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初のバーチャル開催となったル・マン24時間でeスポーツ系ドライバーとポルシェはやっぱり強かった

レースはレベリオンが1-2フィニッシュを飾る

コロナ禍のせいで今年のスポーツ・シーズンは中止や延期という惨状が続いていたが、フットボールや野球のプロ・リーグ戦などは無観客試合ながら、少しづつ再開されている。もうひとつの流れはバーチャルだ。毎年、夏至にもっとも近い週末に「伝統の一戦」として行われる、ル・マン24時間というコンペティションの体面は、後者のカタチで守られた。

6月13日のフランス現地時間15時、スターとの合図となるフランス国旗を振り下ろしたのは、トニー・パーカー(のアバター)。長年NBAで活躍したバスケットボール選手の彼は、フランスでは日本でいうイチロー的な存在で、スポーツとエンターテイメントと多様性を象徴するキャラクターとして選ばれたのだ。ちなみに今回が初となった「ル・マン24時間バーチャル」の主催の中心は無論ACO(オートモビル・クラブ・ドゥ・ルゥエスト)だが、FIA(国際自動車連盟)とモータースポーツ・ゲームスも主催に名を連ねている。

参加した50チームに約200名のドライバーの内訳だが、各チームとも最低2名のプロドライバーと最大2名のシム・レーサーを配すること、という点が定められた。ようはリアルとバーチャルを融合させたスポーツ競技であることに、最大限の意識を払ったレギュレーション作りといえる。

バーチャルとはいえ、実際にシミュレーターのステアリングを握って参加したプロドライバーには、フェルナンド・アロンゾやジェンソン・バトン、アンドレ・ロッテラーやブレンドン・ハートレーなど、近年の総合優勝経験者や錚々たるF1ドライバーらが名を連ねた。ニール・ジャニはレース前、「これまでやってきた幾多のレースと同じくひとつのレースだから、そのつもりで臨む」と、バーチャルだからといってお遊びでないことを強調していた。また日本からはチーム・ガズー・レーシングから小林可夢偉、山下健太が出走。限界の分かりづらいシミュレーターゆえ苦戦したようだが、可夢偉は数年前の予選で3分14秒791という現コースレイアウトでの絶対的ファステストラップをもっているため、シミュレーションでもどのぐらい速いのか、いやがうえにも注目される身なのだ。

スタートから5時間ほどを経過した頃、サーバーダウンによるレース中断&赤旗が入ったことは、運営上の大きなトラブルだったが、初回開催として記憶に残るものにはなった。夜が更けて淡々と競技が進んでいく様子は、例年のリアルのレースさながらだったが、面白かったのは、ポールポジションからスタートしたバイコレス-バーストeスポーツや、レベリオン・ウィリアムズeスポーツら、LMP2を活動の場とするプライベーターが、トヨタやアルピーヌといったワークス勢を圧倒する強さを見せたことだった。

この2チームが見せる、アルナージュからポルシェコーナー、メゾン・ブランシュからフォード・シケインまでのサイド・バイ・サイド、そしてユノディエールでのスリップストリームによるバトルは圧巻で、リアルやバーチャルといった枠組みを問わない、彼らのプロフェッショナルぶりが窺えた。これらのバトルに魅せられた実況アナウンサーらが見慣れないeスポーツ・ドライバーの経歴を読み上げながら、「なんてこった、彼は2003年生まれの16歳だ!」とか「免許を持たない年齢からル・マンのトップを走るのと、19歳でF1デビューと、どっちが凄いんだろう?」などと、普段なら無い感じの中継コメントを連発していた。

ヴァーチャルで物理的なリスクがない分、故意の接触チャージは厳しいペナルティ対象とされた。そのためバトル自体は概してクリーンだったとはいえ、最後の1時間ぐらいになると、やはりそれまでの23時間とは違った熱を帯びてきた。GTEクラスではコルベットC7.Rとポルシェ911RSRがインディアナポリス手前の、リアルならほぼ最高速近くが出ている辺りで激しくラインを奪い合う。また短編映画「ランデヴー」の現代版のためにモナコで疾走シーンを演じたばかりのシャルル・ルクレールがドライブした、AFコルサのフェラーリ488GTEが、公道の90度コーナーそのもののアルナージュで真っ直ぐコースアウトした場面では、かなり「やっちゃった感」が滲み出ていた。

レベリオンの1-2フィニッシュを阻止するべく、バイコレスが仕掛けた2位争いバトルでも、最終的にはシミュレーターゆえのハックなのだろうが、ブレーキングを思い切り遅らせてステアリングをこじった方が前に出たように見えた。時折、映し出されるeスポーツ系ドライバーのドライビングの様子はやや特殊で、スムーズにステアリングを操るというよりも、必要な入力値にカツンと素早く入れる風だった。

バリアに衝突しても、タイヤを飛ばすことはあるが変形しないボディ。3輪で自走してピットに戻って、然るべきピットストップ時間をこなしたらレース復帰するなど、アンリアルなツッコミどころは様々ある。が、リアルの面倒事をとっぱらった上で、競争というエッセンシャルな部分でいえば、バーチャルのレースの面白さやメリットが伝わるレース内容だった。しかも本格的な耐久レースとしては、初の試みだったのだ。

レース終盤、コメントを求められたアロンゾは、「バーチャルでも本物の素晴らしいレースを、もちろんアドレナリンに欠けるところはあるけど、モータースポーツという素晴らしいスポーツ・イベントを、世界中の人々と同時に楽しむことができたという事実に満足している」と答えた。これは、ル・マン24時間バーチャル版が、単に結果ではなく過程によって、モータースポーツ・レーシングの存在意義を再確認した、そのことを象徴するコメントといえる。6月に中止されたが9月に延期されたリアルの24時間への期待感は、バーチャルの相互補完的なそれを通じて、さらに高められたのだ。

リアルとバーチャルの両世界を、伝統のル・マン・ウィークの週末、もっとも巧みに股にかけて見せたのは、GTEクラスで優勝したポルシェeスポーツ・チームの#94だろう。そのドライバーに名を連ねたニック・タンディは、2015年にポルシェ919ハイブリッドで総合優勝を果たしているのだ。今回のバーチャル24時間で、アンカーを務めた彼は、フィニッシュラインをくぐって早々、2015年の巨大トロフィーを画面内に掲げて見せた。リアルとバーチャル双方のル・マン24時間で優勝したドライバーという、もしかすると最初で最後かもしれない記録を打ち立てたのだ。それはとりもなさず、バーチャルでも勝利を重ねたポルシェってやっぱり強過ぎ……というオチでもあるのだが。

この記事を書いた人

南陽一浩

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。

南陽一浩

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