神の山だからこそ生き残ったブナの原生林
大山周辺でブナの森が最もすばらしいのは、鍵掛峠周辺や蒜山大山スカイラインの北側終点あたり。道路脇にはブナやミズナラの大木が立ち並び、その枝が道路を覆い尽くしている。それでいてブナの葉は太陽光を透かすので、杉の人工林のような陰鬱さはない。光あふれる緑のトンネルを走り続けているような気分になるのだ。
かつて本州の山々を覆い尽くしていたブナの原生林は、大陸から製鉄文明が伝わって以降、急速にその範囲を狭めていった。たたらで鉄を作る際、燃料とされてしまったためである。
古代における製鉄の先進地帯は出雲国。最先端の文明とともに大陸から日本列島へ渡ってきた人々は、洋上からひと目でそれとわかる大山の姿を目印にこの地をめざしたに違いない。
ところが、神の棲む山として崇め、畏れられてきた大山には、修験者などを除けば一般人が入山することは永らく許されてこなかった。そのおかげで、これほど広大なブナの原生林が現代まで生き残ったのである。
2007年、鳥取森林管理署の現地調査で、大山の中腹、通称『宝珠の森』と呼ばれる国有林のなかに推定樹齢300年というブナの巨木が新たに発見された。観光地としては異例のことである。ブナの森を駆逐していった製鉄発祥地の間近で、ブナの森が太古のままの姿を残していることに、不思議な巡り合わせを感じずにはいられない。