アルピーヌ初の”量産市販車”として知られるA106ミッレ・ミリア。そんなクルマと暮らしている生粋のフランス車フリークのガレージに収まる相方は、ある意味究極の組み合わせと言えるかもしれない。
フランス生まれの小さなヒストリックカーと競技用ロードバイク
流麗な軽量FRPボディを纏ったアルピーヌA106。そのボディ・サイズは3700×1450×1270mmと、小さく、低い。
ご存知の通りモータースポーツ発祥の地はフランス。1894年のパリ-ルーアン間、126kmの公道で行われた競技大会が、史上初の自動車レースだ。ちなみにこのレースのヒントとなったのが、1891年に第1回目が開催された、パリ−ブレスト−パリ間の1200kmを走破する自転車による長距離レースといわれている。この”パリ−ブレスト−パリ”は、世界最古の自転車イベントとして知られ、自転車乗りにとっては大いなる憧れだそうな。
さて、自転車ではなく自動車のレース。その後急速に自動車の速度が上がるにつれ、公道を使ったレースでは必然的に参加者やギャラリーの間で事故が多発するようになる。事を重く見たフランス政府は1903年、公道でのレースを禁止する措置をとる。そのことによって各地にクローズド・サーキットが生まれるのだが、ここでもまたフランス的な展開。自動車の実用性と信頼性の向上を目的に、1923年には第1回ル・マン24時間レースがはじまるのだ。当時としては前代未聞の試みだったろうが、今では世界最高峰のモータースポーツ・イベントのひとつとなっているのはご存知の通り。
さらに付け加えるならば、パリ-ダカールに代表されるラリーレイド、そしてフランス全土を舞台に繰り広げられる自転車競技の『ツール・ド・フランス』も、彼の地が発祥。こんな歴史を思い起こすにつけ、”フランスと言えば長距離レース”。クルマも、そして自転車も。
ベースとなったルノー4CVのパーツをうまく流用しながらも、スポーツカーらしさが演出された室内。
1950年代初頭、ルノーのディーラーを営んでいたジャン・レデレは、チューニングしたルノー4CVを駆ってツール・ド・フランスやモンテカルロ、ミッレミリアなどに積極的に参戦し、やがてルノー4CVをベースに独自の”スペシャル”の制作に至る一連の逸話。皆さんよくご存知の通り、これがアルピーヌのルーツである。モータースポーツへの参戦を目的に、クルマに魅せられた若者がバックヤード・ビルダーからメーカーへと成長する。それはちょうど英国のC.チャップマンがオースチン・セブンをベースにしたスペシャルから始まってロータスを立ち上げたヒストリーにも通じるが、ジャン・レデレはもともとルノーのディーラーを営んでいたという経緯もあり、当初からメーカーとの関係は緊密で、そのボディも当初からミケロッティがデザインを手掛けるなど、早くから”商品”としての完成度は高かったように思える。
そんな背景のもと、アルピーヌ初の量産市販車としてA106ミッレ・ミリアがリリースされたのは、1955年のパリ・ショー。ルノー4CVのプラットフォームを強化し、流麗なFRPの軽量ボディを纏ったA106。その車名はベースとなったルノー4CVの形式名”R1060″から。ミッレ・ミリアは、前年の同名レースでクラス優勝を果たしたことから命名されたものだ。その後の106、108、110へと至るモータースポーツでの華々しい活躍は、ここに記すまでもないだろう。
走るために生まれた”つがい”の潜むガレージ
取材日当日の朝、軽やかな排気音と共に現れたアルピーヌA106ミッレ・ミリアは1957年式。オーナーのOさんはアルピーヌのオーナーズ・クラブ『Berlinette Hakone’ Club』の重鎮で、生粋のフランス車フリーク。仕上ったばかりのA106は、御覧の通り素晴らしいコンディションだ。
「もちろんアルピーヌの持つヒストリーや個性に魅かれているから、”モノ”としても大好きなのですが、さらに言えばそれを駆って走る”コト”に、より大きな魅力を感じています。実はクルマの年間走行距離よりも、もうひとつの趣味のノリモノである自転車の方がより多く走っています。年間1万km以上は走るんですよ。いずれフランスの自転車のイベントにも参加したいと思っています」
クルマも自転車も、機材そのものを”モチーフとして愛でる”のではなく、”使い倒すこと”がキモ。彼の地の合理性に共感するフランス車フリークが趣味を突き詰めると畢竟、クルマとのつがいとして自転車に行き着くのも十分にうなずける。フランス生まれの小さなヒストリックカーと競技用ロードバイク(自転車)という”つがい生活”を楽しんでいるOさんのスタンスをみて、あらためてそんな思いを強くしたのである。
各地のラリーやレースの750ccクラスで活躍したA106。オイル・キャップに鋳込まれた”Alpine”のロゴに新興メーカーの心意気を感じる。