コラム

狭いクランクをポールギリギリで通過するバス運転手はまさに神技! 奈良交通の進化したバス安全運転研修会を見た

令和4年1月17日(月)に奈良交通自動車教習所敷地内にある奈良交通安全管理部研修センターでバス安全運転研修会が開催されました。

【写真89枚】熟練バス運転手の驚愕テクニック画像はコチラ
第71回目の伝統あるこの研修会、今年はどんな様子だったのでしょうか。

昭和27年(1952年)から続く歴史と伝統ある研修会

奈良交通社史によると、昭和27年(1952年)11月に運輸省および日本乗合自動車協会(現・日本バス協会)主催で開催された第1回全国バス運転競技会に出場する社内代表を決めるために行われたのが始まり。その競技会がなくなったあとも社内研修会は続き、今では欠かせない伝統行事になったとのことです。
研修会出場には、勤続5年以上で勤務成績優秀、研修会に参加した経験がない(つまり一生に一度しか参加できない)、大型車の経験を有する、という3つの資格要件があります。
この要件を満たす運転者(この記事内は奈良交通の社内用語である“運転者”で統一します)の中から選抜された営業所代表12名が出場しました。
研修は学科と実技種目合計1000点満点で採点され、乗合と観光それぞれ上位2名が表彰されます。
この研修会は、場内だけでなく何が起こるかわからない一般道路上のリアルコンディション下での走行もあることも特徴です。
研修項目は4つの要点で構成されています。


1. 学科試験(設問20問)
2. 日常点検(運行前点検)
3. 基本運転(①S字前後進・②縦列駐車・③車庫入れ・④巾寄せ(ここも社内用語の“巾寄せ”で統一します))
4. 街路運転、応用動作(①法規の順守、運転態度、操作の良否・②踏切の通過・③鋭角路においての切り返しの良否・④停留所での円滑な停止および停車位置の良否・⑤速度、時分・⑥高速走行・⑦「お客様第一」の社是を理解し、乗降案内の際に適切なマイク活用をする)注:③④⑤は乗合運転者のみ、⑥は観光運転者のみの種目

研修種目がビッグマイナーチェンジされた

今回は、以下のような変更がありました。
(1) 蛇行前後進の廃止
(2) 代わりにS字前後進を設定
(3) 連続直角の廃止
(4) 代わりに鋭角路切り返しを設定
(5) 登坂前進中の円滑な停止および停車位置の良否の廃止
(6) 観光運転者の出場者増
(7) 観光運転者向けと乗合運転者向け種目をできるだけ合わせた
(8) 女性運転者初出場
(9) 乗合研修車両を大型車に統一
(10) 前回までは別々だった基本運転①②③④を一気に行うようにした
前回までがどうだったのかについて詳しくは私の過去記事を参照していただければと思います。(安全運転の準備はバスに乗務する前に終わっている! 奈良交通安全運転研修会で感じたこと:https://carsmeet.jp/2020/04/15/147707/

学科試験は非公開なので実技種目を一つずつ見ていきましょう。

日常点検(運行前点検)(使用車両:いすゞ2RG-LV290Q3(乗合)・日野QRG-RU1ESBA(観光))

定められた時間(15分)内で、日常点検(運行前点検)実施要領に従い、各点検箇所を順序正しく正確に点検することにより、不良個所を発見する。
点検箇所にはワンマン、サービス機器も含まれます。
乗合車で12か所48項目、観光車で10か所57項目あります。

基本運転(使用車両:日野PKG-KV234Q2(乗合)・日野QRG-RU1ESBA(観光))

場内基本コースの発着点からバスを発進させます。
トップバッターは、トップバッターであることに加えて社内の重役、運輸支局長、警察関係者などの錚々たる来賓に見守られての発車なので緊張感はかなりのものでしょう。
① S字前後進
幅4.6メートルのS字を定められた時間(乗合6分・観光7分)内で曲線を縫って、前進→後退→前進する。指差確認喚呼忘れ、ポール接触、縁石を踏む、タイムオーバーは減点。
このS字自体は大型二種教習でも使われていますが、後退する教習は通常ないのでかなり難しそう。昨年まであった直線の蛇行前後進に比べて難易度はかなり上がっています。
後退時のイン側後輪を縁石に向かってどうアプローチするか、アウト側のミラーと両方の軌跡予想をしながら後退させるのが大変そう。しかも連続なので1コーナー脱出時の姿勢次第では2コーナーがどうにもならないことにも。でもその時の姿勢はアプローチ具合の結果なのでやはり後退を始めて最初の“ひと切り目”である程度結果は予想できます。いずれにしても見ているこちらも体が硬直します。
ポールギリギリをすーっと通過できたときのホッとした脱力感はたまりません。

② 縦列駐車


定められた時間(2分)内で決められた枠内(幅3メートル・長さ16.5メートル)に後退する。指差確認喚呼忘れ、ポール接触、パイロン接触、ロープはみ出し、タイムオーバーは減点。

③ 車庫入れ
幅5メートルの道路から直角に幅5メートルの車庫(但し、左右とも端から50センチメートルの位置にパイロンが立てられているので収めるスペース幅は4メートル)に定められた時間(3分)内で決められた枠内に後退する。指差確認喚呼忘れ、ポール接触、パイロン接触、タイムオーバーは減点。
乗合より観光の方が入れやすそうに見えました。

④ 巾寄せ
定められた時間(3分)内で前後11メートルのコースを2往復して3メートル以上寄せる。
指差確認喚呼忘れ、前後脱輪、タイムオーバーは減点。

さて、基本運転種目は今回からは難易度が高いS字前後進が追加された上に①~④を連続で行うようになりましたので精神的にかなりきつかったと思います。うまくいかなかった時にムードを後に引きずらないためにリセット、切り替えが難しいのではないかと。前回までは別々だったので待機時間に気分の切り替えができましたから。
でも、緊張感が途切れ途切れになるより一気に続いた方がいいしリズムに乗りやすいと考える運転者もいるかもしれません。
車庫入れで乗合より観光の方が入れやすそうに見えたと言いましたが、その理由は車体のスペックの違いを見ればわかります。今回使用された車体の仕様を肝の部分だけ抜き出して比較してみましょう。
(1)基本運転(乗合)用日野PKG-KV234Q2
全長:11,280mm
ホイールベース:5,800mm
最小回転半径:9.8m

(2)観光用いすゞQRG-RU1ESBJ、日野QRG-RU1ESBA
全長:11,990mm
ホイールベース:6,080mm
最小回転半径:8.7m

(3)街路運転、応用動作用日野LKG-KV234N3
全長:10,925mm
ホイールベース:5,300mm
最小回転半径:9.0m

(4)日常点検(運行前点検)用いすゞ2RG-LV290Q3
全長:11,130mm
ホイールベース:6,000mm
最小回転半径:9.3m

「600番台車はハンドル切れへんから皆いやがるんです。だから敢えてこれにしました」(注:600番台とはナンバープレートの番手のこと)
と、種目の仕掛け人である安全管理部研修センター統括課長の霜永さんは言っていたのですが、それはこのスペック故のこと。奈良交通現有車の中で最小回転半径が最も大きいからです。それは街路運転と日常点検用に使われた車体と比較するとよくわかります。センチメートル単位の操作をすることもあるバスでこの差は大きい。ここで苦戦する運転者を見ました。
対して観光車の最小回転半径の小ささが際立ちます。ホイールベースが最も長いのに最も切れる。

街路運転、応用動作(使用車両:日野LKG-KV234N3(乗合)・いすゞQRG-RU1ESBJ(観光))

乗合:出発→車いす乗車→街路走行→平行停止(奈良営業所内)→街路走行→教習所に戻り踏切通過→鋭角→終着の順
観光:打ち合わせ・案内→街路→本物のJR西日本桜井線踏切通過→西名阪道天理IC本線合流→等速運転→天理PAに入る→駐車、休憩案内、誘導→郡山IC料金所ETCゲート通過速度→教習所に戻り終点・降車時の乗客見送り

① 「お客様第一」社是を理解し、乗降案内の際に適切なマイク活用をする。
乗合運転者:車いす対応と乗降案内等
観光運転者:乗客への案内及び誘導等
取り扱い(乗合運転者)・乗客への案内誘導(観光運転者))
乗せる→固定する→降ろすという動作をいかにていねいに親切に車いすの乗客を接遇できるか。繊細さが問われる場面。スロープの出し入れ作業前には乗客にその旨予めことわる心配りも大切です。

② 停留所での円滑な停止、および車両位置良否(乗合運転者のみ)
停留所の指定点車両を合わせ、滑らかに平行停止する。車体前方と後方に設定された測定ポイントから40センチメートル±5センチメートル以内、バス停中心は標柱の前後5センチ-メートル以内に停止しなければ減点。

③ 踏切の通過
踏切通過要領に従い確実に通過する。一旦停止し、窓を開け、「車内ヨシ、警音器ヨシ、左ヨシ、右ヨシ、前方ヨシ、発進ヨシ!」と、確認して通過するのが正規の手順。

④ 鋭角路において、切り返しの良否(乗合運転者のみ)
縁石を踏まないように車両を添わせ、2回の切り返しで滑らかに抜ける。

⑤ 高速走行(観光運転者のみ)
交通法規を守って、安全、確実、円滑に運転操作する。

⑥ 速度、時分(乗合運転者のみ)
できる限り等速運転を心掛け、指定区間を適切な速度と時分で円滑に走行する。
乗合バスはいかなる道路状況下でも時刻表通り運行しなければなりません。遅れるのはもちろんですが、時刻表より早いのもだめです。時刻表通りに待っている人が乗れなくなりますし、“早発の禁止”という法律もあります。しかも標識で指示された速度以下で交通の流れを邪魔しない走りもしなければなりません。さらに、必要な車内放送や場合によっては宣伝もしなければなりませんし、車内事故防止のために車内にも気を配らねばならないとなかなか大変です。そしてバス停にはピタリと停める。⑥はこのための訓練です。
観光の方には“打ち合わせ”という独自の項目があります。ツアーガイドとの打ち合わせなのですが、何を言い出すかわからないこのガイドの言うことに適切に対処しなければなりません。一旦油断させておいて刑事コロンボみたいに「あっそうだ!」なんてこともあるので気を抜けません。

受賞者に訊きました

長い研修が終ってお疲れのところ時間を少々もらって、めでたく受賞された4人の運転者に、難しかったところや日常業務で特に気を付けていることなどをインタビューしました。
【乗合部門】最優秀賞(980点)
長井敦史運転者(平城営業所)
「鋭角が難しかったです。日々の乗務ではお客様が怪我をされないような運転を心がけています。所長には基本に忠実にやさしい運転するようにと常に言われていますが、実践の結果が出せてよかったです」

【乗合部門】優秀賞(977.5点)
大窪秀佳運転者(奈良営業所)
「S字のバックが難しかった。最初の持っていきかた、そこで決まってしまいますね。日常は特に事故は絶対にしないとの強い意志を持って乗務し、乗客のみなさまが不快な思いをしないように予見、予測運転を心がけています」
ちなみに大窪運転者は三代続けての奈良交通の運転者だそうです。

【貸切部門】最優秀賞(1000点)
北嶋慎久運転者(平城営業所)
「平城に貸切車はないので通常は乗合車に乗務しています。貸切車にはシーズン応援で乗務します。S字の後退が特に難易度が高かったです。自分が所属する営業所はお年寄りが多い路線なので、着席確認してからの発進や繊細なブレーキ操作を心がけています」

【貸切部門】優秀賞(994点)
藤田哲也(京都営業所)
「S字が前進後退共に難しかったです。制限時間がある中で確実に運転しなければならないので難易度は高いです。日ごろは全体の安全、乗客の方たちの快適な旅のために常に緊張感をもってハンドルをにぎることを心がけています」

集合写真前列左から、藤田哲也(京都)、北嶋慎久(平城)、長井敦史(平城)、大窪秀佳(奈良)
後列左から、大瀧奈緒(奈良貸切)、貴志勝弥(大阪)、後藤智昭(奈良)、徳田好晴(北大和)、加藤敦志(葛城)、増田友和(北大和)、森岡由行(西大和)、石井隆文(榛原)
(敬称略)

奈良交通バスに乗っているときにいい運転だなと思ったら名札を見てください。もしかしたら優秀運転者の称号をもつ運転者かもしれませんよ!
名札は車内のこの位置にあります。写真は私が教習していたときに、気を引き締めるために自作したものです。本物は黄色地に黒文字なのですが、同じ色にするのは厚かましいと思い変えてありました。
私は奈良交通自動車教習所で2009年に大型二種免許を取得し、その年に開催された第59回から取材を始めました。教習中もそうでしたし毎回のこの研修会を見ていてもそうですが、毎回発見があり運転に対する心構えの定期的な見直しにもなっています。
このような場で知り合った運転者と運転について時々話すのですが、そこで得た知識とテクニック、主に安全確認面ですが、路上で実践すると、安心してゆったりとした気分で運転できるようになるし、ヒヤリとすることが減ったのでその点でも価値があります。
機会があればご紹介しようと思います。

バスグラフィックTVに動画がありますので最後にそちらも紹介しておきます。
【奈良交通】第71回バス安全運転研修会レポート
https://www.youtube.com/watch?v=a07DIQ7gIuc

(取材・写真・文:大田中秀一)

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