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TOYOTA GAZOO RacingとLEXUSは2025年12月5日、3台のフラッグシップモデルを世界初公開した。新型車「GR GT」とそのレース仕様「GR GT3」、そして「レクサスLFA Concept」である。これらは単なる新型スポーツカーの発表ではない。かつてのトヨタ2000GTやレクサスLFAのように、技術の粋を集めたフラッグシップであり、「トヨタの式年遷宮」として、クルマづくりの技能と魂を次代へ伝承するためのプロジェクトだ。華やかなアンベールの裏に込められた、開発の背景と深層にある意図とは。
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原点は「屈辱」と「悔しさ」
開発の起点は、マスタードライバーである「モリゾウ」こと豊田章男会長が抱き続けてきた強烈な「悔しさ」にある。発表会の冒頭、チーフ・ブランディング・オフィサーのサイモン・ハンフリーズ氏は、2つの「屈辱(Humiliation)」のエピソードを披露した。

一つは14年前のペブルビーチ。「レクサスは退屈だ」と顧客に言われたこと。そしてもう一つは20年前のニュルブルクリンクだ。当時、トヨタにはレースを戦えるスポーツカーがなく、豊田氏は成瀬弘氏と共に中古のスープラで参戦した。その横を、メーカーが威信をかけて開発したプロトタイプカーが猛スピードで抜き去っていく。「お前たちにこんなクルマは作れない」と言われているような屈辱を感じたという。
この原体験が、「もっといいクルマづくり」への執念となり、今回の開発プロジェクトの根底に流れている。豊田会長はトークショーの最後で、当時の心情をこう吐露した。
「あの悔しさは、今も残っています。この悔しさは間違いなく、今も私の原動力です」
逆転の発想と「空力ファースト」
GR GTは、TOYOTA GAZOO Racingのフラッグシップとして、「公道を走るレーシングカー」をコンセプトに開発された。その開発手法は、従来のアプローチを覆すものだ。
通常、市販車の開発ではエクステリアデザインを決定してから空力性能を検討するが、GR GTではそのプロセスを逆転させた。まず空力設計担当者が理想とする「空力モデル」を作成し、それをベースにデザイナーがスケッチを描くという「空力ファースト」の手法が採られたのだ。最高速度320km/h以上を誇るこの車のパフォーマンスを支えるため、空力と冷却性能が最優先された結果である。

そして、この強靭な走りを支えるのが、トヨタとして初採用となる「オールアルミニウム骨格」だ。大型中空アルミ鋳物を主要部に配置し、それらをアルミ部材で結合するスペースフレーム形式を採用することで、軽量かつ高剛性なボディを実現した。開発を担当した土井崇司プロジェクトジェネラルマネージャーは、「従来にはない、しなやかでどっしりとした走りを実現しております」と自信を見せた。
心臓部には、ドライサンプ方式を採用した新開発の4L V8ツインターボエンジンをフロントミッドシップに搭載。トランスミッションはリアに配置するトランスアクスルレイアウトを採用し、徹底的な低重心化と前後重量配分の最適化(前45:後55)が図られた。これらはすべて、「ドライバーファースト」の視点に基づき、ドライバーとクルマの一体感を高めるための必然の選択だった。
同時開発が生む「対話」できるクルマ
GR GTと対をなすのが、FIA GT3規格に準拠したレーシングカー「GR GT3」である。特筆すべきは、このロードカーとレースカーが同時に開発された点だ。
開発ドライバーを務めた片岡龍也選手は、「通常レーシングカーになった瞬間にすごいワイドボディになったりするんですが、このクルマに関しては車格もほぼ変わらない。かなり同じDNAを持ったクルマです」と語る。プロトタイプでありながら初期段階から高い完成度を見せていたといい、開発現場では「走る・壊す・直す」というサイクルを高速で回し、徹底的な走り込みが行われた。

また、開発にはプロドライバーだけでなく、ジェントルマンドライバーも参画している。プロが求める限界領域での性能と、アマチュアでも安心して扱えるコントロール性の両立が目指されたからだ。開発ドライバーの蒲生尚弥選手が「自分の手足のように扱えるクルマ」と表現するように、ドライバーの意思に対してクルマが正確に応答し、対話できることが重視されている。
継承される「秘伝のタレ」
レクサスLFAコンセプトについても触れておこう。これはGR GT/GR GT3と技術基盤(オールアルミニウム骨格など)を共有しながら、バッテリーEV(BEV)としてのスポーツカーの可能性を追求したモデルだ。静粛性が特徴のBEVであっても、ドライビングの感動や没入感(Discover Immersion)を提供することを目指している。

これら3台に共通するのは、「トヨタの式年遷宮」という思想である。伊勢神宮が20年ごとに社殿を作り替えることで宮大工の技術を継承するように、トヨタもまた、フラッグシップスポーツカーの開発を通じて、「クルマづくりの秘伝のタレ」を次世代のエンジニアやテストドライバーに伝承しようとしているのだ。かつて成瀬弘氏がLFAの開発を通じて残した技術と魂は、今、モリゾウ氏を中心とした新たなチームへと受け継がれている。
孤独な戦いから「ワンチーム」へ
20年前、豊田章男会長と成瀬弘氏のたった二人で始めた孤独な戦いは、今や多くの仲間と共に挑むプロジェクトへと変貌を遂げた。開発現場では、エンジニアとドライバーが「どんな世界観のクルマを作るか」という企画段階から膝を突き合わせ、ワンチームとなって開発が進められたという。
豊田会長は、自身の役割を「しんがり役」と表現し、次のように締めくくった。
「今のトヨタには、私と同じ思いでクルマを作ってくれる仲間が、こんなにたくさんいるんです。仲間たちと、クルマ作りをしながら、秘伝のタレを未来に残していきたい。この仲間たちに、私はクルマ作りを託していきたい」

GR GTとGR GT3は、2027年頃の発売を目指して開発が続けられている。単なる高性能車の登場というだけでなく、トヨタのクルマづくりの「魂」がどのように次世代へ継承され、昇華されていくのか。その過程こそが、我々が目撃すべき最大のドラマなのかもしれない。
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