コラム

なぜエンジンがないのに『ターボ』なのか?「タイカンGT」の1108psが物語る、ポルシェの電動哲学

ポルシェ「E-パフォーマンス」の神髄を解き明かす

駆動源が電気に代わっても、ポルシェはそのブランドの魂であるパフォーマンスとエモーションを一切妥協しない。同社初の市販BEVモデルである「タイカン」は、なぜサーキットの連続周回でもその圧倒的な性能を持続できるのか。その答えは、レース由来の800Vシステム、世界初の2速トランスミッション、そしてモーターの常識を覆した独自の巻線技術といった、数々の革新に秘められている。今回は、航続距離や充電時間といったスペックだけでは語れないポルシェ独自のBEV哲学と、その心を揺さぶる走りを支える技術の深淵に迫る。

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電動化してもポルシェをポルシェたらしめる技術

ポルシェが掲げる「E-パフォーマンス」。それは単に内燃エンジンを電気モーターに置き換えることではない。ヘアピン式ステーターから2速トランスミッションに至るまで、駆動システムのあらゆる要素を磨き上げ、効率とドライビングダイナミクスを新たな次元へと昇華させる哲学である。その結果として生まれるのは、新たな基準を打ち立てる電動の推進力に他ならない。フェルディナント・ポルシェの時代から受け継がれるパフォーマンスへの飽くなき探求心は、電動化の時代においても何ら変わることはないのだ。テクノロジーの可能性を細部に至るまで探求し、そのすべてを引き出すというポルシェの精神が、現代のBEV(バッテリー式電気自動車)に脈々と受け継がれているのである。

その技術的な核心のひとつが、駆動モーターの選択にある。ポルシェは、コストが高くとも永久磁石同期モーター(PSM)の採用に踏み切った。非同期モーター(ASM)に比べ、PSMはより高い連続出力を誇り、過熱しにくいという明確なアドバンテージを持つからだ。この高性能なモーターのポテンシャルを最大限に引き出すのが、ポルシェ独自の巻線技術である。

タイカンのフロントアクスルなどに採用される「ヘアピン巻線」は、従来の円形の銅線ではなく、断面が長方形の銅線をU字型に曲げて高密度に配置する技術だ。これにより、ステーター(固定子)内の銅が占める割合(銅充填率)は、従来の約50%から70%近くにまで向上した。同じ設置スペースでより高い出力とトルクを生み出す、まさにコンパクトなパワーハウスである。さらに、銅線同士が密着することで熱伝達が向上し、冷却効率も大幅に改善されるという利点も生む。

この強力なモーターを精密に制御するのが、レースカー「ポルシェ 919ハイブリッド」で培われた800V技術と、その心臓部であるパルスインバーターだ。バッテリーからの800V直流を交流に変換してモーターに供給するこのシステムは、ケーブルの細径化による軽量化と省スペース化、そして何よりも充電時間の大幅な短縮を可能にした。

さらにタイカンは、BEVとして世界で初めてリアアクスルに2速トランスミッションを搭載した。ギア比の低い1速ギアが静止状態からの強烈な加速を担い、レシオの長い2速ギアが高速域での効率とパワーデリバリーを最適化する。この革新的な組み合わせこそ、サーキットでハードな加速を10回以上繰り返してもパフォーマンスが一切衰えない、圧倒的な走行性能の源泉なのである。

しかし、ポルシェの開発者たちは現状の成果に満足することはない。その象徴が、究極のパフォーマンスを追求した「タイカン・ターボGT」である。ターボSが搭載する600Aのパルスインバーターに対し、ターボGTは最大900Aの電流をモーターに送り込む強化版を搭載。さらに半導体材料を従来のシリコンから、スイッチング損失が少ない炭化ケイ素(SiC)に変更することで、効率と連続出力を劇的に向上させた。その結果、ローンチコントロール使用時にはオーバーブースト機能によって最大815kW(1108ps)という異次元のパワーをわずか2秒間発生させることが可能になった。

これほどのパフォーマンスを支えるのが、緻密な計算に基づいたバッテリー戦略である。ポルシェは、単なる航続距離の長さではなく、充電時間を含めた「総移動時間」の短縮を最優先課題とした。ニュルブルクリンクでのシミュレーションなどを通じ、大きすぎず小さすぎない約100kWhのバッテリーサイズが、パフォーマンスと航続距離、持続可能性の最適なバランスであると結論付けたのだ。現行タイカンが搭載する105kWh(グロス値)のバッテリーは、最大320kWという高出力での充電に対応し、10%から80%までの充電をわずか18分で完了させる。また、新しいセル化学によるエネルギー密度の約10%向上や、熱管理システムの最適化により、航続距離は先代比で175km増の約680km(WLTP)にまで達している。さらに、最大400kWに達する強力な回生ブレーキは、日常走行における制動の実に90%を油圧ブレーキなしでカバーし、エネルギーを無駄なくバッテリーに回収する。

ポルシェが電動モデルに「ターボ」や「GTS」といった伝統的な呼称を用いるのは、それが内燃エンジン車と同様に、明確なパフォーマンスレベルを示すヒエラルキーであるからだ。パフォーマンスとエモーション。それこそがポルシェの情熱の根源であり、駆動方式が電気に変わろうとも決して揺らぐことのないブランドの魂なのである。

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※この記事は、一部でAI(人工知能)を資料の翻訳・整理、および作文の補助として活用し、当編集部が独自の視点と経験に基づき加筆・修正したものです。最終的な編集責任は当編集部にあります。

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