シュトゥットガルトが描く「王者の定義」
メルセデス・ベンツ「Sクラス」。その名は単なるモデル名を超え、常に時代の自動車工学とラグジュアリーの頂点を示す指標であり続けてきた。現在、シュトゥットガルトが描いている次期型の構想は、単なるフラッグシップのモデルチェンジという枠組みには収まらない。それは、電動化の過渡期における最適解を示し、ライバルたちが去りゆくセダン市場において、改めて「王者の定義」を確立しようとする野心的な試みである。
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デザイン言語:伝統と先進の融合
メルセデス・ベンツが2025年11月に公開した、新たなデザインスタディ「ビジョン・アイコニック」で示されたデザイン言語は、次期Sクラスにおいて現実のものとなりそうだ。SUGAR DESIGNの協力のもと描かれたレンダリングCGは、次世代のフラッグシップが纏うであろう空気を鮮烈に可視化している。
最大のトピックは、フロントマスクの劇的な進化だ。かつては冷却という物理的要請のみに従っていたグリルは、イルミネーションを纏うことでブランドのアイデンティティを主張する「デジタル・フェイス」へと昇華された。大型化されたグリルとアグレッシブなインテーク、そして鋭利なヘッドライトのコンビネーションは、威圧感よりも知的な空力処理を感じさせ、セダンでありながらクーペライクなダイナミズムを内包している。

次期メルセデスベンツSクラス
サイドビューにおいては、力強いフェンダーラインと無駄を削ぎ落とした面構成が同居し、クラシックな重厚感とモダンな軽やかさを巧みに融合させている。リアセクションに見られる流麗なルーフラインとスリムなLEDテールライト、そして控えめなディフューザーは、このクルマがショーファードリブンであると同時に、極上のグランドツアラーであることを無言のうちに語っているようだ。マイバッハを彷彿とさせるツートーンカラーの仕上げは、その格式をさらに高める要素となるだろう。
インテリア:アールデコとハイテクの再解釈
インテリアに関してはまだ推測の域を出ないものの、情報の断片からは「デジタル偏重からの揺り戻し」と「伝統への回帰」が見え隠れする。アールデコ様式を現代的に再解釈した意匠と、最先端のマテリアル、そしてテクノロジーの融合。そこには、単にスクリーンサイズを競うのではなく、空間としての質を問う姿勢が窺える。ヨーク型ステアリングの採用や、自動運転技術のさらなる拡張は、ドライバーとクルマの関係性を再定義する次世代のユーザーエクスペリエンス(UX)への布石となるはずだ。
パワートレイン戦略:EQSの教訓と「ひとつのS」への統合
特筆すべきは、メルセデスが下したパワートレインへの決断――すなわち、内燃機関(ICE)と電気自動車(EV)の両立が公式に発表されていることである。これは、商業的に苦戦を強いられた「EQS」という実験を経て、次期型ではSクラスというひとつの傘の下で、パワートレインを自由に選択できる体制へと移行することを意味する。伝統的なエンジンの鼓動を求める層と、静寂なEV体験を求める層の双方を、ひとつの頂点モデルで満たす。これこそが、過渡期におけるラグジュアリーブランドの現実解であり、メルセデスの柔軟な戦略転換を象徴している。
市場環境:孤高の存在へ
Sクラスを取り巻く競争環境も、かつてない局面を迎えている。アウディ「A8」やレクサス「LS」といった好敵手たちは、セダンというフォーマットに見切りをつけ、新たなボディタイプや市場へのシフトを模索し始めた。特にレクサスが3列シートの高級バンへと軸足を移しつつある現状は、セダン市場の縮小を如実に物語っている。
結果として、次期Sクラスが対峙するのは、同じく内燃機関とEV(i7)をラインナップするBMW「7シリーズ」のみとなる公算が高い。多くのブランドがセダンから撤退戦を演じる中、あえてその王道を突き進むメルセデス。現行W223型の2026年に予定される大幅改良を経て、2020年代後半に登場する次期モデルは、ライバル不在の荒野において、改めて「ラグジュアリーセダンこそが自動車の頂点である」という事実を証明することになるだろう。
【ル・ボラン編集部より】
巨大なグリルに賛否はあるだろうが、王者の顔には常に威厳と論争がつきまとうものだ。むしろ注目すべきは、EQSで分けた系譜を再び「S」の名の下に統合するという英断である。電動化の過渡期において、内燃機関の官能とEVの静寂、その双方を「ひとつの頂点」として提示する姿勢こそ、ライバル不在の荒野を行くメルセデスの矜持と言えるだろう。孤高の独走がもたらす新たなセダンの地平に、期待せずにはいられない。






