
究極のビスポークモデル「ピロティ・フェラーリ296スペチアーレ」
フェラーリが、V6プラグインハイブリッドという新時代の扉を開いた「296GTB」をベースに、その性能とコンセプトを極限まで先鋭化させた「296スペチアーレ」を発表したのは2025年4月末のこと。その発表から間もない6月13日、選ばれしレーシングドライバーのためだけに用意された究極のビスポークモデル「ピロティ・フェラーリ296スペチアーレ」が登場した。特別な栄光を纏う「ピロティ・フェラーリ」とはどんなクルマなのだろうか。
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スーパーカーの新たな指標、「296スペチアーレ」とは
フェラーリは伝統的に、V8ミッドシップモデルのライフサイクル後半に、サーキット由来の技術を惜しみなく投入した高性能バージョン、「スペチアーレ・シリーズ」を投入してきた。そして2025年春、「296GTB/GTS」をベースとした「296スペチアーレ」が、その最新作として姿を現したのである。
ベースとなった296GTBのV6エンジンは、それ自体がすでに革新的であった。バンク角を120度と広くとることで、Vバンクの間にツインターボチャージャーを搭載する「ホットV」構造を実現。これにより低重心化とコンパクト化を達成し、エンジン単体で663psを絞り出す。そのサウンドはV6でありながら、甲高い高周波成分を含み、往年のV12エンジンを彷彿とさせることから「ピッコロV12(小さなV12)」の愛称で呼ばれる。
296スペチアーレでは、このV6エンジンにさらなる改良が施され、最高出力は700psにまで高められた。これに電気モーターのアシストが加わり、システム総合出力は880psに達する。これはベースの296GTBから実に50psものパワーアップであり、後輪駆動のフェラーリ量産モデルとしては記録的な数値である。0-100km/h加速は2.8秒、最高速度は330km/h以上と、そのパフォーマンスは筆舌に尽くしがたい。
進化の内容は、単にブースト圧を上げただけではない。エアロダイナミクスが劇的な進化を遂げているのだ。最大の注目点は、レース専用モデル「296チャレンジ」で開発された革新的な空力ソリューションの導入である。これにより、250km/h走行時に実に435kgものダウンフォースを発生させる。これは296GTB比で20%増という驚異的な数値であり、高速コーナーにおける安定性と旋回性能を別次元へと引き上げている。
シャシーと電子制御も、この強大なパワーとダウンフォースを完全に受け止めるために全面的な見直しが図られた。最新世代の「ABS Evo」ダイナミック制御システムは、あらゆる路面状況でブレーキングの精度と再現性を向上させ、ドライバーがマシンの限界性能を引き出すことを容易にする。サスペンション設定や専用開発されたタイヤも相まって、限界領域における挙動は極めて予測しやすく、コントローラブルだという。
つまり、296スペチアーレとは、296GTBが示した「楽しさ」の概念を、レースの世界で培われた技術によって「速さ」と「究極のドライビング体験」へと昇華させたモデルなのだ。
選ばれし者の証、「ピロティ・フェラーリ」
この驚異的な性能を誇る296スペチアーレをベースに、さらに特別なモデルが登場した。それが「ピロティ・フェラーリ296スペチアーレ」である。このモデルの特別性は、その出自と入手の条件に集約される。
このモデルは、フェラーリのモータースポーツ活動、特にFIA世界耐久選手権(WEC)での輝かしい勝利を記念して企画された。そのインスピレーションの源泉は、ル・マン24時間レースで総合優勝を果たしたハイパーカー「499P」である。
そして最も重要な点は、この「ピロティ・フェラーリ」は、フェラーリのレーシングプログラムに参加する「クライアント・レーシング・ドライバー」のみが購入を許される、ということだ。つまり、フェラーリのレーシングカーで実際に世界中のサーキットを戦っている者だけが手にできる栄光の証であり、一般の顧客はどれだけ資金を積んでも購入することはできない。この究極の限定性が、このモデルを単なる特別仕様車とは一線を画す存在にしている。
その特別性は、内外装のディテールに色濃く反映されている。エクステリアは、499Pのカラーリングにインスパイアされた専用リバリー(カラーリング)が与えられる。ロッソ・スクーデリア、ブルー・ツール・ド・フランス、ネロ・デイトナ、アルジェント・ニュルブルクリンクという、レース由来の4つの基本色をベースに、499Pを象徴するジアッロ・モデナ(モデナイエロー)のアクセントが施される。ボンネットやルーフ、サイドシルに描かれたグラフィックは、レースカーのカラースキームを巧みにロードカーへと落とし込んだものだ。
インテリアもまた、レースとの強い絆を示す。シートはブラックのアルカンターラで仕立てられるが、その中央部分のインサートには、フェラーリの公式レーシングドライバーが着用する本物のレーシングスーツと同じ耐火性ファブリックが使用されている。これは、オーナーがサーキットで戦うドライバーであることを象徴する、何より雄弁なディテールであろう。
パワートレインや基本的な車両性能は、ベースとなった296スペチアーレと共通の880psである。しかし、このモデルの価値は、スペックシートの数字には現れない。それは、フェラーリと共にレースを戦う者だけが共有できる「帰属意識」と「誇り」の具現化であり、マラネッロとの分かちがたい絆の証なのである。
296スペチアーレが技術の粋を集めた究極のパフォーマンスマシンであるとするならば、「ピロティ・フェラーリ」は、そのマシンに魂を吹き込むドライバーへの、フェラーリからの最大級の敬意と感謝の表明だと言えるだろう。それは、単なる自動車を超え、勝利の記憶と栄光を纏った走るトロフィーなのである。
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