心の底から唄える身の丈スポーツ
AE86の型式名とともにカローラ・レビンとスプリンター・トレノが登場した1983年、すでにクルマ界はFFを中心とする新時代を迎えていた。カローラとスプリンターも遅ればせながらFFに転向した。その中で唯一スポーツモデルの旗印を掲げたレビンとトレノは、先代(TE71)までの流れの生き残りというか、はっきり言って廃物利用に近かった。古いプラットフォームを換骨奪胎して仕立て直したノッチバックと、ファストバック3ドアのクーペだったからだ。
そのリジッドリアアクスルをコイルスプリングで支え、新時代を標榜する4A-GEU型ツインカム16バルブの130psエンジンを積み込んだのがAE86だった。いかにもトヨタらしく、同じ車体を使いながらスポーツ風味ではないAE85も発売されたが、生産終了から30年に近くなる今もファンの心を掴み続けている記念碑として、ここにはAE86レビンの透視イラストを紹介する。
見てすぐわかる通り、特筆するほどの構造的な特徴はない。しかし、そこにこそAE86の魅力が宿る。ドライビング感覚がきわめて素直というか、1970年代までに学んだ基本そのものだったのだ。全長4.2m以下という身の丈サイズで、気軽な足として使うにも、思い切って攻めるにも、とても乗りやすかった。960kgの重量に対して130psは充分以上というか、アクセルを踏んだり放したりする瞬間ごとに、全身で軽さを実感できた。スッと踏んでクイッと出るまで、昔のスポーツカーさながらに、まったく時間差ゼロの反応を味わえた。
近代化したとはいえリジッドリアアクスルのグリップ限界は高くなく、低いギアで踏みすぎるとてきめんに腰を振り、すばやいカウンターステアで立て直すのが腕利きの証明だった。これは、オプションの2ピニオンまたはTRDで販売していた4ピニオンのLSDを組み込むことで、さらに強調された。
どうしてもこのように攻めたくなってしまった裏には、エンジンの性格もあった。低・中速回転で太いトルクを感じにくい代わりによく吹け、踏めばタコメーターの針が平気で8000rpm近くまで跳ね上がったから、慣れれば慣れるほど、踏みまくりで走らせたくなるのだった。ただし、サーキットの走行会などで急激な全開と全閉を反復し
すぎると、時として排気系がひび割れることもあった。
こんなに楽しさがわかりやすかったAE86だが、実は世間の評価は高くなく、わずか4年間だけで現役生活を終えている。古臭いと思われたためだ。それが息を吹き返したのは20世紀の終わり、劇画の主人公の愛車として描かれてからのことだった。おしなべて優等生になった現代のクルマに食傷気味だった若者たちが、「そうか、こんなクルマがあったんだ」と目覚め、一気に中古車の人気が高まってしまったのだ。そういう意味でAE86は、今と昔を密接に結ぶ、とても希有な架け橋と言える。