












メルセデス・ベンツの哲学を紐解く、4つの歴史的マイルストーン
世界有数のクラシックカー・イベント、ペブルビーチ・コンクールデレガンスの開幕を2025年8月14日に控える中、メルセデス・ベンツは自らの革新の歴史を振り返るプレスリリースを発表した。これは単なる過去の回顧だろうか、それとも栄光の舞台で披露されるであろう歴史的車両への布石なのだろうか。メルセデスが光を当てた4つの重要なマイルストーンを、その歴史の足跡に沿って辿ってみよう。
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今なお現役。ヴィルヘルム・マイバッハの発明「ハニカムラジエーター」
物語は、自動車そのものの近代化を決定づけた発明から始まる。今から125年前の1900年9月20日、ヴィルヘルム・マイバッハが開発した「ハニカムラジエーター」の特許が出願された。この発明は、歴史上初の近代的な自動車と評される「メルセデス35hp」の誕生に不可欠なものだった。
当時のエンジン性能は冷却能力に大きく左右されており、強力なエンジンを搭載するには、効率的な冷却装置が必須であった。マイバッハのハニカムラジエーターは、辺長5㎜の四角い真鍮管を蜂の巣のように束ねた構造を持ち、これにより非常にコンパクトな設計でありながら、最大の冷却能力を発揮した。この革新的な冷却システムがあったからこそ、ダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(DMG)は、当時としては驚異的な35hpを発生する4気筒軽金属エンジンを車両に搭載できたのである。
この新技術の優位性は、1901年に開催されたニース・レース・ウィークでメルセデス35hpが収めた圧倒的な勝利によって、早くも証明されることとなった。そして驚くべきことに、このラジエーターの技術的な基本原理は、125年を経た今日においても、依然として現役の技術として受け継がれているのである。
究極のクラフツマンシップが生んだ「走る謁見室」
時代は下り、ブランドがその威信と卓越した製造技術を示す象徴的な一台を製作したのが、60年前の1965年のことである。同年9月9日、ローマ教皇パウロ6世のために特別に製作されたメルセデス・ベンツ600ランドーレットが、カステル・ガンドルフォの夏の離宮で献上された。この車両は、メルセデス・ベンツのジンデルフィンゲン工場にあるテスト部門と生産部門の協力によって生み出された、まさに一点ものの作品であった。
後部には教皇専用のシングルシートが備えられ、これは複数の方向に動かすことが可能だった。さらに、後部フロアはフラットにされ、後席のドアは256mmも延長されるなど、随所に特別な設計が施されていた。快適性を高めるエアコンや、運転手と会話するためのインターコムシステムも装備されていた。
メルセデス・ベンツによる教皇用車両の提供は、1930年のニュルブルク460サルーンから続く長い伝統であり、この600ランドーレットもその輝かしい歴史の一部をなしている。この伝統はその後も続き、1980年にはGクラスをベースにした、透明なドームを持つ通称「パパモビル」が教皇ヨハネ・パウロ2世のために製作されている。
50年前に完成していた、現代に続く運転支援システムの原点
それから10年後の1975年9月、メルセデス・ベンツは現代の我々にも馴染み深い快適機能、「クルーズコントロール」を世に送り出した。今から50年前のことである。これは、指先での簡単な操作で、ドライバーが設定した任意の速度を車両が自動的に維持し続けるアシスタンスシステムであった。操作レバーを引くことで速度を記憶し、上下させることで加速・減速が可能であった。この機能は時速約40km/h以上で作動し、長距離ドライブにおけるドライバーの負担を大幅に軽減した。
この画期的なシステムの導入のきっかけは、速度制限が設けられた広大な高速道路を長距離にわたって走行することが多いアメリカからの要望だった。オートマチックトランスミッションとの組み合わせにより、クルーズコントロールは非常に滑らかで快適な速度制御を実現したのである。
当時、この機能はフラッグシップモデルであった450 SEL 6.9に標準装備され、その他のSクラス(W116)やSL/SLCクーペ(107系)ではオプションとして提供された。この技術は、その後も絶え間なく発展を遂げ、現在では先行車との安全な車間距離を自動で維持する「ディストロニック・ディスタンスパイロット」へと進化している。
「自分だけの一台」を叶える、パーソナライゼーションの先駆け
そして、より現代に近い30年前の1995年11月10日、メルセデス・ベンツは顧客の「パーソナライゼーション」への要求に応える新たな一歩を踏み出した。ジンデルフィンゲンのカスタマーセンターに、最初の「designo」コンサルティングセンターがオープンしたのである。
同年9月のフランクフルトモーターショーで発表された「designo」は、特別な塗装色、高品質な素材、そして多彩なトリムといった何千通りもの組み合わせから、オーナーが自身の好みに合わせて一台を仕立て上げることを可能にするプログラムであった。その多くは熟練の職人による手作業によって実現された。コンサルティングセンターは、顧客が素材やデザインの選択肢を実際に手に取り、詳細に検討できる場を提供し、それまで一部の富裕層に限られていた高度なカスタマイズの機会を、より多くの顧客層に開かれたものにしたのである。
この試みは成功を収め、ベルリン、パリ、ロンドンといった欧州の主要都市にも同様のセンターが次々と開設されていった。こうした個別にデザインされた豪華な自動車の伝統は、ブランドの黎明期まで遡ることができ、その哲学は、今日、「MANUFAKTUR」というプログラムに受け継がれている。
今回振り返ったこれらのマイルストーンは、メルセデス・ベンツが単なる自動車メーカーではなく、常に時代の要請を読み、革新を続けるブランドであることを雄弁に物語っていると言えるだろう。
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