コラム

【ディエップ現地取材】新型アルピーヌ「A390」の開発目標は「5人乗りのA110」。2.2トンのBEVはいかにして軽快さを手に入れたか

ディエップでお披露目されたアルピーヌA390(右)と、祖先のクラシックA110
ディエップでお披露目されたアルピーヌA390
ディエップでお披露目されたアルピーヌA390(右)と、祖先のクラシックA110
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップでお披露目されたアルピーヌA390
ディエップでお披露目されたアルピーヌA390
アルピーヌA390の20インチホイールに履くタイヤは、パイロットスポーツEVおよびクロスクライメート3で245/45R20
アルピーヌA390の21インチホイールに履くタイヤは、245/40ZR21サイズのパイロットスポーツ4S
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップで行われたアルピーヌA390のワークショップ
ディエップでお披露目されたアルピーヌA390(右)と、祖先のクラシックA110

フランスの夏、アルピーヌの夏。70周年に湧くディエップでA390から開ける新しい時代とは?

1955年の創業から70周年を迎えたアルピーヌが、本拠地ディエップでブランドの未来を指し示す新型車「A390」を発表した 。A290に続くBEVは、5ドアのクロスオーバーでありながら、開発目標は「5シーターのA110」。その運動性能の片鱗が披露される一方、現行A110の生産終了が目前に迫っていることも明らかになった。熱気に沸く記念イベントから、アルピーヌの新たな時代の幕開けをレポートする。

【画像138枚】ディテールから走行シーンまで。新型アルピーヌ「A390」のすべてを写真で見る

ディエップで始まる新時代、「魂はテクノロジーより重要」

1955年の創業から今年、アルピーヌが丸70年を迎えた。6月2日に地元で大々的なミーティングが催されると聞き、何度目かのディエップを訪れた。この北ノルマンディの小さな港町が、かくも自信と確信に満ち、湧き返っているのを見たのは初めてだった。

まずミーティングの週末に先立って、アルピーヌ・ブランドの「未来」を印象づけたのは、ホットハッチであるA290に続く「ドリーム・ガレージ」コンセプトの2台目、純BEVのSUVクロスオーバー「A390」の発表だ。A390はここディエップの地で生産されることが決まっており、地元をワールドプレミア発表の地として選んだ事実は大きい。

7月にルノー・グループを辞したが発表会の時分はまだCEOの任にあったルカ・デ・メオは、着任早々の2020年9月にディエップを訪れたことを回想し、当時はディエップ工場のための具体的な車両開発プロジェクトはなく、チームは孤立無援で、F1チームはコストでしかなかった、と述べた。世界中の愛好家の目に、アルピーヌ・ブランドを起源であるモータースポーツへ立ち返らせ、ヴィリー・シャティヨンとレ・ジュリスの開発部隊を濃密な革新の場としたことで、ルノー・グループは変わったという。何より彼が強調したのは、「Esprit compte plus que la technologie(魂はテクノロジーより重要である)」というメッセージだ。

「アルピーヌは7年間でドリーム・ガレージを実現させるという大きな野心を抱いた。その2台目にしてまったくの新規開発モデルを今日、お披露目することができた」と、アルピーヌのフィリップ・クリエフCEOは述べる。AmpRミディアムというプラットフォーム自体は、日産&ルノーの旧CMF-C/Dから進化したものだが、バッテリーや前後車軸とサスペンション、トルクベクタリング、AWDトランスミッションなどはすべて新たに開発したという。ディエップの生産ライン、近くのクレオン工場のバッテリー・エコシステムなど、インダストリアル規模での多大な投資や変更、ミシュランのタイヤ、ドゥヴィアレのオーディオなどパートナーとの開発体制ごと一新したとか。

会場にはF1ドライバーのピエール・ガスリーや、アルピーヌ育成ドライバーのメンター兼アンバサダーでサッカーの元フランス代表ジネディーヌ・ジダンも駆けつけた。A390の印象を尋ねられたジダンは、「きみ(ガスリー)みたいな上手なドライバーと一緒に乗って、楽しくないはずがないよ」と、一見無難にも思えるコメントをしたが、トリッキーに解釈すれば「オレにも運転させて欲しいんだけど」という返しにも聞こえる。希代のフットボーラーも、アルピーヌとしてまったく新しい5人乗りのBEVへの興味を隠さないのだ。

体感重量はマイナス400kg? 独自のアルゴリズムがもたらす軽快感

アルピーヌはA390を、車型としてはSUVクロスオーバーではなく、「スポーツ・ファストバック・クーペ」と定義する。骨格たるプラットフォームに対し、モーターや制御ユニットはモジュール化されているが、特徴は前車軸に1基、後車軸側は左右それぞれに1基ずつ配置される計3基のモーターによるAWDシステムだ。後輪の左右を独立制御するアクティブ・トルク・ベクタリングは、旋回時に外側後輪へ積極的にトルクを配分することで、BEVながら軽快なコーナリングフィールを引き出せるという。

「乗った人に、ドライブ後に車両重量がどのぐらいと感じたか尋ねると、誰もが1700~1800kgぐらいじゃないか? と言いますね。実際には2180kgですから、後車軸の左右輪の外側トルク配分を増してイナーシャを減らす、独自のアルゴリズムが機能している証拠です」と、アーキテクチャ開発エンジニアの一人、フレデリック・アルボガスト氏は述べる。

もうひとつ、技術面の各要素を解説するワークショップを巡っていて驚いたのは、パフォーマンスに関するものだ。A390のサスペンションはA110と同じく前後ダブルウィッシュボーン方式で、2.2トン近い車重を制するため、フロントのブレンボ製ブレーキシステムには6ポッドキャリパーと冷却ダクト付きの365mm径ディスクが奢られ、4段階の回生ブレーキも効かせられる。しかも動的質感の開発コンセプトは「5シーターのA110」だった。

とはいえ、さすがにそれは物理的に無理があるだろう……という思いは頭をよぎる。するとセッティングを担当したマスタードライバーの一人、テリー・バイヨン氏がテストコース上でA110GTとA390それぞれを全開に近いペースで駆る車載映像を、2つとも並べて比較再生して見せたのだ。

A110の中でもSやRではない、柔らか目のシャシー・アルピーヌということもあって、前者の方が確かに上下動やロールは大きめで、後者の方がボディコントロールが抑えられてはいたが、進入からステアリング舵角の入れ方や操舵、加速やブレーキングのタイミングまで、ほぼシンクロしていたことに驚かされた。

「A390のセッティングがほぼ仕上がったという感触が得られた頃に、思いついてA110の車載映像とそれぞれ並べてみたら、ペースも挙動の感覚も驚くほど一致していたんだ。今回はまだ発表だけのワークショップだから、見てもらいたいと思ってね。もちろん早回しとかトリックは一切用いていないよ(苦笑)」

0-100km/h 3.9秒、航続555km。パフォーマンスと実用性の詳細

A110のハンドリングが開発目標であったとはいえ、あくまでそれは感性的評価。にもかかわらず、テスト走行をひたすら重ねて、車型も駆動方式もまったく異なるクルマを、ここまで近しいものに仕上げるアルピーヌのテストドライバーの腕前と感性は、やはり凄まじいものがある。それを可能にした要素技術は多々あるが、まず欠かせないのはミシュランと開発された専用タイヤだろう。

A39という純正指定マーキングが入れられ、245/40ZR21サイズのパイロットスポーツ4Sに加え、20インチのパイロットスポーツEVおよびクロスクライメート3は245/45R20となる。当然、専用コンパウンドとパターンにより、グリップ性能のみならず回生効率との両立を図ったという。

またパワートレインの心臓部となるNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)バッテリーは89kWh容量で、最大放電能力は345kW(1200A)に達し、「GTS」の名称を与えられるハイエンドモデルでは808Nm・476psのトルク&パワーで0-100km/h加速3.9秒を実現している。対して「GT」は650Nm・405㎰となるが、いずれもトルクのプレコントロール機能を備えることで、効率に優れた加速性能とフィールを確保したという点も、アルピーヌらしい。BEVが急激なトルク感丸出しでラジコンカーのように加速するのは、もはや古い感覚なのだろう。さらに400Vアーキテクチャによる充電システムによって最大航続距離は555km、急速充電のピーク容量は190kWに達するという。また新世代BEVらしく、V2LならびにV2G、つまり双方向充電機能にも対応するとのことだ。

フェイクではない「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」という新提案

室内に目を移せば、A290と共通するブルーとホワイトによる鮮やかなツートーンかつスポーティなトリムが目を引く。色合いとしては往年のルノー・トゥインゴやルーテシアに用意されたゴルディーニ・バージョンを彷彿させるところもあるが、シートやダッシュボードの質感の高さは比べるべくもない。それに12.3インチのメーターパネルに12インチの縦型タッチスクリーンが継ぎ目なく組み合わされ、後者の方がドライバーの方にチルトして視認性と操作性を高めている点は、BMWのエゴイスト・コクピットのお株を奪ってさえいる。

リアシートの足元フロアは少し高めだが、ヘッドクリアランスは十分で、四角くクリーンな空き容量を与えられたトランクは532Lも確保。現行セニックが545Lであることを鑑みれば、外寸としては全長4615mm×全幅1885mm×全高1532mmのA390のパッケージ効率の高さがうかがえる。

さらに13個のスピーカーをもつドゥヴィアレのオーディオシステムは、音楽を再生するのみならず、走行中にスキャンしたモーター音を独自アルゴリズムでプロセッシングして駆動サウンドに変換する「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」をも備えている。フェイクのエンジン音とは一線を画し、電気モーターそのものがドライビングのプレジャー要素になりうる、という捉え方だ。

価格は6万5000ユーロから。年末にデリバリー開始

A390のフランス本国でのデリバリー開始は年末に予定され、GTが6万5000ユーロ~、GTSが7万6000ユーロ~。すでにディエップ工場での生産は始まっている。A110の生産ペースはもとより最大で25台/日という少量生産体制のディエップ工場だが、現在、A110の生産台数は日に11台前後。ライン上ではA390との混交生産となっており、徐々に後者に切り替えていく過程にある。具体的にはGSR2の3段階目、つまり歩行者と自転車保護の義務化が欧州で施行される来年7月が、A110の具体的な生産終了予定といえるだろう。

A390というアルピーヌの未来を示すニューモデル登場と同時に、いよいよ現行A110の生産終了が目前に迫っている現実に、今更ながら衝撃を受けたが、当のA110は70周年記念モデルが目白押しで日本市場にも夏から多々導入されてくる。それらの実車の詳細は、また稿を改めてお伝えする。

【画像138枚】ディテールから走行シーンまで。新型アルピーヌ「A390」のすべてを写真で見る

フォト=南陽一浩/K. Nanyo、ALPINE
南陽一浩

AUTHOR

1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。ネコ・パブリッシング勤務を経てフリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・男性ファッション・旅行等の分野において、おもに日仏の男性誌や専門誌へ寄稿し、企業や美術館のリサーチやコーディネイト通訳も手がける。2014年に帰国して活動の場を東京に移し、雑誌全般とウェブ媒体に試乗記やコラム、紀行文等を寄稿中。2020年よりAJAJの新米会員。

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