「狂気」。レーシングドライバーであり自動車評論家の木下隆之氏がこの3台を試乗した後、賛辞を込めてこう表現した。そして、何度もワインディングを走り込んでいた。とても楽しそうに。SUVの体躯を活かして大型プラントを積み込み、電子制御システムを全部乗せ。これこそ高性能SUV最大のメリットで、狂おしいほど楽しい理由といえるだろ。
SUVカテゴリーは限界!? スポーツカーに近い3台
中国古代の書経には、【玩物喪志(がんぶつそうし)】という言葉が記されている。「物を玩べば志を失う」。夢中になりすぎて、大切なことをおざなりにすることだそうだ。物に執着しすぎて志を失ってしまうという意味である。
今回、箱根という走りの聖地で3台の武闘派SUVをドライブしているうちに、玩物喪志という言葉が頭に浮かび離れなかった。もはや、SUVという本分を忘れ、とんでもない世界に突き進んでしまってやしないかと心配になったのである。
SUVは本来的には「スペース・ユーティリティ・ヴィークル」の略だったが、この3台はもはやあらぬ世界に足を踏み込み、もう引き戻すことのできないクルマということができる。空間的な有益性など意に返さず、ひたすらドライビングプレジャーを追求しているからだ。
しかし昨今は、SUVが「スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル」の略だとされるが、それならばまだ救いはある。たしかに備わっているスポーツ性能は、鍛え抜かれたプロアスリートのように筋骨隆々だ。それをもってスポーツだとするのならば、今はまだ、SUVのカテゴリーに組み入れても許されるだろう。だが、それとてもう限界に達しているように思う。心地よい汗を流して爽快感を得るようなレベルにはない。丁寧に砥がれた鋭利な刃物のように殺気すら漂うのである。
ジャガーの刺客FペイスSVRは、武闘派部隊であるSVO(スペシャル・ヴィークル・オペレーション)が鍛え上げた狂犬である。搭載するV型8気筒ユニットは、スーパーチャージャーを武器に550psの最大出力を誇る。一寸のレスポンス遅れも許さないという非情なスーパーチャージャーは、極低回転域からすでに戦闘態勢にあることを語る。アイドリング+αのアクセルから怒涛の加速力を見舞う。
クルマに乗り込み、ゆるゆるとワインディングに向かう道すがらは、比較的平穏な空気を漂わせていた。ZF製の8速ATは、デュアル・クラッチ・トランスミッションほどのキリキリとしたレスポンスではなく、乗用車としてちょうどいい塩梅の不感帯があったし、電子制御アクティブサスペンションは、路面の凹凸を優しくいなしていた。標準車と比較して、フロントのバネ剛性は30%、リアは10%高められているので安心感を持てる。リアのスタビリティ確保には気を配られたセッティングが想像できたからだ。しかし、それが油断を誘った。エンジンに鞭を入れた瞬間に豹変したのだ。エキゾーストはバリンバリンと空気を粉々に引き裂くようなサウンドを響かせ、どこまでも遠慮なく加速したのである。ジャガーは本分を見失っていると確信した。ジャガーという紳士的なブランド色に気を許し、握手をしようと右手を差し出したらいきなり鉄拳を見舞われた気分である。