世界を駆けるジャズピアニスト大林武司氏が日常の足としている2台。3ペダルMT車でのシンクロドライブは、楽曲制作における“アイディアがひらめく”瞬間という。水平対向と直6、RRとFRという、似て非なる世界を楽しむ彼のセッションとは?
3ペダルMT車の操作で走りの展開を表現できる
「運転中はただただエンジンの音を聴くことが貴重な息抜きです。もちろん、音楽を聴きながらのドライブも大好きですが、ジャズという、常に即興で演奏を生みだす音楽をやっていると、あえて無音の時を過ごすという“ニュートラルな時間”をつくりたいんです」
そう語るのは、ジャズピアニストの大林武司氏。アメリカのバークリー音楽院を卒業後、ニューヨークを拠点に世界30カ国以上のジャズクラブに出演。若手の登竜門であるジャクソンビル・ジャズ・ピアノ・コンペティションで、日本人初優勝を飾った偉才だ。
「公演のための数時間前に、愛車を駆って会場へ向かうことも多い。ふと頭の中に流れる音を自分で表現できるか? ドライブしながら頭の中で作曲すると、新しい発想とアイディアが生まれてくる」
愛車はBMW M235iクーペとポルシェ911カレラ。しかもMT車党という筋金入りのカーガイだ。ハイパワーなFRに乗りたいと、スパルタンなM2クーペではなく、コンフォータブルな乗り心地のMパフォーマンスを選んだ。一方、911カレラは、縁あって試乗した際に低重心の楽しさとNAエンジン音に一瞬で虜になり、電動化が進む前に乗っておきたいと意を決して購入したそうだ。
「いずれもエンジンの“低音サウンド”に惹かれています。シルキー6のM235iクーぺは、トランペットが奏でる美しい音色。金管楽器を聴いているような響きで実用性もあり、走って楽しい。方や911カレラの自然吸気フラット6の音は、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが表現する “走るオーケストラ”そのもの。豊かな倍音のマフラー音とともに聴こえてくるメカニカルノイズが心地よく、エンジンの中にいろんな生き物が存在しているような多重奏だなと。さまざまな音が混ざり合うことで、ジャズのグルーヴを彷彿とさせます。まさに楽器同士がステージ上でぶつかり合い、“会話”を楽しむアンサンブルのような心地よさを感じるんです」
弾き方が如実に現れるアコースティックピアノにこだわる大林氏。クルマとシンクロできるMT車を選ぶのにはジャズピアニアストとしての哲学が表れているという。
「ピアニストが音階の響きをコントロールするように、運転もクルマと一体となって両手両足で操り、エンジンを回して表現したい。ジャズの展開づくりは、僕にとっては運転と同じでよく似ている。そんな気持ちが、3ペダルを選ばせているのかもしれませんね(笑)」
ドライビングで得た感動をそのまま、自らの音楽にも共鳴させていく。似て非なる2台のドイツ車を所有する大林氏のカーライフは、まさに型にはまらない自由な“ジャズ”そのものなのだ。