4気筒と6気筒のノーズの差が消滅
当連載「魅惑の自動車カタログ・レミニセンス」の第8回では五代目・日産スカイラインのGT系(GC210型系)を採り上げたが、今回は六代目・R30型系のタクシー仕様のカタログを御覧いただこう。
【画像16枚】R30スカイラインのカタログを見て愛を感じる!
プリンスから日産の看板車種となったスカイラインは、1981年8月、5回目のフルモデルチェンジで六代目・R30型系へと進化した。スカイラインはそれまで、4気筒モデルと6気筒モデルでフロントノーズの長さを変えていたものだったが、この世代ではボディが統一され、その差がなくなっている。また、スカイラインのアイデンティティとして受け継がれてきたサーフィンライン(後輪ホイールアーチに掛かるリアフェンダーのプレスライン)が消えたのも新鮮であった。実はこれについては、サイドモールが微かに先細りとなっており、デザイナーはここにサーフィンラインを潜ませたともいう。
ボディ形式は4ドア・セダンと2ドア・ハードトップがあり、さらに新たな試みとして、スカイラインでは初となる5ドア・ハッチバックも用意された。搭載エンジンは、GT系は直列6気筒のL型、TI系は直列4気筒のZ型で先代と変わりないが、TIの1.6Lは廃止され、1.8Lと2Lの2種類になった。サスペンションは前ストラット/後セミトレ(TI系は4リンク)で変わりなく、伝統のメカニズムとしていよいよ熟成を極めている。三代目以降、巧みな宣伝戦略が注目を集めてきたスカイラインだが、R30型ではCMキャラクターにあのポール・ニューマンを起用。これによりR30は「ニューマン・スカイライン」とも通称される。
ライトバン仕様は当初設定されなかったのだが、1981年10月には、バンがエステートの名でラインナップに加わった。しかしこの時話題を呼んだのは、同時に設定されたスポーツグレードのRSである。RSは、スカイラインGT-R以来8年ぶりとなる、DOHCエンジンを搭載した硬派なモデルであった。このエンジンは、直列4気筒OHVのH20を下敷きにしつつ新開発された4気筒のFJ20Eで、1気筒あたり4バルブとなる16バルブを採用、最高出力150psを発揮。RSはセダンとハードトップに設定されたが、GT-Rを名乗らなかったのは、6気筒エンジンではなかったからだと言われる。ミッションは5速MTのみが組み合わされていた。
1982年10月には、TI系のエンジンがそれまでのZ型からCA型へと変更。同時に豪華モデルの追加があり、ターボおよびノンターボのGT-E・Xにパサージュが新設されている。このパサージュには、前後調整式ヘッドレストや合わせぼかしガラスなどが装備されていた。さらに1983年2月には2000ターボRSが登場。FJ20Eにターボチャージャーを組み合わせたFJ20ETは190psを発揮した。
表紙にはスカイラインの姿はなく、ポール・ニューマンの写真が大胆に配されている。「’82グランプリ受賞」とはレースのことでもカー・オブ・ザ・イヤーのことでもなく、「月刊自家用車」誌主催の読者人気投票のことであった。
RS追加後、ターボRS登場前のカタログ
1983年8月にはマイナーチェンジを行い後期型へ移行するのだが、それについてはまた機会を改めることにして、本題のカタログの説明に入ろう。ここでご覧いただいているカタログは前期型のもので、RSは追加されたがそのターボ仕様はまだ登場していない時期のものだ。表4ページには「D5709N15」というコードが記されているので、1982年(昭和57年)9月発行のものと思われる。前述の通り翌月には4気筒車のエンジンがCA型に変更されるのだが、このカタログは未だZ型なので辻褄は合う。サイズは299×255mm(縦×横)、表紙を含めて全48ページである。
カタログの作り自体にはさほど変わったところはないが、やはりイメージキャラクターのポール・ニューマンがフィーチャーされているのが目につく。ハリウッドの大スターを起用するというやり方は、この数年後のバブル絶頂期に大流行することとなった。表紙にはニューマンのサインまであしらわれているが、ポール・ニューマン・バージョンの登場はまだ先のことである。
さほど変わったところはないとは言うものの、このカタログは全体に二部構成を採っているような印象なのが、特徴と言えば特徴である。というのは、まず4ドア・セダンと2ドア・ハードトップのGT系およびTI系を紹介し、その全グレードを見せてから、その後に5ドア・ハッチバックとRSが掲載される、という形で成り立っているからだ。ページ数が多いこともあり、この紹介記事も前後編に分けることにしたいと思う。