
デイリーBEVとしての出来もコスパも極めてハイレベル
ヒョンデから登場した新型EV「インスター」。軽自動車より少し大きく、国産コンパクトカーより幅が狭いという、まさに“いいとこ取り”の絶妙なサイズ感が魅力だ。この小さな車体に400km以上を走破する十分なバッテリーを搭載し、価格も戦略的。約800kmのロングテストで見えた実力と、意外な弱点までを徹底解剖する。
【画像49枚】国産コンパクトより幅が狭いって本当? 日本の道に最適なサイズのヒョンデ「インスター」を見る
コンパクトなクルマでこそBEVの真価が発揮される
EVを巡る市場環境は混沌としてきているが、それでも出先における充電インフラの改善が進んできたと思えるのは朗報だ。大出力充電の受け入れが可能な車種が増えてきたことに合わせ、高速道路のSAには150kW急速充電器の設置が増えたり、以前はひたすら日産ディーラー頼みのごときだった地方部においても、気づけばトヨタディーラーには150kWh、セブンイレブンなどコンビニにも100kW以上といった大出力急速充電器が設置されつつあるのは喜ばしい。
さらに一部のビジネスホテルなどで、宿泊時の普通充電器使用の事前予約ができることなど、これまで多くのBEVで、長時間・長距離の試乗を重ねてきた身として、出先での不安や面倒が以前に比べれば少なくなってきていると実感している。
現状におけるBEVの真骨頂は、移動の道具的に日常の中で足として使うには便利かつ快適性が高いことにある。最近のICE(内燃機関車)は始動直後の暖気に気を使うこともまずないが、それでもBEVなら乗った直後に必要なのは安全確認くらいで、即座にきわめてスムーズかつ静かに動き出せる。慣れてきても、毎度「やはりこれはいい」と思う点だ。
BEVの上級クラスやスポーツモデルでは、駆動用モーターが強力になればなるほどに加速力、動力性能に呆れるくらいの速さを見せつけること、緻密な駆動制御を備えるといった点も特長とはなるが、個人的な思いとしては、走りでも快適性でもICEとの差や違いを決定的に見出しやすいのは、サイズも価格も抑えられたカテゴリー、具体的には軽自動車やとくにA・Bセグメントで、せいぜいCセグといったあたりだと捉えている。
それを端的に示したのが軽自動車の日産「サクラ」で、通常の軽が660ccエンジンでとくに低速トルクが不足するのに対し、モタツキのない走り出しから、走行品質ともいうべき静かでスムーズな走り感で圧倒する。さらに駆動用バッテリーを床下に搭載することによる低重心感が加わるのも強みとなっている。
ただ、駆動用バッテリーの容量が20kWhと小さいことから一充電走行距離が短い(WLTCで180km)ので、使い勝手の上での制約や面倒はついて回る。そもそもサクラは、急速充電を多用するような使い方は推奨していないと日産が言うように、日常で支障のない範囲での一充電走行距離としているのだから、そこに見合う方が選ぶべきものだ。
ちょうどいいサイズ感と優秀なコスパ
前置きが長くなったが、そこでヒョンデ・インスターである。乗用車としては日産サクラの次にコンパクトなボディサイズで、Aセグの範疇にあるBEVである。インスターは全長3830mm×全幅1610mm×全高1615mmで、日本の軽自動車規格に対して全長は430mmほど長いし、車幅も軽と比べるなら130mmも広いが、それでも販売中の国産5ナンバー車両と比べて最も幅狭だ。近いところでいえば、2年前に販売を終えているトヨタ「パッソ」/ダイハツ「ブーン」といったところだろうか。全長はより短い3650mmだが、それでも全幅は1665mmあったので、インスターがいかに細身かが知れるものである。
幅狭の理由は、インスターが韓国での軽規格車両である「キャスパー」をベースに開発されているためで、BEV化に際しては輸出を考慮していることもあり、全長およびホイールベースは伸ばし、幅はデザイン上でごくわずかに広げられたという事情がある。
そのサイズ感に対して、BEVとしての強みは、上級グレードのLoungeと中間グレードのVoyageには49kWhという十分なバッテリー容量を備えることだ。ちなみに、最廉価グレードのCasualだけ42kWhとなっている。その上で、同クラスの水準を上回る安全装備や快適装備が与えられ、価格はBEVとしてもかなり抑えられているなど、わかりやすい訴求要素を持つコンパクトハッチである。
ちなみに、49kWhのバッテリーを搭載するグレードのWLTCによる一充電走行距離は458kmと、当然としてのエアコンの使用や現実的な走行環境を考慮したとしても、Aセグメントとしては十分な距離に思える。今回の試乗は、3日間にわたる都内の日常走行を含めて800km弱と筆者としては短めではあったが、実航続可能距離から走行性能、快適性まで、それなりに知ることができたと思う。
Loungeではシートベンチレーションまで標準装備
外観デザインとしては、顔つきに代表されるコンパクトカーらしい愛らしさだけでなく、車幅に対しては立体的なフェンダー造形や、Loungeに標準装備となる17インチアルミホイールのシンプルでいて足腰を支える力強さを感じさせるあたり、新しさこそないが、上手くまとめ上げているように思う。
リアのランプに関しては、ドットタイプのLEDテールランプが車幅に対して内側に配されていることや、バンパーのアクセントでもある丸い枠の中にあるターンシグナル(ウインカー)が下部に位置しすぎるなど、夜間の車幅の認知、ウインカーの視認性では少し疑問も残るが、フロントデザインとの共通性を狙いとしていることは理解できるものだ。
装備に関しては、グレード間の格差が明確に設けられており、とくにフリートユース(法人使用)を狙いとするという最廉価のCasualでは、ヘッドライトはLEDではなくハロゲンに、テールランプもLEDではなくバルブ球に、室内ではBEVには必須と思える前席シートヒーターまでも省かれる。ただし、機能面ではV2Hや室内/室外V2Lも、インパネセンター上部に位置する10.25インチモニターも、ナビとともに全車標準装備となっている。
一方で、最上級のLoungeでの装備の充実ぶりは素晴らしく、前席はシートヒーターに加えて、このクラスでは珍しくシートベンチレーションまで標準。BEVは空調使用での電力消費への影響が大きいだけに、快適なだけでなく有用な装備だ。今回の試乗でもシートベンチレーションは多用させてもらった。
マルチに使えるインテリアは車中泊も可能!?
また、ヒョンデにおけるより上級モデルの「コナ」や「アイオニック5」などと同様、ウインカー(レバーは日本車と同じく右側に配置)作動時には、インパネクラスター内の右側あるいは左側に丸ウインドウが現れ、カメラ画像によるリアサイドビューを映し出してくれる。ドアミラーよりも視野が広いので見逃しや死角を減らすものだ。
シート調整は、前席でもさすがに電動ではなかったが、前席シートバックは助手席だけでなく運転席側も前倒しでき、後席の前後スライド機構と合わせて、長尺物を積むなどの他に、車内での休憩や車中泊(?)といった用途にも応えられそうである。
後席は2名掛けのため、定員は4名ということになるが、その分1名あたりのシート幅はゆったりとしている。日本のハイト系の軽のような、荷室長は限りなく短くなる代わりに、後席と前席の間はべらぼうに広いといったことにはならないが、フロアはフラットで、足先を前席下に入れ込めることから、スペース的に不足を感じることはなさそうだ。
日本の道に合わせたチューニングを実施
走りにおいてまず知っておきたいのは、ヒョンデでは今の所そう多くの販売台数は見込めないだろう中でも、日本仕様にはパワートレインから足まわりまで専用チューニングを施してきている点だ。
インスターでは、パワー制御の出力特性と電動パワーステアリングの操舵力制御のチューニング、サスペンションではフロントは数種の仕向け地別のスプリングの中から日本向けに適した仕様を選び、そこに専用ダンパーを組み合わせたという説明であった。リアサスのトーションビームに関しては、ダンパーを専用としているようだ。
端的にいうと、日常的な発進域や加速初期のアクセルの踏み込みに対してはモーター出力の立ち上がりを穏やかにし、操舵力は少し軽い味付けとし、足まわりのセットの方向性は韓国や欧州向けに比較して、想定走行速度域を下げているといったことである。
49kWhの駆動用リチウムイオンバッテリーを搭載する仕様は、モーターの最高出力は85kW(115ps)、最大トルクが147Nm。参考までに、20kWhのリチウムイオンバッテリー搭載の日産サクラでは、最高出力が軽自動車の自主規制に従い47kW(64ps)に抑えられているのに対して、最大トルクは195Nmとインスターを上回る。インスターのモーターは性能としては控えめといえる。
インスターの車重は電動スライディングルーフまで備わるLoungeで1400kg。ボディサイズとしては比較的近く、バッテリー容量が42kWhのフィアット「500e」が1330kgというところからしても納得の数値だ。
取り回しや足まわりでは気になる点も…
数日間で都内、郊外路、高速道路、ワインディングなどさまざまな環境で走らせてみた中、先に気になった点を述べてしまうと、まずはボディサイズから期待された取り回し性において、最小回転半径が5.3mと大きめで、期待したほどに小回りがきかないことだった。
次に日本向けにチューニングした足まわりが、路面状況によってはダンピング不足を感じさせること。たとえば突起乗り越えなどでバネ下の収束が悪く、ウェット路面などではこうした際に瞬間的にトラクションコントロールが介入することも何度か経験した。
高速道路など速度域が上がってくると、バネ上(ボディ)の落ち着かない感じも少しあるのも、前述した理由によりロールダンピングも低めで、コーナー進入時などでは操舵初期応答の遅れが感知されるのも同様。いずれも、日本市場向けに乗り心地優先としたがための影響かと思えたが、逆に本国や欧州仕様と同じチューニングだったならば、乗り心地に不満を覚えていたかもしれないので、良否の判定は難しいところである。
ステアフイールは、日常での軽さとは裏腹に、高速直進域でのセンター付近の人工的な座り感のため、切り出し時の手応えが強いと感じさせるところがあること、レーンキープのセンタリングが正確性を重視し神経質気味なことから、直進性を悪く感じさせてしまう嫌いがあるのは損していると思えた点だ。
安心して乗ることができるドライバビリティ
一方で、動力性能とドライバビリティに関しては、日本での使われ方を含めて、過不足感なくよく練りこまれている。ドライブモードは大半をノーマルで走らせている中では、発進域や中間加速域での望まない瞬時の加速Gの立ち上がりといったことはまずなく、しかし力強い加速や伸びを望むならば、アクセルペダルの踏み込み量、踏み込み加速度によって十分に得られる。後ろから蹴飛ばされるような加速力はないが、そこがむしろ安心だ。
BEVでは回生の在り方が電費とともにドライバビリティに大きく影響するが、パドルでエンジンブレーキ的に減速度を4段階に調整できる他に、前走車との速度差や距離に合わせて車間を調整し、前走車が止まれば完全停止まで行うモードも備える。好みや状況で選択自由度が高い点は好ましく思えた。
実電費は平均8.6km/kWh、郊外一般道では13.2km/kWhをマーク!
注目の航続距離だが、インスターは実電費が予想以上によかったこと、少なくとも私が経験した外気温32℃超えの走行環境下で、急速充電でしっかり(電気が)入ることの2点から、実用レベルとしてまず不満はない。
いわゆるエコランでの電費では意味が薄いと考えるので、高速道路は流れに沿ってかリードする程度、状況に応じてACC(アダプティブ・クルーズコントロール)を使用し、ワインディングはハンドリング評価も考慮した走りで、一般路や街中はごく普通に走らせる、エアコンは常時オンで、モードは必要に応じエコやスポーツも選択していった中で、総平均として8.6km/kWhだった。
この電費から計算すれば航続可能距離はWLTC値と比べても差が少ない420kmに達する。郊外の一般道を流れに沿って走らせていた区間距離55kmにおいては13.2km/kWhといった圧倒的電費も得られた一方で、高速道路など100km/hを超える巡航時などでの電費は7km/kWhを切ることにもなるのは、低めの出力を考えれば納得はいく。急速充電では実質最大77kWhまでの受け入れのようだが、バッテリー容量やバッテリー保護の観点からして不満は出にくそうだ。
補助金を活用すると最上級グレードでも300万円切りが可能
最後に価格だが、試乗した最上級グレードのLoungeが357万5000円(税込)と、バッテリー容量や装備内容からしてかなり頑張ったと思える。Loungeに対して快適装備、安全装備がいくつか省かれ、タイヤが15インチになるVoyageでは335万5000円で、装備内容からみてあまり現実的とは思えないCasualでは284万9000円だ。これらに対して本年度のCEV補助金が56万2000円、さらに購入地における自治体での補助金が加わることになる。
つまり、最上級グレードでも300万円を切る可能性が高いわけだが、ハードルが高いと思われるのは、現状ヒョンデはオンライン販売のみという点だ。BEVの実用モデルとして出来はきわめて真っ当であるだけに、興味を抱いてもらえるのかが勝負どころだろう。
【Specification】ヒョンデ インスター ラウンジ
■車両本体価格(税込)=3,575,000円
■全長×全幅×全高=3830×1610×1615mm
■ホイールベース=2580mm
■トレッド=前:1400、後:1415mm
■車両重量=1400kg
■モーター形式/種類=EM08/交流同期電動機
■モーター最高出力=115ps(85kW)/5800-13000rpm
■モーター最大トルク=147Nm(15.0kg-m)/0-5400rpm
■バッテリー容量=49kWh
■一充電航続可能距離(WLTC)=458km
■サスペンション形式=前:ストラット/コイル、後:トーションビーム/コイル
■ブレーキ=前:Vディスク、後:ディスク
■タイヤ=前後:205/45R17
ヒョンデ・インスター公式サイト