
フォルクスワーゲン市販モデル史上最速のラップタイムを刻んだ
フォルクスワーゲンは2025年6月13日、ホットハッチのアイコンである「ゴルフGTI」の50周年を記念する新モデル「ゴルフGTI エディション50」が、ドイツ・ニュルブルクリンク北コース(ノルドシュライフェ)において、同社の市販モデル史上最速となるラップタイムを記録したと発表した。そのタイムは、驚異の7分46秒13。ステアリングを握ったのは、長年フォルクスワーゲンの車両開発に携わるレーシングドライバー、ベニー・ロイヒターだ。
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伝説の50周年を祝う、史上最強のGTI
「ゴルフGTI」の名は、単なる高性能モデルの呼称にとどまらない。それはコンパクトスポーツカーというカテゴリーそのものを定義し、牽引してきたアイコンの称号である。その初代登場から半世紀という節目を祝うべく、フォルクスワーゲンは「ゴルフGTI エディション50」の開発を進めてきた。この記念すべきモデルは、2026年に市場導入が予定されており、これまでのGTIの歴史の中で最もパワフルな市販モデルとして登場する。
その正式なワールドプレミアは、来たる2025年6月20日、世界で最も過酷なレースのひとつとして知られるニュルブルクリンク24時間レースの舞台で行われることが予告されている。市販モデルでありながら、その心臓部にはレースの血統が脈々と受け継がれていることをアピールする、これ以上ない演出と言えるだろう。今回のラップタイム記録の樹立は、このモデルが単なる記念碑ではなく、パフォーマンスの頂点を本気で追求した純粋なスポーツマシンであることの何よりの証明となった。
7分46秒13:「緑の地獄」を制した驚異のタイム
記録挑戦の舞台となったニュルブルクリンク北コースは、その過酷さから「緑の地獄(グリーン・ヘル)」の異名を持つ、自動車開発の聖地である。高低差300m、73ものコーナーが連続する全長20.8kmのこのコースを、ゴルフGTI エディション50は7分46秒13という驚異的なタイムで駆け抜けた。
この偉業を成し遂げたのは、レーシングドライバーのベニー・ロイヒター。彼は単なるプロドライバーではなく、長年にわたりVWの開発部門で新型モデルのシャシーテストやチューニングに深く関わってきた人物であり、いわばVWの走りを誰よりも知り尽くした男である。彼によれば、今回記録を達成した車両は特別なレーシングカーではなく、ほぼ生産仕様に近いテスト車両であったという。この事実は、オーナーが手にする市販車にも、この記録破りのポテンシャルが秘められていることを意味しており、その価値を一層高めるものだ。
記録達成の鍵となった「パフォーマンスパッケージ」
このラップタイムの裏には、綿密に計算された技術的な裏付けが存在する。ベニー・ロイヒターは、記録達成の決定的な要因として、オプション設定される「パフォーマンスパッケージ」の存在を挙げている。
このパッケージには、まず専用のチューニングが施されたパフォーマンスシャシーが含まれる。そして、足元を固めるのは、ブリヂストンがこのクルマのために特別に開発した19インチのセミスリックタイヤ「Potenza Race」だ。このタイヤが装着されるホイールもまた特別製で、非常に軽量な鍛造ホイールが採用されている。これによりバネ下重量と、加速や減速時に慣性が働く「回転質量」が大幅に低減される。これは、路面追従性の向上、ハンドリングの鋭敏化、そして加減速性能の向上に直接的に寄与し、コンマ1秒を削るサーキットアタックにおいて絶大な効果を発揮する。
過去の記録を凌駕し、AWDモデルをも超えたFFのポテンシャル
今回の記録がいかに画期的なものであるかは、VWの過去のニュルブルクリンクでの記録と比較することで、より鮮明になる。今から約10年前、同じくロイヒターのドライブにより、前輪駆動(FF)モデルの「ゴルフGTI クラブスポーツS」(最高出力310ps)が7分49秒21という当時のFF市販車最速記録を打ち立てた。そして2022年には、よりパワフルな四輪駆動(AWD)モデルである「ゴルフR “20イヤーズ”」(333ps)が、その記録を更新する7分47秒31をマークしている。
しかし、ここで注目すべきはタイムの計測方法の違いである。過去の2つの記録は、T13グランドスタンド前から計測を開始する、いわゆるフライングスタート方式で計測されていた。これは、スタートラインとゴールラインが異なり、その間の約200mが含まれない計測方法だ。対して、今回のゴルフGTI エディション50が記録した公式タイム「7分46秒13」は、この区間を含む完全な1周(フルラップ)でのタイムなのである。
より公正な比較のために、今回のタイムアタックのオンボードカメラの映像から、過去と同じフライングスタート方式に換算した参考タイムが算出されている。そのタイムは、実に「7分41秒27」。これは、トラクション性能で有利なはずのAWDモデル、ゴルフR “20イヤーズ”の記録を6秒以上も短縮するという、衝撃的な結果である。
ベニー・ロイヒター自身も、
「3年前には、FFのGTIで、あの卓越したゴルフRのラップタイムをこれほど明確に更新できるとは夢にも思わなかった」
と、その驚きを隠さない。しかも、この記録は決して完璧とは言えない悪天候の中で達成されたというから、そのポテンシャルの底知れなさを物語っている。
ドライバーを唸らせる完璧なシャシーバランスとコントロール性
レコードタイムという数字以上に、ゴルフGTI エディション50の本質を雄弁に物語るのが、ベニー・ロイヒターの次のコメントだ。
「この新しいGTIは、純粋なGTIの思想――優れた駆動力と極めて高精度なシャシー、そして前輪駆動の組み合わせ――を、これまで以上に効果的に表現している。このフォルクスワーゲンが、これほど速く、そしてこれほど簡単にノルドシュライフェを駆け抜けられることに、本当に感銘を受けた」
その走りは、ただ速いだけではない。ドライバーが意のままに操れる、卓越したコントロール性を備えているのだ。
「GTI エディション50のセットアップ全体が、ノルドシュライフェの理想的なラインを高い精度でトレースすることを可能にしてくれる」
さらに彼は続ける。
「『緑の地獄』で本当に速く走ろうとするなら、クルマは特有の路面の凹凸を巧みにいなし、同時に非常に高いコーナリングスピードを達成できなければならない。GTI エディション50は、これを完璧にこなしてくれる。この伝説的なノルドシュライフェの特性を、いとも簡単に見事にマスターしてしまう冷静さは、実にクールだ。全長20.8kmのコース全域で、GTIは瞬時に安定していた」
これは、シャシーの完成度が極めて高いレベルにあることの証左に他ならない。
GTIの新たな伝説が、今始まる
市場に登場する前に、すでに伝説を打ち立てた新型ゴルフGTI エディション50。その走りは、単なる最高出力の競争ではなく、シャシーバランス、空力、タイヤ、そしてドライバーとの一体感という、スポーツカーに求められる全ての要素を極限まで突き詰めた結果と言えるだろう。
FFという駆動方式の可能性を改めて世界に示し、GTIが築き上げてきた50年の歴史に、最も輝かしい1ページを刻み込んだ。間もなく迎えるワールドプレミア、そして2026年の市場導入に向け、ファンの期待は高まる一方だろう。GTIの新たな伝説は、もう始まっているのだ。