。(下)ミッションに繋がるロッド関連。樹脂製のジョイント部が割れ、操作不能になることもある。
文化遺産を守ろうという人に共通する考え
このクルマの整備を進めていく過程で、興味深く感じられたのは、このクルマがまさに限定モデルであって、しかもゴルフII最終年の’91年モデルで、IIからIIIの過程にあるということが分かってきたことだという。

(左)ベルト類もすべて交換する。もちろん、一応、要交換と判断したこともあるが、ここまでやってしまうのは、自身がオーナーになった時のことを想定するからという。(右)タイミングベルト、テンションプーリーおよびサービスベルト類の交換は、エンジン・メンテナンスにおける定番中の定番ではある。
たとえば、フロントシート。ほかのGTIと変わらぬレカロ製だが、サイドの張り出しがやや強くなっていて、バックレストにはレカロの文字が入る。上下のみだがパワー付きともなっている。

(左上)ゴルフのオルタネーターは、新品だと8万円以上という高額の部品だ。(右上)ブラシは新品に交換する。ブラシが摩耗してしまうと、まったく発電しなくなってしまう。(下)なるほど、これだけ汚れていれば、ベアリングの問題はともかく、交換したくなる気持ちも分かる。
たとえば、ブレーキがABS付きとなっている点。エンジンルームにはABSの分配器があり、実際にもブレーキ関係を分解し、各輪にブレーキのセンサー、そして細かい歯を持った歯車のような部品を確認すると、ABS付きであることが実感される。IIのGTIで、ABSが標準装着となっているものはないから、まさしくIIIへの移行期にあったモデルであることが分かる。派手なステッカーを持つ外観だけに価値があるのではなく、その内容にも価値があるといえるのである。
こうしたことで改めてその価値を認めざる得なくなると、その後の整備には余計に力が入る。もともと、このクルマをちゃんと復活させるには、走行距離の多いクルマということもあり、少なからず新品部品に交換していかなければならないだろうことは予想、覚悟もしていた。しかし、その価値を認識すればするほど、そうするに相応しい、さらにいえば、そうしなければならないクルマのように思えてきたという。

(左上)取り寄せたリザーバータンクとそのキャップの新品。水漏れは大敵なのである。(右上)サーモスタットは、バルブがちゃんと締まりきらない可能性があって、これも交換。(下)ウォーターポンプは、フィンが金属製のものと交換する。樹脂製は耐久性が問題あり?
もともと、このクルマは個人的な思い入れでキープしてきたこともある。このため、廣岡さんは手元にあった中古部品はもちろん、新品部品もドンドン投入するようになったのである。

(左上)リア側のマウントは、基本構造がIII\同様のものとなっている。IIからIIIの過程にあるクルマといえるのだ。(右上)エンジンマウント3点。最終型GTIのエンジンマウントは、このように通常のものとはかなり異なる。(下)25万km走行車であっても、交換すべきところを交換したなら、ちゃんと元に戻るというのが、廣岡さんの基本的な考え方。ゴルフだから、できることという。
この考え方は、文化遺産を守ろうという人の考え方に共通する。欧州の古城にはオーナーが存在するが、そのほとんどは古城の文化的価値を認識したうえで、「自分たちは一時的に城を預かるだけで、現状を保ったまま後世に残していくことこそが我々の役目」としている。ストラディバリウスなど“名器”とされる楽器を所有する音楽家も、同じことを異口同音に語る。つまり、このファイヤー&アイスをゴルフの歴史上、重要な文化遺産と捉えれば、廣岡さんはその貴重な文化遺産の動態保存を試みていることになる。

(左)プラグやコード、イグニッションコイルまでも、点火系は一気に交換する。これも、本来の気持ちいい吹け上がりを実現するため。(右)ディスビも、キャップ、ローターともども、もちろん交換する。電気はなにしろ大事なのだ。
いま、IIは、輸入車でいえば旧ミニ、国産車でいえばトヨタのAE86(レビン/トレノ)のようなポジションを獲得しようとしている。ひとつのクルマ文化になる可能性が高い。したがって、可能な限り、よい状態のIIを残すことには大きな意義があると思うのだ。
微に入り細に入りの最終仕上げ
今回の一連の動きのなかで、最も驚きだったのは、廣岡さんのコダワリぶりだ。実に細かいところまで、手を入れるのである。

(左上)メカニズム部分の整備が終了、ボディ外観のリフレッシュに入る。幸いにして、このクルマには大きな凹み、傷はなく、軽めの板金と塗装で済んだ。(右上)とはいっても、依頼を受けた板金塗装工場、仲村オートサービスは、もちろん細心の注意を払って作業する。(下)稀少モデルである証のステッカーなどは、もちろん、そのまま残す形にしての塗装となる。これがなくなると、その価値は半減するといっても過言ではないのだ。
ボディ外観の凹み、キズの直しに関しては、もちろん外注となり、旧知の仲村オートサービスに板金塗装を依頼するが、当然ながら、ファイヤー&アイスの外観上の特徴であるCピラーの大型ステッカーをそのまま残すよう注文をつけることは忘れない。
たとえ全塗装をすることになっても忘れられがちな、サイドウインドー水切りの交換も自らが実施する。経年変化で縮んでしまった水切りは、雨水をドア内部に入れてしまい、それがやがて防水ビニールの接着を弱らせて、フロアを水浸しにする可能性がある。

(左上)バンパーにつくフロントウインカーは、誰でも簡単に脱着でき、交換は容易という。(右上)ただし、サイドのウインカーは要注意。外す時にツメが折れて、使えなくなる可能性大。(下)ウインカーレンズ類もオリジナルのオレンジ色のものに交換する。ひたすら、戻すのだ。
だからこそ交換するわけだが、廣岡さんはむしろ水切り自体の汚れを嫌ったフシがある。見栄えも重要ということをいいたいのである。

(左)ボディ同色だったフロントバンパー下のリップスポイラーを外す。ここをボディ同色とした前オーナーの気持ちはよく理解できるが……。(右)超レアな限定モデルだけに、この場合、オリジナル状態であることこそが大事。廣岡さんの考え方には、多くの方が賛同するのではないだろうか。
ファイヤー&アイスという超レアモデルをオリジナルに戻すという、廣岡さんの今回のアクションは、中古車ディーラー、またセレクトショップのオーナーという立場からスタートしたものではない。それができる場所にいたことは事実だが、根っこにあるのはエンスージャストの御しがたい情熱というものだろう。クルマともども、いい感じではないか――。

それにしても、驚くのは廣岡さんのコダワリぶりだ。超レアな限定モデルであるからこそ、オリジナル状態に戻すことが重要と、最終的には、ご覧のように純正の14インチホイールを履かせ、当時そのままの姿の戻したのである。
取材協力=ユーロマジック TEL 06-6840-3269
リポート:小倉正樹/フォト:柴田幸治