
英雄ラマース、伝説のF1カー「ロータス79」と再会
2025年のF1オランダグランプリ開催を目前に控えた8月、オランダの伝説的レーシングドライバー、ヤン・ラマース(Jan Lammers)が、英国ノーフォーク州ヘセルにあるロータスのテストトラックで、歴史的なマシンとの再会を果たした。彼がステアリングを握ったのは、伝説のF1カー「ロータス・タイプ79」。奇しくもそれは、ラマース自身が46年前、F1のシートを得るためにテストドライブを行ったマシンそのものであった。
【画像23枚】46年の時を超えた邂逅。ヤン・ラマースと伝説のF1マシン「ロータス79」、感動の再会を写真で辿る
温かい歓迎と、色褪せぬ伝説のマシン
このロータス79は、単なるF1マシンではない。1978年、天才ドライバー、マリオ・アンドレッティの駆るこのマシンは、ザントフォールトで開催されたオランダグランプリで見事な勝利を飾っただけでなく、その年のドライバーズとコンストラクターズの両方で世界選手権の栄冠に輝いた、モータースポーツ史に燦然と輝く一台なのである。
2025年8月、ラマースがヘセルに到着すると、彼はロータスファミリーの尊敬される一員として温かい歓迎を受けた。彼がロータスに在籍していた当時に共に働いたメカニックやエンジニアも駆けつけ、心からの歓迎で迎えられた。ラマースの目の前に現れたのは、アンドレッティが1978年のタイトルを獲得した、象徴的な黒と金のジョン・プレーヤー・スペシャル(JPS)カラーをまとったロータス79コスワースであった。その姿は、ロータスがF1を席巻した時代の鮮やかな記憶を呼び起こさせるものであった。
地に吸い付くマシン――F1を変えた「グラウンド・エフェクト」
ロータスというブランドは、F1において数々の技術革新の先駆者として知られており、その多くは現代のF1マシンにも不可欠な要素として受け継がれている。1957年のシーケンシャルギアボックスの初採用、1966年のエンジンをシャシーの構造部材とする「ストレスマウント」方式、1979年のリアディフューザー導入、そして1981年にF1で初めて採用されたカーボンファイバー製モノコックなど、その功績は枚挙にいとまがない。今では当たり前となったマシンへのスポンサーロゴの掲載を始めたのもロータスであった。
しかし、ロータスの最も有名な技術革新は、間違いなく「グラウンド・エフェクト」であろう。この技術は、マシン下部の気流を加速させることで負圧を発生させ、マシンを強力に路面へ吸い付けるという画期的なものであった。この原理はロータス・タイプ78で初めて導入され、このタイプ79で完成の域に達した。その効果は絶大であり、タイプ79は1978年のデビュー戦となったスパ・フランコルシャンで、マリオ・アンドレッティのドライブによりいきなり勝利を収めた。アンドレッティはそのシーズン、さらに5つの勝利を重ねることとなる。
その中でも特に記憶に残るのが、ザントフォールトでのオランダグランプリであった。このレースでアンドレッティは優勝し、さらにチームメイトのロニー・ピーターソンが2位でフィニッシュ、ロータスは見事なワンツー勝利を飾ったのである。この圧倒的な強さにより、アンドレッティはドライバーズチャンピオンシップを、ロータスはコンストラクターズタイトルをその手にした。
大切に保管されていた手書きのテストノート
この栄光から一年後の1979年10月24日と25日、同じタイプ79のシャシーが、今度はマルティニカラーをまとい、フランスのポール・リカール・サーキットに用意された。ステアリングを握ったのは、ロータスのファクトリーチームにおけるF1シート獲得を目指す若きヤン・ラマースであった。彼はこのマシンでテストに臨んだが、最終的にそのシートはイタリア人ドライバー、エリオ・デ・アンジェリスのものとなった。
今回のヘセル訪問で、ラマースはクラシック・チーム・ロータスを率いるクライブ・チャップマン(ロータス創設者コーリン・チャップマンの息子)と共に、自身のタイプ79での初走行を振り返った。そこでラマースを驚かせたのは、1979年のポール・リカールでのテストの際に彼自身が記した手書きのノートが、大切に保管されていたことであった。この記念すべき再会を祝い、クライブ・チャップマンは、ロータスがザントフォールトで飾った有名なワンツー勝利を記念した絵画をラマースに贈呈した。
もちろん、この日はただ思い出に浸るだけでは終わらなかった。ラマースはJPSカラーのタイプ79に乗り込み、ヘセルのテストトラックで数ラップを走行したのである。走行後、ラマースは「私のF1時代やGTプログラムで知っているロータスの人々と再会できたのは、本当に楽しかった」と語った。
過去から未来へ。ロータスのDNAはEVに受け継がれる
ロータスはF1から撤退して久しいが、ザントフォールトにおいては今なお最も成功したマニュファクチャラーの一つであり、通算6勝を記録している。特にジム・クラークは、1963年、1964年、1965年、1967年に4度の勝利を挙げ、サーキットの最多勝記録を保持している。その他、1970年にはオーストリアのヨッヘン・リントが、そして1978年にはマリオ・アンドレッティがロータスに勝利をもたらした。
ラマースは今回の訪問で、もう一台の特別なマシンにも対面した。それは、ジム・クラークが1965年にF1世界チャンピオンとインディアナポリス500優勝という、未だ破られていない偉業を達成したマシン「ロータス・タイプ33」であった。この歴史的なマシンは近年ロータスによって完全にレストアされ、再び走行可能な状態にされており、ラマースにとってハイライトの一つとなった。
さらに、ラマースは過去のマシンだけでなく、現代のロータスの象徴ともいえるハイパーカーも体験した。ロータスが彼にキーを託したのは、2039psという驚異的なパワーを誇る、世界で最もパワフルな量産EV「エヴァイヤ」である。0-100km/h加速は3秒未満、最高速度は350km/h(リミッター作動)という、まさに電撃的なパフォーマンスを発揮するこのマシンで、ラマースはヘセルのトラックを数周ドライブし、深い感銘を受けた。
ラマースは次のようにコメントしている。「当時の圧倒的に支配的だったF1マシンと、現代のロータス・エヴァイヤ・ハイパーカーが、性能やハンドリングの点でほとんど互角であるという事実は、自動車産業全体の進化を示しています」。
伝説のドライバーと栄光のマシン、そして最新のハイパーカーとの邂逅は、ロータスの豊かな遺産と、未来に向けた革新への意志を改めて示す一日となったのである。
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