コラム

【インタビュー】ブランド戦略からBEVの未来まで、メルセデス・ベンツ日本 社長 兼 CEOのゲルティンガー氏が描くビジョンとは?

2024年9月1日よりメルセデス・ベンツ日本 社長 兼 CEOに就任したゲルティンガー剛 氏。G 580 with EQテクノロジー発表会で登壇を終えたゲルティンガー氏に、同社の目指す未来と、氏が描くビジョンについて話を伺った。

メルセデスとの関わりは学生時代のインターンから

パリ五輪で注目を浴びたShigekixをはじめとするブレイカーたちが踊るステージに、音もなく近寄る一台のG 580 with EQテクノロジー。動きを止めると、ブレイカーたちに負けずとばかりに、その場で「Gターン」をキメる。そんなG 580から降り立ったのは、この9月にメルセデス・ベンツ日本(以下、MBJ)の社長兼CEOに就任したゲルティンガー剛氏だ。
「私にとってメルセデスは憧れの存在でした。特にスポーティな190EエボやガルウイングのSL、Gクラスといったアイコニックなクルマが好きでしたが、まさか自分がそこに関わるとは夢にも思っていませんでした」と話す。

メルセデス・ベンツ日本 社長 兼 CEO:ゲルティンガー剛 氏/2007年にメルセデス・ベンツ日本へ入社後、販売店部、商品企画部、社長室、CRM、アフターセールス・マーケティング部を担当、2018年10月に同社執行役員に就任。その後、メルセデス・ベンツAG役員のエグゼクティブアシスタント、2021年6月よりカスタマーサービス海外部門ディレクターとしてグローバルでのアフターセールスビジネスの強化に貢献。

そんなゲルティンガー氏は、かつてインターンとしてMBJで働いたことがあるという。そのときは、「MBJ以外にも他の自動車メーカーでインターンを経験しましたが、メルセデス・ベンツは、ブランドとして目指しているところが高いと感じましたね。しかも偏ることなく、全方位でナンバーワンを狙っているという印象でした」と言う。その後、ドイツに活動の場を移した後、日本に戻る際に、かつてのインターン先を転職先に選んだ。

2024年10月23日にG 580 with EQテクノロジーを発表。ゲルティンガー氏は、一充電航続距離などステレオタイプなBEVの話やメリットよりも、オフロード性能を筆頭とするGクラスらしさや“ファン”について熱を込めて語った。

「MBJの社風はとてもオープンで、いろいろな部門で楽しく(インターンとして)仕事ができました。そんなMBJでまた働きたいと思い中途入社をしたのが2007年のことでした」。
MBJではディーラーネットワークの企画や商品企画などを経験。2018年には執行役員に就任。その後、2020年12月からはドイツ本社にて勤務、2021年9月からはカスタマー・サービス海外部門のディレクターを務める。そしてこの9月からは約4年ぶりに日本に戻り、今度はMBJで陣頭指揮を執ることになった。

9年連続純輸入車ナンバーワンあり続ける理由とは?

日本では、2015年以降、9年連続で純輸入新車販売台数ナンバーワンを記録し、2024年もその座を守るのが確実なメルセデス。好調の理由について、ゲルティンガー氏はこう話す。
「日本市場では、現行のAクラスを導入し始めた頃から台数が伸びています。その後もCLAやGLA/GLBといったエントリーモデルやコンパクトセグメントを充実させていったのが、販売台数増加の大きな要因のひとつです。SUVに力を入れてきたことも大きい。加えて、前社長の時代には、開かれたブランドを目指して、スーパーマリオ、オリジナルアニメキャラクター、Perfumeを起用するなど、勇気のあるコミュニケーション施策を打ってきました。このモデル攻勢と大胆なコミュニケーションが相まって、いまのポジションを築くことができたと思います。さらに販売台数が増えると、その分、保有台数やお客様の数が増え、その代替えも多い。いまは80万台くらいの保有台数がありますが、これこそ我々にとって一番の資産だと考えます」

商品企画時代にガルウイングドアが特徴的なSLS AMGを担当したゲルティンガー氏は「各販売店を訪れてプレゼンテーションを行ない、お客様の声も直接聞きました。これまでで一番印象に残っているクルマです」と話す。

もちろん、メルセデスのクルマとしての強みもある。
「基盤となるのは、今も昔もセーフティとコンフォート。このうえに他のすべての要素が乗っています。それはエントリーモデルでも、トップパフォーマンスモデルのAMGでも、究極のラグジュアリーのマイバッハでも変わりません。コンフォートといっても、乗って快適なだけでなく、運転しても疲れないとか、気を遣わずに安心して乗れるということです。一方、ドライバーには路面からのフィードバックを与えることで確実な運転ができるようにしているのも、メルセデスのフィロソフィーです。こうしたところは長年に渡り大事にしてきた部分なので、他ブランドが簡単には真似することができません。BEVになれば、すべてが同じクルマになるのではないかと心配している人もいますが、BEVであってもメルセデスであることに変わりはありません」
EQCの導入以来、EVのラインナップが充実しているメルセデス。このところ、ヨーロッパではBEVの販売減速が伝えられているが、日本での戦略に変化はあるのだろうか。
「日本市場でのBEV比率は2%弱で、我々だけではなく、さまざまなブランドが多様なモデルを投入していますが、それほど販売台数は増えてはいません。一方、国としては引き続きインフラ整備に力を入れていることもあり、これからさらに充実していくでしょう。長いスパンで見れば、BEVの需要が高まる時期が必ずやってくるはずで、我々メルセデスは先行投資を行ない、ラインナップを充実させることで、『メルセデスといえばBEV、BEVといえばメルセデス』というイメージづくりをして、来たる日に備えていると、私はいつも話しています」

BEVは先行投資。需要が高まる時期は必ずやってくる。

PHEV(プラグインハイブリッド)については、「EVへの移行期間にどうしても必要なソリューション」と捉えていて、「新型EクラスのPHEVなら電気だけで100km以上走れますので、家に給電機能があれば、ほぼBEVとして使えます。たまの休みに長距離を走るときに不安ということでPHEVを選んだ人も、実際に使ってみてBEVでも大丈夫とわかれば、BEVシフトは早まってくるとも思っています」
しかし一方で、BEVを押しつけることはしたくないと語る。「お客様を“BEVシンパ”にしようというよりも、いろんなソリューションを体験してもらって、その中から選んでもらうのが一番良いと思っています。人それぞれの好みのなかで、メルセデスが選ばれているのと同じように。そこにどれだけソリューションを提供できるかの勝負だと考えます」
エンジン車については、「2039年には完全にBEVに切り替えますが、それまでは移行期間として、各ラインナップにBEVを設定していきながら、並行してガソリン車やディーゼル車、PHEVを、幅広く提供します」

気になるのが、エントリーモデルやコンパクトセグメントが廃止されるという噂。その真相は?「Aクラスをはじめ、Bクラス、CLA、EQA、EQB、GLA、GLBと全部で7モデルあります。今後、取捨選択はあるかもしれませんが、メルセデスにとってはこれまでどおり重要なセグメントであることは変わりませんので、引き続き力を入れていきたいと思っています」

“心を動かすメルセデス”を目指し挑戦は続く

モデルラインナップの話はメルセデスとしての取り組みだが、それを販売するMBJには、いま何が求められているのだろうか。
「我々MBJはクルマを開発するわけではありませんので、重要な役割となるのは、日本市場をしっかり理解して、本社にそれを正しく伝え、日本市場に適したクルマを提供してもらうこと。そして、その商品を我々がマーケットに導入し、サービスを提供することです。このあたりまえの循環をまずはしっかりやらなくてはなりません。そのうえで、すでにお客様となっている人や、メルセデスを気に留めてくれている人に対して、彼らの心をどれだけ動かせるかに、今後の勝負がかかっていると思っています。たとえば、販売店に足を運んでくださったお客様に対して、挨拶ひとつとっても、お客様が『なんか感じがいい』と思うのと、『杓子定規に挨拶しているだけ』と感じるのとでは大きな差になります。お客様の心を動かすには、常にそれを意識して行動することが大切で、それは販売店のセールスパーソンだけでなく、我々インポーターもそうですし、お客様にクルマを届ける前のPDIを行なう上でも同じなのです。さまざまな仕事に携わるひとりひとりが、どれだけ気持ちを込めることができるかが、きっと差を生み出すと思います」

そして、さらにこう付け加える。
「MBJと販売店の従業員を含めると、それなりの人数の上に立つトップとしては、一番重要なのは“人”だと思います。サービスを提供する側の人たちが、満足して仕事ができる環境がなければ、ブランドが勝ち続けることは難しい。それだけに私としては人にフォーカスしたいと思います。どちらも難しい課題ですが、自分のなかでは、何事も諦めずに、攻めの姿勢でいこうと心に決めています。諦めた瞬間にすべて終わりますし、攻める姿勢を忘れたら、さらなる飛躍はなくなりますからね」 “心を動かすメルセデス”の実現に向けて挑戦を始めたゲルティンガー氏。MBJの舵がどう切られていくのか、氏のこれからの動きに注目したい。

フォト=佐藤亮太 ル・ボラン2025年1月号から転載

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