コラム

“プールに沈んだ”神話の真相は。ロールス・ロイス・ファントム、100年の音楽史に輝く成功の象徴

音楽史を彩った“走る伝説”、ロックからラップまでその軌跡を辿る

2025年、英国の最高級自動車ブランド、ロールス・ロイスの頂点に君臨するモデル「ファントム」が、その名を冠してから100周年という大きな節目を迎える。単なる移動手段としての価値を超え、時代の象徴として、特に音楽の世界と深く結びついてきたファントム。その8世代にわたる壮大な歴史は、まさにポピュラー音楽の歴史そのものであった。ロールス・ロイス・モーター・カーズは、この記念すべき時を前に、ファントムと音楽界のスターたちが織りなしてきた数々の伝説的な物語を改めて紐解いた。

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ロールス・ロイス・ファントムは常にアーティストたちと共にあった

ロールス・ロイスと音楽のつながりは、レコーディング産業の黎明期にまで遡る。ジャズエイジのデューク・エリントンやカウント・ベイシーから、シャンソン歌手のエディット・ピアフまで、ジャンルや国境を超えた才能たちが、その成功の証としてロールス・ロイスを選んだ。中でもファントムは、最高のエンジニアリングと素材、そして精巧なクラフツマンシップの結晶であり、オーナーが自身のアイデンティティを自由に表現できる究極のキャンバスであった。同社のクリス・ブラウンリッジ最高経営責任者が「ロールス・ロイスと非凡な人々は、『その存在感を示す』という一つの野心によって結ばれている」と語るように、ファントムは常に時代の表現者たちと共にあったのである。

1930年、映画『嘆きの天使』で国際的スターとなったマレーネ・ディートリヒがハリウッドに到着した際、彼女を歓迎したのは花束だけではなかった。パラマウント・スタジオは彼女に緑色のロールス・ロイス・ファントムIを贈呈したのだ。この1台は、彼女の主演映画『モロッコ』にも登場し、スクリーン内外でその輝きを放った。

時代は進み、ロックンロールの嵐が世界を席巻すると、ファントムは新たな時代のアイコンとなる。「キング」ことエルヴィス・プレスリーは、人気の絶頂にあった1963年にミッドナイトブルーのファントムVを手に入れた。この車には、ひらめきを書き留めるためのライティングパッドやマイクといった、彼の創造性を刺激するビスポーク装備が備わっていたという。また、彼の母親が飼っていた鶏が、鏡のように磨き上げられたボディに映る自分たちの姿をつついてしまうため、傷が目立たないシルバーブルーに塗り替えられたという微笑ましい逸話も残っている。

ファントムの物語を語る上で、ザ・ビートルズのジョン・レノンを欠かすことはできない。彼は2台の個性的なファントムVを所有した。1台目は1964年に購入した漆黒のファントムであったが、1967年、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の発表直前に、サイケデリックな変貌を遂げる。ボディは鮮やかな黄色に塗り替えられ、赤、オレンジ、緑、青の渦巻き模様や花柄が手描きで施された。このアートカーは「サマー・オブ・ラブ」の精神を体現する一方で、保守的な人々からは「よくもロールス・ロイスにそんなことを」と傘で叩かれるほどの衝撃を与えた。この車は1985年のオークションで、ロック記念品としても自動車としても、当時の史上最高額で落札されている。 その後、1968年には『ホワイト・アルバム』の発表と自身のミニマリスト的な美学を反映させ、内外装を純白で統一したもう1台のファントムVを購入。彼のライフスタイルの変化をも車で表現したのである。

アーティストの自己表現、野心、そしてアイデンティティを映し出す鏡

ファントムは、より華美な自己表現の道具ともなった。「ミスター・ショーマンシップ」の異名をとったリベラーチェは、無数の小さな鏡で覆われたファントムVでラスベガスのステージに登場し、観客を魅了した。その系譜を継ぐように、エルトン・ジョンもまたファントムの熱心な愛好家であった。彼はコンサート会場へ向かう途中で見かけた新車のファントムをその場で購入したという逸話を持つ。さらに、後部座席の窓ガラスを強化しなければならないほど強力なオーディオシステムを搭載したり、ピンクと白に彩られたファントムVを、報酬の代わりに自身のパーカッショニストに譲ったりと、そのエピソードは枚挙にいとまがない。

ロックンロールの過激さを象徴する伝説として、ザ・フーのドラマー、キース・ムーンがホテルのプールにロールス・ロイスを沈めたという話はあまりにも有名である。この逸話の真偽は定かではないが、「ロックンロールの贅沢の象徴」として、そのクルマはロールス・ロイスでなければならなかった。この神話の力を示すように、ロールス・ロイス自身がファントムの100周年を記念し、プロトタイプのボディをプールに沈めるというパフォーマンスを行い、伝説を現実のものとした。

ファントムの物語は、クラシックロックの時代で終わることはない。2003年に生産拠点がグッドウッドに移って以降、ロールス・ロイスはヒップホップという新たなカルチャーの象徴となった。2004年にはファレル・ウィリアムスとスヌープ・ドッグが、大ヒット曲『ドロップ・イット・ライク・イッツ・ホット』のMVでファントムVIIをフィーチャー。これを皮切りに、50セントやリル・ウェインといったトップアーティストたちがこぞってファントムを自身の成功の象徴として作品に登場させた。特に、満天の星空を車内で再現する「スターライト・ヘッドライナー」は「ルーフの中の星」という詩的なフレーズでラップの歌詞に頻繁に引用され、ロールス・ロイスを所有することのステータスを新たな世代に知らしめたのである。

ハリウッドの黄金時代からジャズ、ロックンロール、そしてヒップホップへ。ファントムは100年という長きにわたり、常に各時代の音楽シーンを牽引するアーティストたちの傍らにあり、彼らの自己表現、野心、そしてアイデンティティを映し出す鏡であり続けた。それは単なる自動車ではなく、成功、個性、そして人間の想像力の力を体現する、不朽の文化的アイコンなのである。

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※この記事は、一部でAI(人工知能)を資料の翻訳・整理、および作文の補助として活用し、当編集部が独自の視点と経験に基づき加筆・修正したものです。最終的な編集責任は当編集部にあります。
LE VOLANT web編集部

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