ハッピー・フューに向けられたからこその成功
そもそも、造り手自身がそう思っている。ディエップ工場におけるA110の生産キャパは1日あたり25台前後。そんな計画に、ルノー日産のような巨大グループ傘下でゴーサインが出たこと自体が驚異だし、これでやっていくと決めていることに驚嘆させられる。坊主憎けりゃ袈裟までの諺通り、近頃は経営統合を巡って貶められがちなルノーだが、アンチ資本主義の気が強いフランスだからこそ、量の理屈に支配されない何かを求める土壌があるのも事実だ。
当初、日産ジューク起源の1.8Lターボが艶っぽくないという批判も聞かれたが、それは的外れだ。元々ルノー4CVの大衆車ユニットを用い、時にロータスのコンポーネントも流用したアルピーヌの手法からすれば当然で、だからこそゴルディーニのようなチューナーの存在も光った。さらに、そのノウハウはルノー・スポール・テクノロジーに吸収され、今やインハウス化されているといえる。パワーもともかく優れたシャシー効率で、「レバレッジの効いたパフォーマンス」を引き出すのが、そもそもフランス車らしさだ。
「ピュア」と「リネージ」の違いは基本的に装備の違いで、車両重量は1100kg対1120kg。個人的には寒がりなので後者のシートヒーターはありがたいが、一度決めたら二度と動かさないであろうシート高は、ピュアもボルトで上下調整できるので問題はない。
ドライバーのお尻あたりにある重心位置と、ロック・トゥ・ロック2回転とクイックながらしっとり正確なステアリングも相まって、まるで自分の背骨を中心にクルマの向きが変わる。前後ダブルウィッシュボーンのサスはしなやかにストロークし、7速DCTの適切なギア比によるトルクマネージメントと、非力どころかマスの軽さゆえに鋭くもなれるレスポンス。スポーツカーにこれ以上、何を求めるのか? 妙な言い方だが、「最高の最小限によって満たされる」感覚がある。そこがトゥーマッチを嗤うフランスらしさで、ドライビングの快楽や幸福を日常的に味わうのに、ベクタリングやESCやアダプティブシャシー機能など夾雑物は要らないというマニフェストでもある。軽さと自在感、そして自由は一体なのだ。
ちなみにA110の自在感はハンドリングだけではない。毎日でも味わえる乗り心地のよさと心理的負担の軽さも、独特だ。絶対性能ではなく、滑り出しというグリップとドリフトの閾が感じやすく広いからこそ楽しいハンドリングは、ドライバー、つまり操る人間に軸を置く設計思想の賜物。単にリア剛性が低くてレベルの低いシャシーにならないのは、ドライバーに伝える情報量の多さゆえ、だ。
それでもアルピーヌが限界向上主義に陥らないのは割り切りというより、ルノー・スポールを背景とする仕様やセッティングの引き出しが多いからだろう。GT4のようなサーキット専用仕様ではサブフレームからして別モノで、ボディを切ってリアサスの取付位置を上げる(ボディ側の重心を下げる)ような変更は、ル・マンでもお馴染みシグナテックというコンストラクターに外注している。要は市販モデルに限界の高さを強いずとも、産業レベルで価格とコストのバランスに必要なチームと規模で対応する、それだけの話だ。
そう言っている矢先に第4のモデル、A110Sが発表された。新生アルピーヌの多彩な引き出しに、しばらく目が離せそうにない。