そのボディ。'66と'67、どちらか一方しかキット化できないとしたら?という社内からの問いに対し、悩んだ末に'66との答えを出したこのキットのプロジェクト責任者はジョン・ミューラー。AMTアーテル時代のアメリカンカープラモを支え、数々の傑作キットを生み出した男である。 photo:服部佳洋、羽田 洋、畔蒜幸雄、秦 正史 記事にもどる