コラム

新車から34年ワンオーナーの「ポルシェ964RS」。最新フェラーリを乗り継いでわかった“空冷911”の圧倒的完成度とは【愛車と原体験】《LE VOLANT LAB》

幼少期に追い抜かれた911ターボ。「西ドイツのゲルマン民族が作った最高のクルマ」が原体験に

原体験がその後のカーライフに大きな影響を及ぼすように思えてなりません。今回取材した“ドクターマッサ”さんは、幼い頃に父のクルマに乗っていたとき、ポルシェ911ターボに追い越されて以来、同車に魅せられ続けているそうです。ポルシェ924からスタートしたドクターマッサさんのポルシェライフは、ポルシェ911カレラ(930)を経て、いまも絶大な人気を誇るポルシェ911カレラRS(964、以下964RS)の新車を手に入れたことで、アマチュアレースの世界へ。

漫画『彼女のカレラ』でもお馴染みの「ルビーストーンレッド」は、ドクターマッサさんが選んだものではなく、当時お付き合いしていた彼女の希望だったそうです。しかし、納車のときには……。ほろ苦い思い出とともに手に入れた964RS。新車当時から所有しているオーナーもかなり減ってきたであろうこのモデルに対する想いを取材しました。

964RSを斜め後ろから眺めてみる。リアタイヤにいたってはフェンダーに少し隠れるほど車高が低い。

人生初の愛車はゴルフ2。その後、60回ローンで念願のポルシェオーナーへ

――ドクターマッサさんがクルマ好きになったのは何歳頃でしたか?

子どもの頃からクルマが好きでしたね。父もクルマが好きで、日曜日になると家族でドライブに出かけるのが何よりの楽しみでした。ちょうど東北自動車道が開通した頃で、福島県にある五色沼までドライブに行ったことを覚えています。当時のクルマにはクーラーが装備されていなかったこともあって後付けしたんですが、全然効かなくて(笑)。三角窓の方がよほど涼しい風が車内に吹き込んでいました。私には弟がいるんですが、クルマ酔いする方で、助手席はいつも奪い合いでした。弟には気の毒ですが、構わず私が座っちゃうんですけどね(笑)。

――ドクターマッサさんがクルマが好きになった「原体験」は何でしたか?

クルマ……というよりポルシェの原体験になってしまうんですが、小学生の頃、父のクルマに乗っていたときのことです。高速道路を走っていたとき、ポルシェ911ターボがすごい勢いで追い抜いていったんです。フォルクスワーゲン・ビートルに形が似てるなと思い、父に聞いてみたところ「あれは西ドイツのゲルマン民族が作った最高のクルマだ」と教えてくれたんです。これがいまでもずっと耳に残っていますね。振り返ってみても、このときの体験がポルシェ911が好きになった「原体験」といえるでしょうね。

964RSの純正ステアリングや、納車時から愛用しているキーカバーにも時の流れを感じる(キーカバーはもともとルビーストーンレッドだったそうだ)。

――ドクターマッサさんの初めての愛車について聞かせてください

私が大学生になったとき、父はフォード・マスタングに乗っていたんです。あるとき、父に隠れて乗り回していたら事故を起こしてしまいまして……。いうまでもなく、父にはものすごく怒られました。そして大学2年のときのことです。大学が移転して自宅から2時間近くかかる場所になってしまったんですね。すると父から「自宅から電車で通うのなら、クルマを買ってやる」といわれたんです。

父のマスタングは近鉄モータースというディーラーで購入したそうですが、ショールームに行ったときにフィアットX1/9が置いてあったんです。このクルマが欲しいと父に伝えたところ、1度事故を起こしているからダメといわれ……。結局、人生初の愛車はフォルクスワーゲン・ゴルフ2 CI(5速MT)になりました。人生初の愛車ですし、嬉しくて。どこに行くにもクルマで行きましたね。

深夜の高速からサーキットへ。「ポルシェは全然曲がらない」という衝撃と探求

――人生初の愛車だと、どこに行くにも乗りたくなりますよね。もしかして、ゴルフ2の次はポルシェですか?

そうです。小さい頃に911ターボに追い越されて以来、いつかポルシェに乗りたいという夢をずっと持ち続けていたんです。大学を卒業して社会人になってから、とにかくポルシェが欲しくて、60回ローンを組んで手に入れたのが中古のポルシェ924でした。たしか24歳の頃です。当時、新車価格が400万円くらいで、中古車は200万円くらいだったと記憶しています。

――その後、ポルシェ924から911に乗り換えたわけですか?

そうです。思ったよりも速くないし、924に乗っていてもやっぱり911に乗りたいという想いが常にあって。60回ローンを完済したあと、念願の911を手に入れました。今度は1986年式の911カレラ。ポルシェシンクロの最終モデルです。このときも60回ローンだったと思います。

964RSを斜め前から眺めてみる。地を這うような車高であることに改めて驚かされる。

――念願のポルシェ911オーナーになったわけですね!

ついに911を手に入れることができたので、このときは本当に嬉しかったですね。箱根までよく走りに行っていました。当時、付き合っていた彼女とドライブにもよく行きましたね。映画『私をスキーに連れてって』がヒットしたときで、911にチェーンを巻いて屋根にキャリアを取り付け、スキー板を載せてスキー場にも行きましたよ(笑)。見た目には当時の「トレンディ」だけど、実際にはすごく怖かったですけどね(苦笑)。

――まさに青春を謳歌していますが、ここから走りに目覚めていくことになるのですか?

あるとき雑誌を読んでいたら、スーパーカーで走るチームのメンバーを募集している記事を見つけたんですね。記事に電話番号があり、連絡してみたんです。チームの代表の人はデ・トマソ・パンテーラに乗っていて、毎週土曜日の夜になるとファミレスに集まり、深夜になってから10台くらいで連なって走りに行くから来ない? と誘われたので行ってみたんです。メンバーのクルマは、911ターボやフェラーリ、ロータスが多かったです。年齢層も20代から30代の若い人が中心でした。土曜日の深夜の高速道路で、某ショップでチューニングしたRX-7とバトルしたり、首都高をちょっと人にはいえないような速度で走り抜けたり……。まさに『湾岸ミッドナイト』の世界です。

964RSに標準装備された17インチサイズのマグネシウムホイール。

――走るステージは高速からサーキットへ

当然のことながら、公道で飛ばすのはさすがにリスクが高いということになり、サーキット走行に移行していきました。実際にサーキットを走ってみると、公道では知り得ない挙動を体感できたんです。911特有の走らせ方を習得しないときれいに曲がってくれない。このとき「ポルシェ911は全然曲がらない」ということを初めて知りましたね。そこでPCJ(ポルシェ クラブ ジャパン)に入会して、クラブが主催するサーキット走行会に参加し、ブレーキを残しながらコーナリングするといったポルシェ特有の走りを覚えていきました。クルマの挙動に慣れてくると、ノーマルの足まわりだとロールするのが気になってきて。足まわりを硬くするべく、ビルシュタイン製のダンパーに交換したり、試行錯誤するのが楽しかったですね。

バブル崩壊で巡ってきたチャンス! 120万円を抱えてディーラーへ

――そしていよいよ……964RSにたどり着くのですね

911でサーキットを走るのが楽しくて夢中になっていたとき、964RSが発表されることを知りました。さっそく当時の正規ディーラーだったミツワ自動車に問い合わせてみると……発表前に完売していて買うことができなかったんです。でも、964RSが発売された1992年というと日本でバブルが弾けたタイミングでキャンセルが出たみたいなんです。そのうち私のところにも「964RSを買いませんか?」というオファーがあり、即決しました。ただ、デポジットとして120万円を用意してくれというんですね。実はこのとき、手持ちのお金がなくて親に借りました(苦笑)。それはさておき、とにもかくにも120万円を抱え、当時付き合っていた彼女と2人でディーラーに赴きました。

グレードはベーシックバージョン。ボディカラーは「グランプリホワイト」「ガードレッド」「マリタイムブルー」「ブラック」「ルビーストーンレッド」「ポーラシルバー」「ミッドナイトブルー」「アメジストメタリック」のなかから選べるということで、私は「グランプリホワイト」にするつもりでした。それまで乗っていた911カレラが赤だったので、今回は白を考えていたんです。しかし、彼女が「ルビーストーンレッドがいい」ということでこの色を選びました。

ところがですね……。納車されるまでの半年の間にフラれちゃいまして。すでにオーダーしてしまっているから、もはやボディカラーを変更することはできないという事態になりまして(涙)。

どのようなシチュエーションでもサマになってしまうのが911のデザインのすごさではないだろうか。

サーキット走行に没頭! サポートカーとメカニックを雇うほどの熱狂

――964RSが納車された日のことを覚えていますか?

覚えています。彼女とは別れたあとなので、1人でディーラーに行きました。念願の964RSを手に入れることができたのは嬉しかったけれど、ルビーストーンレッドのボディカラーを見ると別れた彼女のことを思い出してしまい、しばらくは複雑な気持ちでした。手に入れてから10年くらいはこのボディカラーが好きになれなかったですね。

カレラRS2.7以来の「Carerra RS」の復活とあって、964RSは当時から大いに注目された。

――964RSを手に入れてからご自身のカーライフにどのような変化がありましたか?

当時は独身でしたし、30代で体力もあったので、ほとんど毎日のように乗っていました。某有料道路の覆面パトカーに乗った警官に「また来たのか!」なんていわれたこともありました(笑)。ちょうど所属していたPCJ(ポルシェ クラブ ジャパン)の主催で「PCJカップ」というクラブマンレースがはじまったこともあって、ますますサーキット走行にのめり込んでいきました。助手席にスリックタイヤを積んで現地で履き替えていたほどです。レースは日曜日に開催されるので、レース後は自走して帰宅したら深夜。そのまま翌日は仕事に出ることも少なくなかったです。若かったですね。

これがさらにエスカレートして、仲間たちとチームを作り、サポートカーとメカニックを2人雇うくらい本格的にのめり込んでいました。レースで優勝したこともあります。優勝トロフィーはガレージで大切に保管しています。ちなみに、このときのメカニックの方が、現在も主治医としてお世話になっています。

50歳の野望、フェラーリF430を購入。スーパーカーに乗って分かったポルシェの「圧倒的な完成度」

この記事はLE VOLANT LAB会員限定公開です。
無料で会員登録すると続きを読むことができます。

AUTHOR

株式会社キズナノート代表取締役。エディター/ライター/ディレクター/プランナー。輸入車の取扱説明書制作を経て、2006年にベストモータリング/ホットバージョン公式サイトリニューアルを担当。カーメディアの運営サポートや企画立案・ディレクションが得意分野。またオーナーインタビューをライフワークとし、人選から取材・撮影・原稿執筆・レタッチ・編集までを一手に担う。現在の愛車は、1970年式ポルシェ911S(プラレール号)と2022年式フォルクスワーゲン パサートヴァリアント。

注目の記事
注目の記事

RANKING