高級車ブランドのトップモデルとなれば、その歴史や伝統、精神を全身に貫き、圧倒的な存在感をもってして乗る者を納得させる力を持つ。ベントレーの新たな旗艦へと格上げされたフライングスパーも同様だ。シートに腰を下ろし走り始めた瞬間、異次元の世界へと導かれる。
創業100周年を象徴する新世代ベントレーの狼煙
これまで、ベントレーのフラッグシップモデルとしての任を果たしてきたミュルザンヌの生産が終了した。搭載する6.75LのV8ツインターボは、遡れば1959年にお出ましになられた由緒正しきエンジンであり、ミュルザンヌは20世紀から今日までのベントレーの歴史の糸を粛々と紡いできた主役でもあった。
そんな大役を引き継ぐことになったのがフライングスパーである。ミュルザンヌとフライングスパーはどちらも4ドアセダンで、その生い立ちや存在意義はまったく異なるとはいえ、限られたラインナップの中で2種類のセダンを揃える必要性や、現行モデルのミュルザンヌが(改良を随時受けてきたとはいえ)今年で発表以来10年を迎えてしまったことなどが、この交代劇の背景にあったと考えられる。確かに、現行のベントレー・ファミリーの中で、ミュルザンヌだけが良くも悪くも異彩を放っていたのは事実だから、“大御所”の勇退により、新世代ベントレーが本格的に始動したということだろう。
最新のフライングスパーは昨年に発表・発売されたモデル。プラットフォームはポルシェが開発を手掛けたとされる“MSB”で、エンジンを縦置きした4輪駆動レイアウトなど、基本的にはポルシェ・パナメーラとアーキテクチャーを共有する(コンチネンタルGTもMSBを採用)。
しかしエンジンは、パナメーラには採用されていないW12ユニットを搭載する。その昔、フォルクスワーゲンには“VR6”と呼ばれるモデルがあって、バンク角が15度の狭角V型6気筒というユニークなエンジンを積んでいた。W12は60度の角度でこれをふたつ組み合わせたユニットである。初登場は2001年なので、なんとも寿命の長い12気筒エンジンではあるけれど、時代に応じて度重なる改良が加えられている。
これに組み合わされるトランスミッションは8速のDCT。駆動形式は4WDである。このシステムは後輪駆動を基本とし、運転状況に応じて前輪にも駆動力を随時配分するという。従来型は前後のトルク配分が固定式(60:40)だったので、新型フライングスパーでは4WD機構が刷新されたことになる。
前後トルク配分は、ドライブモードによってもしきい値が変化するそうで、“コンフォート”“ベントレー(=オート)”では前輪に最大480Nm、“スポーツ”では前輪に最大280Nmと設定されているそうだ。通常の運転では安定性を重視、スポーティな走りをする時にはFRのような操縦性を提供する、そんなセッティングの意図がうかがえる。
“エレクトロニックオールホイールステアリング”はベントレー初となる機構で、要するに後輪操舵である。ホイールベースが3m以上もあるので、パーキングスピードでの後輪の逆位相や、車線変更時の同位相などでも有効だ。曲がる行為を助けるデバイスはこの他にもブレーキを使ったトルクベクタリング、反応が早い48V電圧で作動するアクティブアンチロールバー、3チャンバーの空気ばねと電子制御式ダンパーを組み合わせたエアサスペンションなどが標準装備となる。
こうした電子デバイスの数々やドライブモードの設定内容、4輪駆動システムの駆動配分、トルコン付きATではなくあえてのDCTなどを見ると、フライングスパーはショーファードリブンとしての用途に対応しつつも、基本的にはベントレーの伝統であるドライバーズカーの姿を保全しているのだろうと思った。そしてそれは実際に運転してみると、直ちに確信に変わった。