
※この記事は2007年9月に発売された「VW GOLF FAN Vol.13」から転載されたものです。
フォルクスワーゲン・ゴルフGTI W12-650
前号で、その登場をお伝えした650psのモンスター・マシン「GOLF GTI W12-650」。そこでも記したように、このモンスターは、単なる“画に描いた餅”ではない。あくまでもショーカーではあるが、実際に走れる性能を有して現実に存在しているのだ。そのパフォーマンスはというと……?
VWグループが誇るハイテクのオンパレード
今年5月、毎年恒例となっているフォルクスワーゲン・ゴルフGTIユーザーの祭典、GTIミーティングに何の前触れもなく現れたモンスター・ゴルフ、GTI W12‐650のインパクトは、サプライズの仕掛け人であるVW自身にとっても想像を遥かに超えたものだったようだ。以来、同社には問い合わせが殺到し、あらためてゴルフGTIというモデルが“特別なゴルフ”であることを再認識させられたという。
さて、このところ欧州で流行のパール・エフェクトのホワイトボディに身を包んで登場したこのスーパーGTI。W12とはいうまでもなくW型12気筒ユニット、650は最高出力を意味し、同社の監査役であるDrフェルディナンド・ピエヒと、会長(社長)のDrマルティン・ヴィンタコーンの鶴のひと声で開発がスタート、わずか6週間で完成に漕ぎ着けたという。
デザインテーマは「GTIはあくまでもGTIに見えなければならない」というもので、幅はスタンダードのGTIより12cm広く、高さは8cmも低いが、それでも同社のデザイナーたちはなんとかGTIのイメージを逸脱しないように努力したという。具体的には、オリジナルのボディラインを崩すような大げさなスポイラーなどの装着を避けたことを意味するのだろう。その結果、エアロダイナミクス、特にリアアクスルのリフト対策は、アンダーフロアの徹底した整流とリアのディフューザー装着で解決したといわれる。
また、コクピット背後へ縦置きにミッドシップマウントされたW12ツインターボユニットの冷却対策としては、フロントの大きなエアインテークのほかにルーフ後端や、幅広のCピラー直前にリアウィンドーを内側に押し込むことで設けたインテークから行なわれる。しかし、それでもエンジンの冷却とインテークの呼吸量は間に合わないと判断したのか、一見してスランディングルーフのように見えるカーボン製ルーフの直後にもインテークが設けられている。

エンジンは6LツインターボのW12をミッドシップにマウント。そこから650ps/6000rpm&76.5kg-m/4500rpmというパワー&トルクを叩き出すだけに発熱量は相当なものらしく、巨大なファンに加え、大小のエアインテークが各所に設けられている。
また、650ps/6000rpmと76.5kg‐m/4500rpmを発揮する、ベントレー・コンチネンタルGT用をベースとしたW12ツインターボに組み合わされるトランスミッションは6速ATで、これを含むドライブトレインはすべてフェートンからの流用。さらに、このハイパワーユニットと駆動系を支えるサブフレームはアウディR8のそれを、リアのダブルウィッシュボーン・サスペンションはランボルギーニ・ガヤルドのそれから調達するなど、まさにグループを挙げてハイテクを結集。シャシー系でいうと、フロントサスペンションのみゴルフGTIのマクファーソン・ストラットが残されているという具合だ。
また、ディファレンシャルにはガヤルドのものが組み込まれているが、パワーはフロントへは伝えられずリアアクスルのみを駆動。つまり、駆動レイアウトは4WDではなく、なんとMRとなる。
VWによれば、このオリジナルの3倍以上のパワーを与えられたGTI W12‐650のパフォーマンスデータは、0‐100km/hがわずか3.7秒、最高速度は325km/h。そして、これは机上の計算ではなく実現可能なスペックであり、現実に達成していると思われた。なぜなら、VWのホームページに、このクルマが単なるスタディモデルではない証拠として、実際にタイヤスモークを上げている画像が掲載されていたからだ!!

大型化されているとはいえ、ゴルフのボディに650psは明らかに過剰。それを4WDでもFFでもなくMRで駆動する。その素性だけでも、このモンスターがいかにじゃじゃ馬かがうかがい知れる。しかも、ESPはダミーだし……。
張り子の虎ではないそのスペックは現実!!
これを見たリポーターはすぐにVW本社とコンタクトを取り、ほどなくして「ベルリン郊外のクローズドコースを占有したので、そこでお楽しみ下さい」というありがたいメールが届いた。このコースは、旧ソ連の軍用飛行場跡に作られたもので、現在はミシュランが所有する広大なスペースだ。
当日、現地でリポーターを迎えてくれたのは、開発を担当したゼマル・スウェナー氏とデザイナーのマーク・リヒテ氏で、まずはメカニックから簡単な車両のインストラクションを受ける。それによると、このモンスターゴルフ、普通に走らせるだけなら特別な操作やテクニックは必要ないとのこと。ただし、ダッシュボード上にあるESPのオン/オフ・スイッチはダミーで、実際には作動しないことが告げられる。この時、確かに彼はニヤリと微笑み、リポーターに軽くウインクしてみせた——。
時間も限られているので、早速ヘルメットを被り、ホワイトでトリミングされたレーシングシートに身を任せる。ただし、セーフティベルトは量産型と同じ3点式である。それにしても、エアコンが省かれたキャビン内は暑い。すでにメカニックの手でエンジンとタイヤのウォーミングアップは済ませてあり、即スタート可能な状態だったため、躊躇なく走り出すことに。一刻も早く、キャビンにフレッシュエアを入れたかったのだ。
まずは、6速ATのDレンジに入れてスタートする。本当は1速と2速ではパワーを絞っているはずだが、それでも1速ではアクセルを踏み込んだだけで、リアタイヤはまるで凍りついた路面を掻くかのようにスピン。そこで、わずかにスロットルを緩めて2速にシフトアップするが、そっと右足に力を込めただけでまたスピンという有様だ。前述のとおりESPが装備されていないため、リアタイヤはグリップを失って路面状況に敏感に反応し激しく左右に泳ぎ出す。まるで、モンスターとダンスをしているような気分である。
だからもう、ご想像どおりコーナーではスロットルとステアリングとの格闘となる。それでもダイレクトかつシャープなステアリングは正確そのものだから、テールのスライド量に合わせてステアリングアングルを変えていけば、比較的容易にカウンターステアを当てながらコーナーをクリアしていくことができる。もっとも、こんなことをしていてはタイムをロスするばかりだが……。
続いて、果てしなく長いストレートに向かい、あらためて深呼吸をして右足に力を込める。後方から金属的なノイズと豪快なサウンドがヘルメットを通して耳に届くのと同時に、1700kgのラビットはライオンに追い立てられるかのように猛然と駆け始める。すると、180km/h、200km/h、250km/h、そして300km//hと、スピードメーターの針はまるで別次元の出来事のように上昇を続ける。懸念していたスタビリティも、速度を上げるに従ってグンと安定感を増し、ステアリングに軽く手を添えているだけで、全長わずか4.2mのスーパーGTIは路面に吸い付くように突き進んでいく。これならば、325km/hも現実的な世界だろう。
確かに、このゴルフGTI W12‐650は、冒頭に紹介したGTIミーティングのための“客寄せパンダ”ではあったが、その正体はぬいぐるみのパンダでなく、実にエキサイティングなホンモノのパンダだった! しかも、VWによれば、もし今後注文が殺到するようなことがあれば生産を検討してもいいという。というのは、このスーパーGTI、ボディを除く各パーツは決して特別に開発されたものではなく、すべて同社のストック棚に並んでいるもので、必要とあらばそこからすぐに調達できるというわけだ。もちろん、スーパースポーツ並みのプライスタグを覚悟せねばならないのは間違いないが——。
リポート:木村好宏/フォト:アヒム・ハルトマン