東アフリカ・サファリ・クラシック・ラリー2025
ポルシェは2025年12月17日、著名な映像作家でありレーサーでもあるジェフ・ズワートが、東アフリカ・サファリ・クラシック・ラリーを完走したと発表した。70歳を迎えたズワートにとって、空冷ポルシェ911を駆り、地球上で最も過酷とされるこのイベントに挑むことは、高校時代からの長年の夢だったという。灼熱の大地、泥濘、そして野生動物が待ち受ける2220kmの道程は、彼自身が「これまでで最も困難なイベント」と語るほど壮絶なものであったが、そこには冒険の原点とも言える情熱と、亡き友への想いがあった。
【画像19枚】泥にまみれた空冷911こそ美しい。満身創痍でアフリカの大地を駆け抜けた「戦うポルシェ」の勇姿
パイクスピークの伝説、再び。ジェフ・ズワートが70歳で挑んだ究極のヒストリック戦
ジェフ・ズワート(Jeff Zwart)といえば、数々の受賞歴を持つコマーシャル監督としての顔を持つ一方、パイクスピーク・ヒルクライムでのポルシェによる力走や、空冷ポルシェの世界的祭典「Luftgekühlt(ルフトゲクールト)」の演出家としても知られる人物である。
普段の彼はコロラド州の牧場で、愛するバーニーズ・マウンテン・ドッグや美しいポルシェ、そして息をのむような雪景色に囲まれ、その様子をオンラインで共有しながら穏やかな時間を過ごしている。70歳という年齢を考えれば、彼の「やるべきことリスト」に残された項目は多くないように思えるかもしれない。しかし、彼の中にある冒険への渇望、とりわけ50年以上前に抱いたある夢だけは、決して消えることがなかった。

彼が今回挑んだ「東アフリカ・サファリ・クラシック・ラリー」は、その起源を1953年にまで遡る。エリザベス女王の戴冠式を祝して創設された「東アフリカ・サファリ・ラリー」は、ケニア、ウガンダ、タンザニアをまたぎ、参加者を極限まで追い込むことで自動車界にその名を轟かせた。2003年にクラシックカー愛好家向けに再編された現代のイベントもまた、2年ごとに開催され、その「世界で最も過酷な自動車イベント」というDNAを色濃く受け継いでいる。ズワートにとって、高校生の頃に記事を読んで憧れ続けてきたこの舞台に、自身の学生時代と同じ時代のクルマで立つことは、半世紀越しの夢の実現であった。
予測不能な2220km。野生動物と悪路が牙を剥くアフリカの大地
今回のラリーは9日間に及び、競技区間だけで2220kmを走破するという過酷極まるものであった。ディアニ、ボイ、アンボセリといった野生の土地を駆け抜けるルートは、雄大なキリマンジャロを背景にしつつも、ドライバーには一切の容赦をしなかった。灼熱の暑さは容赦なく体力を奪い、泥、埃、水が絶え間なく襲いかかる。さらに、コース上にはシマウマやラクダ、ゾウといった野生動物たちが唐突に姿を現し、ドライバーとコ・ドライバーの集中力を極限まで試すこととなった。

「1970年代、このイベントは世界で最も難しい自動車イベントと考えられていましたが、それが簡単になったとは思えません」とズワートは語る。路面は荒れ、速度域は高く、環境は予測不能。しかし、彼はその過酷な状況下にあっても、他の競技者やサポートクルーとの連帯感、そして何より「クラシック911の中にいる」という事実に、まるで家にいるかのような安らぎを感じていたという。
トランスミッション崩壊の危機。それでも空冷フラットシックスは止まらない
ズワートがステアリングを握った初期のFシリーズのポルシェ911には、スペアパーツや工具が満載されていたが、アフリカの大地は想像以上に過酷だった。3日目にはサスペンションにダメージを負い、さらにゴール前日となる8日目にはトランスミッションに重大なトラブルが発生した。この故障により、彼らはステージの約40kmという長い距離を、なんと1速ギアのみで走行することを余儀なくされたのである。

それでも、空冷911は止まらなかった。ズワートは「クルマは信じられないほどの打撃を受けました」と振り返るが、最終的にビーチで行われた表彰式に向けてフィニッシュラインを越えた際、クルマが最高のコンディションで走っていたことに驚嘆したという。毎日直面する困難に対し、911がいかにうまく対処してくれるかという驚きは、彼にとって特別な体験となった。チームによる献身的な整備と、マシンの持つ強靭さが、彼らをゴールへと導いたのだ。
コ・ドライバーは故ケン・ブロックの相棒。円環を閉じるための挑戦
今回の挑戦において、ズワートにとって技術的なパートナー以上に特別な存在となったのが、コ・ドライバーのアレックス・ゲルソミーノである。彼は、2022年にこのイベントに参加した故ケン・ブロックのコ・ドライバーを務めていた人物だ。
ズワートは、かつてケン・ブロックと交わした会話を鮮明に記憶している。「ケンがこのラリーがいかに素晴らしいかを語ってくれたのを覚えています。『ジェフ、君もやるべきだ』と彼は言いました」。ケン・ブロックの言葉に背中を押され、彼の信頼するパートナーであったゲルソミーノと共にこの地に立てたことは、ズワートにとって一種の運命的な巡り合わせであり、「円環が閉じた」ような感覚をもたらした。その体験は、二人にとって時として非常にエモーショナルなものとなったという。

今回のラリーには約60台がエントリーし、その半数以上がシュトゥットガルト・ツッフェンハウゼン生まれのクラシック911であった。優勝は英国の耐久レーサー、ハリー・ハントとそのコ・ドライバーであるスティーブ・マクフィー(彼らも911をドライブした)が手にしたが、ズワートとジェルソミーノのペアも、度重なるトラブルに見舞われながらも最小限のタイムロスに留め、総合17位で見事に完走を果たした。
総合17位完走。クラシック・ポルシェが証明した「走る・曲がる・止まる」の真価
チームによる超人的な努力と、仲間たちとの絆を経て、ズワートはこの挑戦を「一生に一度の冒険」と表現した。疲れきってはいるものの、高揚感に包まれた彼は、「間違いなくこれまでで最もタフなイベントでしたが、多くの面で挑戦しがいがあり、参加して本当に良かった」と振り返る。
灼熱と湿気に満ちたアフリカでの激闘を終えた70歳の冒険家は、今、コロラドの自宅に想いを馳せている。「これほどの暑さと湿気の後は、雪の中に戻れるのが嬉しいよ」。そう語る彼の表情は、過酷な「宿題」をやり遂げた満足感に満ちていたことだろう。

【ル・ボラン編集部より】
昨今、992型「911ダカール」の登場で再評価されるポルシェのラリー遺伝子だが、その真髄はカタログスペックではなく、こうした泥臭い冒険譚にこそ宿る。70歳のズワートが満身創痍の空冷モデルで荒野を駆ける姿は、ポルシェが単なる工業製品を超え、人生を共にする「相棒」であることを雄弁に語る。40kmを1速で走り切るという荒行も、裏を返せば「それでも止まらない」という設計思想の勝利だ。効率や快適性が優先される現代において、不便やトラブルさえも物語として楽しむ彼の流儀は、我々が忘れかけた自動車趣味の原風景を鮮烈に想起させる。
【画像19枚】泥にまみれた空冷911こそ美しい。満身創痍でアフリカの大地を駆け抜けた「戦うポルシェ」の勇姿


















