


























70年代の空気を纏う2009年式。ドバイの砂漠で実現した、過去と未来の美しい競演
2025年11月24日、ドバイ・デザイン・ディストリクトで開催された中東最大の自動車フェスティバル「アイコンズ・オブ・ポルシェ」は、3万人を超えるファンの熱気で沸き返った。この祭典の主役は、デジタルワールドプレミアを終え、実車として初めて砂漠の地に降り立った新型EV「カイエン・エレクトリック」である。しかし、その晴れ舞台の隣には、未来を担う新型の門出を祝福するかのように、もう1台の主役が静かに、しかし強烈な存在感を放って鎮座していた。それは、メーカー自らの手で新車同然に蘇り、“70年代の空気”を纏った「初代カイエン」だ。なぜ今、ポルシェは過去の遺産にこれほどの情熱を注いだのか。その特別な1台の物語を紐解く。
【画像27枚】細部への執念は“狂気”の域。ポルシェ公式が本気で仕立てた「再生カイエン」の全貌
“70年代のバイブス”を求めた挑戦
新型EV「カイエン・エレクトリック」のデビューに花を添えたこの初代カイエンは、単に保存状態が良いだけのクラシックカーではない。米国の起業家であり、情熱的なカーコレクターとしても知られるフィリップ・サロフィム氏の依頼により、ポルシェの特別注文部門「ゾンダーヴンシュ(Sonderwunsch)」が手掛けた、極めて野心的なプロジェクトの結晶である。
ベースとなったのは、走行距離約8万5000kmを刻んだ2009年式の「カイエンGTS」。サロフィム氏がポルシェに持ち込んだリクエストは非常に具体的かつユニークなものだった。彼は「911スピリット70」のルックスに感銘を受けており、自身のカイエンにも“1970年代のバイブス(雰囲気)”を求めたのである。さらに彼には、このクルマでドバイ近郊の広大なルブアルハリ砂漠を、巨大なエアストリーム(キャンピングトレーラー)を牽引して旅するという壮大な夢があった。

この夢を叶えるため、ポルシェはカイエンとして史上初となる「ファクトリー・リコミッション(工場再生)」を実施した。これは通常、カレラGTのような希少なスーパーカーやクラシックモデルに対して行われる極めて手厚いプログラムだ。ポルシェのカスタマイズおよびクラシック担当副社長アレクサンダー・ファビグ氏は、「16年前のカイエンを新車状態に戻し、完全にユニークな1台に仕上げることは、愛好家の夢がいかに多様であるかを示しています」と語り、このプロジェクトがカイエンのアイコンとしての地位を再確認させるものだと強調する。
砂漠と調和する「ブラックオリーブ」の装い
再生されたカイエンGTSのエクステリアは、オーナーが求めたレトロな世界観を忠実に再現している。ボディカラーには、ペイント・トゥ・サンプル(PTS)プログラムから選ばれた「ブラックオリーブ」が採用された。光の加減で表情を変えるこの深みのある色調は、砂漠の風景と絶妙なコントラストを描き出す。一方で、ボディ下部やアロイホイールはマットブラックで仕上げられ、SUVとしての力強いオフロードキャラクターが強調された。足元にはトラクションを向上させるための粗いトレッドパターンのタイヤが装着され、リアにはエアストリームを牽引するための米国仕様の角型レシーバーシステムを備えたトウバーがレトロフィットされている。

インテリアの仕上がりもまた、精緻でアーティスティックだ。室内は上質な「イングリッシュグリーン」のレザー(レザー・トゥ・サンプル)で覆われ、シートセンターやドアトリムには、ポルシェの歴史的アイコンである「パシャ(Pasha)」柄のファブリックが採用された。ブラックとオリーブで織りなされたこの幾何学模様は、大きさの異なる長方形を巧みに配置することで視覚的な「動き」を生み出している。さらに助手席側やドアのトリムストリップ、ドアオープナーには明るいブラッシュドアルミニウムが使用され、高貴なコントラストを演出。グローブボックスの内側に至るまでパシャ柄があしらわれるなど、細部へのこだわりは狂気じみていると言えるほどだ。
20年の時を超えた「ビスポーク」の共演
こうして蘇った「世界に1台の初代カイエン」は、最新鋭の「カイエン・エレクトリック」と並ぶことで、より深い意味を帯びることとなった。片や、オーナーの夢を形にするために職人が手作業で再生した内燃機関の傑作。片や、1156psという驚異的なパワーと、13色の外装色や豊富なインテリアオプションを備え、現代におけるカスタマイズの極致を示すフル電動SUV。

ドバイの地で実現したこの新旧カイエンの邂逅は、ポルシェにおける「個別化(Individualisation)」の歴史と未来を象徴している。新型カイエン・エレクトリックもまた、初代が切り拓いた道を歩み、顧客一人ひとりの好みに合わせたビスポークが可能であることを高らかに謳っているのだ。ファクトリー・リコミッションによって時を超えた魅力を手に入れた初代モデルは、電動化という新たな時代へ踏み出す新型に対し、「ポルシェであれば、どんな夢も形にできる」という確信と祝福を与えているように見えた。
砂漠の摩天楼で交錯した2つのカイエンの物語。それは、駆動方式が変わろうとも、ポルシェが提供する「自分だけのクルマを作る喜び」は不変であることを、世界中のファンに約束する祝祭となったのである。
【ル・ボラン編集部より】
ポルシェが「稼ぎ頭」であるカイエンの電動化という歴史的転換点に、あえて初代の再生モデルを並べた意味は深い。それは単なるノスタルジーではなく、「駆動方式が変わろうとも、我々は顧客の夢(ゾンダーヴンシュ)を叶えるメーカーだ」という強烈な宣言に他ならない。最新の「カイエン・エレクトリック」がどれほど先進的な「魔法の絨毯」のような乗り心地を手に入れようとも、内燃機関の鼓動と個人の夢が交錯するこの初代の深みは、一朝一夕には模倣できない、ポルシェの哲学そのものを体現している。電動化時代、スペック競争の先にある真価を問う意味で、この新旧の共演はあまりに示唆に富んでいる。
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